第11話

 ハクマから雛白妹社隊の戦い方を教わったが、いまいち頭に入って来なかった。

 実際の戦場を知らないので仕方ない、と言う事にして、今日のところは理解しないままで解散となった。

 お嬢様の言う通り、見ているだけでも今日の戦闘に参加した方が良かったのだろうか。

 しかし、過ぎた事を後悔するのは何も考えないより悪いとハクマに言われた。

 何も知らない人間が知恵を捻っても、垢も出ない。今教わった事を絶対に忘れなければそれで良い……らしい。

 明日になれば蜜月に武器が支給され、のじこの武器も直っているから、その時にキチンと訓練しようと言う流れになった。

 そして一人になる蜜月。

 まだ日が高いのにやる事が無いから、雛白邸の中を探索してみる事にした。いざと言う時に迷子になったら困るから、早めに間取りを把握しておいた方が良いだろう。

 最初に、闇雲に階段を登った。

 雛白邸は五階建てだった。五階廊下の窓から、塀の向こうに有る街並みを見下ろす事が出来る。空に雲も少なく、気持ち良い日和なので、遠くまで見渡せる。

 星の数と同じくらいに思える屋根の海。あれのひとつひとつに、仕事を求めて集まった色んな人達が暮らしているんだろう。

 街の向こうは田園。そこに人目が無くなると中型の神鬼が沸くらしい。

 普段は農家の人や自警団の人達が常に周囲を見渡しているんだそうだ。

 みんな神鬼に怯え、戦いながら暮らしている。

 ――神鬼と戦う理由、か。

 十年も研究所に閉じ込められていたせいで、蜜月の知識はほとんど無い。読み書き算数程度の勉強は教えられたから、人としては酷くないと思うが、本当に何も知らない。

 今が春だと言う事も知らなかった。研究所の中では、実験動物となる昼と、寝ている夜しかなかったから。

 そんな場所で大人しくしていたのは、いつか家族が迎えに来てくれると、何故か信じていたからかも知れない。父と兄はともかく、母は行方不明なだけだし。

 研究所では待っていただけの彼等を、こうして産まれた街に戻って来れた蜜月の方から探す。戦う理由はそれで良いと、今ここで思い付いた。

 しかし、その想いは自分の心の中だけに刻まなければならないそうだ。

 戦う理由を他人に訊かれたら、お国の為に戦う、と言わなければならない。雛白家の体面やら、自警団の士気やらに影響するから、と戦い方を教えてくれた時にハクマが言った。

 妹社と言う存在は、ただ敵と戦っていれば良いと言う物じゃないらしい。人々の希望の象徴だとか何だとかと説明されたが、良く分からない。

 要するに、そう答えれば一言で済むし、訊いた方も一言で納得するからだそうだ。

 そんな事を考えながら五階を一周した。かなり広く、一周に数十分くらい掛かった。

 五階は全て開き部屋だった。

 四階も全て開き部屋だった。

 どうして使わないんだろうか。勿体無い。

 三階は映写室が有った階で、他にも広い図書室や無数の会議室等が有った。

 そう言う階だからか、大きいドアが目立つ。

 二階は蜜月の私室が有る階。

 敷地の入口である大きな鉄の門扉を背にして、左手側が蜜月やのじこの女子部屋。

 右手側が植杉が居る男子部屋。

 女子側は妹社二人の部屋以外は空き部屋みたいだが、男子側には植杉の助手の人が結構な人数で暮らしているらしい。

 二階だけがコの字型になっていて、廊下の突き当たりには門扉を正面に見下ろせる窓が有った。銃を持った自警団の人達が門を護っている様子が見える。

 門扉の逆側に有る左手側と右手側の境目には、廊下を塞ぐ大きな扉が有った。普段は開いているが、夜には閉められて男女を分ける、と通りすがりのメイドが教えてくれた。

 全てを回ってみて、雛白邸はドーナツみたいな形になっている事が分かった。家の中心が空洞になっている感じ。

 館の外側を囲う廊下には外を見られる窓が有るが、内側を向いている部屋の中は窓が無い。代りに天窓が有って、そこから日の光が入って来ている。

 天窓を覗くと、木の板が邪魔で空が見えなかった。空が見えないのに光が入って来るなんて、変な造りの家。

 そして、一階。

 食堂や調理場、ダンスホールや遊技場。

 奥には寝室。

 客を持て成す階の様だ。

 最後に噴水が有る玄関ホールに入ったら、のじこが居た。赤絨緞の上であぐらをかき、花で彩られた噴水を見ながら大きな最中を頬張っている。美味しそう。

 のじこは蜜月にすぐ気付き、紺色の袴を着た少女に赤い瞳を向けた。

「こ、こんにちは。えっと、武器の修理を、してるんじゃなかったのかな~?」

 恐る恐る話し掛ける蜜月。共に命を賭けて戦う仲間だから、仲良くしておこうと言う想いも有る。

