第5話

 女主人が先導して入った広くて天井が高い部屋には、異様に長いテーブルが置かれてあった。その両脇には何十脚もの背凭れ椅子が置いてあり、天井には三個のシャンデリアが縦に並んでぶら下っている。

 西洋の童話に出て来る王様の食卓みたいな光景だ。

 この街に来てからずっと戸惑ってばかりな蜜月の横を擦り抜け、のじこがいきなりテーブルの左側を駆け出して行った。今まで無言の無表情でただ付いて来ていただけだったのじこの子供っぽい行動に驚く蜜月。

 女主人はくすりと笑ってから「さぁ私達も」と言って、のじこが行った対岸の右側を歩いた。

 そして上座の椅子をハクマが引き、そこに女主人が座る。

「蜜月さんはこちらへお座りください」

 そう言ったコクマが、右側の列の一番奥の椅子を引いた。

「あ、ありがとうございます」

 恐縮しながら女主人のすぐ横の椅子に座る蜜月。

 蜜月の対面に自分で座るのじこ。

 そうして三人の少女が落ち着くと、同じ顔のハクマとコクマは並んで女主人の後ろに控えた。

「では早速、雛白部隊の構成を説明しましょう」

 女主人の顔が蜜月に向く。

 緑色の左目につい視線が行くが、そこばかり見ては失礼な気がしたので、良く動く小さな唇に目を向ける。

「まず、私が雛白部隊の総司令。そして責任者です。その下に二部隊有ります。ひとつは雛白自警団です」

「自警団」

 どう相槌を打って良いか分からない蜜月は、女主人の言葉の要所をただ繰り返した。黙って聞いていても良いとは思うが、数人しか居ない広い部屋に響く声を聞いているとどうにも落ち付かない。

「大隊、中隊、小隊に分かれていて、現在は総勢五百二十七人。身分の上下は有りますが、それは雛白自警団内のみの物です」

「はぁ。あ、あの……」

 蜜月がおずおずとした視線を向けると、女主人は何でしょう? と訊いて来た。

「国の軍とは違うんですか?」

「違います。なぜなら、国の軍は妹社を持ってはいけないと国際条約で決まっているからです。雛白自警団の彼等は軍人ではなく、傭兵なのです」

 どうしていけないのかを訊こうとして口を開き掛けた時、三人の白いメイドが部屋に入って来た。一礼してから座っている三人の前に刺繍付きの白い布を敷く。

 その様子に目を奪われている内に、女主人は話を続ける。

「そしてもうひとつは、雛白妹社隊です。これに蜜月さんは所属します」

「雛白、妹社隊」

「隊長はこのハクマ。隊員はのじこさん。二人だけです。そして今日、目出度く三人目が到着致しました」

 蜜月を真っ直ぐ見てにっこりと微笑む女主人。

「え? ハクマさんも妹社なんですか?」

「いいえ、違います。のじこさん一人に妹社隊を任せる訳には行かないので、暫定的に彼に隊長を任せたのです。彼には武術の心得が有りますので」

 確かに、十才くらいののじこ一人で隊とするのは無理が有ると思う。

 そもそもこんな幼女を戦わせているのが事実と言う事が、蜜月にはいまいち理解出来ない。

 当ののじこは、テーブルに肘を突いてメイドの動きを赤い瞳で追っている。

「他の地方では数人の妹社が自警団として活動しているのですが、この街は比較的に神鬼の脅威が少ないので、妹社の配置が後回しになってしまっているのです」

「他の地方……。妹社って全部で何人くらい居るんですか?」

 蜜月の質問に、女主人はキョトンとした顔をした。

 しまった、また変な質問だったか。

 自分の世間知らずがどれくらいか分からないので、空気を凍らせる発言を怖がる蜜月。

 しかし女主人は真面目な表情を後ろのハクマに向けた。

「確か、関東が一番数が多いのでしたのよね?」

「はい。人口が多いですから。北、西、南に三人ずつの三部隊が有ります」

「計九人。蝦夷に四人。東北に二人。関西は二部隊四人と三人、でしたかしら?」

「左様でございます」

「関東以外は蛤石と部隊数が同数なので、中部に五人。四国に三人。九州に四部隊で、二人ずつ」

 女主人は、ひいふうみいと数を呟きながら指を折る。

「合計……三十八、ですか」

「そしてのじこさんに蜜月さんで、四十名ですね」

 ハクマの補足に「ああそうでした」と頷く女主人。

「この街を護る事で頭が一杯で総勢を数えるなんて思い付きませんでしたが……この国の妹社は意外に多いですね」

「蜜月さんの様に、国の管理下で成長中の妹社も居る筈ですから、もっと多いかと思います」

「そうですね……。やはり我が街だけ少なかった……」

 女主人はテーブルに敷かれた白い布を見詰めて何かを考えている。

 その様子を見詰めながら次の言葉を待っていると、のじこがテーブルに突いていた肘を下ろした。

 部屋の隅に有る小さなドアの所で控えていた白いメイド達が動き出したのを見てニコニコと微笑むのじこ。

 笑うと可愛いんだな。

 メイド達がテキパキと食器を並べて行くと、何やら美味しそうな匂いが漂って来た。なるほど、もうすぐ夕飯が来るので笑んでいるのか。

 女主人が考え込んでいる横で、三人のコップに冷たい水が注がれた。

 次に白いご飯が茶碗に装られる。勿論女主人から順に盛られる。

 最後に、ジュージューと音を立てる分厚いステーキと新鮮なサラダが三人の前に置かれた。

「雛白部隊の概要はこれくらいですね。今夜は蜜月さんの到着を祝して、最高級の牛肉を用意しました。どうぞ、お召し上がりください」

 顔を上げた女主人がにっこりと微笑むと、のじこがいただきますと