 それと同時に、初めて見る自分以外の妹社に興味が有った。

「うん。修理は終わって、今は調節中。ヨシヒロを見てても暇だから、おやつ食べてるの」

 床に直接置かれていた湯呑みを持って、湯気立つお茶を啜るのじこ。

「ヨシヒロ? ああ、植杉さん」

 植杉の下の名前は、確か義弘だった。

「あんたは?」

 のじこは横柄に言う。

 しかし蜜月はそんな事を気にしない。

「私も暇だからお散歩。この家、広過ぎて迷子になりそうね」

「広いよね。のじこ、部屋に帰るのが面倒臭くなると、外や廊下で寝るよ」

 サクっと音を立てて最中を齧るのじこ。長袖のTシャツや膝丈スパッツに最中の粉が落ちている。

「そ、そうなんだ。でも、ちゃんとお布団で寝た方が疲れが取れるんじゃないかなぁ?」

 返事は無い。

「床に座ったら、お尻汚れちゃうよ? ここは土足で歩くし」

「いい」

 面倒臭そうに応えたのじこは、蜜月に後頭部を向けてお茶を啜る。

 余計なお世話が不愉快だったのかな?

 じゃ、もう関わるのは止めよう。

 噴水の何が面白いのか分からなかったが、恐らく深い意味は無いだろう。食堂の椅子にきちんと座っておやつを食べる子ではなさそうだし。

 会話が途切れたので、蜜月は間を繋ぐ様に辺りを見渡す。のじこの世話を焼く為なのか、食堂への扉の脇で白メイドが控えている。

 正面に大階段。

 その階段の先に大きな扉が有った。扉の位置が高いので、二階廊下の門扉側が行き止まりなのは、この階段のせいだろう。

 方向的に、雛白邸の中心に向いている唯一の扉だ。

 興味を持つ蜜月。

 黙々と最中を食べるのじこを残して階段を登る。

 そして、少しだけ扉を開けて中を覗いてみた。

「……!」

 蜜月は自分の目を疑った。

 扉の向こうに、二階建ての一軒家が建っていた。洋館の屋内に、木造の日本家屋が有るのだ。

 冗談みたいな風景に固まった蜜月は、金属が激しくぶつかる音で我に返る。

 普通なら庭と呼ばれる場所で、日本刀を持った白い執事服のハクマと、両手に小刀を持った黒いメイド服のコクマが、目にも止まらない早さのチャンバラをしていた。

 なぜ二人が戦っているんだろう。

 彼等の近くには白い椅子とテーブルが置かれていて、そこに白いワンピースを着た明日軌が座っていた。明日軌は二人の戦いを微笑みながら見物している。

 二人のチャンバラは、鍔迫り合いで数秒くらい膠着した後、お互いに飛び退いて終った。

 拍手をする明日軌。

 それから三人で何かを話す。

「!」

 コクマが蜜月の覗きに気付いて顔を上げた。

 直後、蜜月の目の前に瞬間移動する黒いメイド。

「ここは明日軌様のご自宅です。例え蜜月様でも、無断で入ってはいけません」

 激しい剣戟のせいか、上気した頬にツインテールの髪の毛が数本張り付いている。

「じ、自宅ですか?」

「そうです」

 洋館部分は雛白の家で、その中の日本家屋が明日軌の家、と言うか部屋? みたいな感じらしい。

 想像範囲外の造りに軽い眩暈を覚える蜜月。

「あ、あの、コクマさん。どうしてハクマさんと戦っていたんですか?」

「戦い? ああ、ただの訓練です」

 ただの訓練にしては、本気の殺し合いに見えたが。

 明日軌も蜜月に気付き、ノンキに手を振った。

 ハクマの姿はなくなっている。

 女主人の視線を遮らない様にコクマが一歩引いたので、蜜月は肩幅くらいまで扉を開けて頭を下げた。

 扉の下は玄関ホールと同じ大階段で、階段と家の間には数メートルの石の道。

 それ以外は芝生が生えていて、植木等は無い。

 四方は洋館の内側である木の壁に囲まれていて、物凄く高い天井には太い梁が張り巡らされているのが見える。

 どこから日の光が入って来ているのは分からないが、明るい。

 そんな明日軌の自宅から、お盆を持ったハクマが出て来た。

 明日軌が座っている白いテーブルにケーキを置き、紅茶を淹れる白い執事。

 執事らしい、優雅な仕草だ。今まで激しく戦っていた人とは思えない。

 黒いメイドは、そんな執事をきつい視線で睨んでいる。

「……どうしました?」

 蜜月に顔を覗かれたコクマは、微かにバツの悪そうな表情をした。

「な、何でもありません。用事が無いのでしたら、どうかお引き取りください」

「はぁ」

 追い出される形で扉が閉められた。

 釈然としない物が有ったが、特に拘る部分も無いので、振り向いて階段を降りる。ただ探検していただけだったし。

 噴水の前には、もうのじこは居なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る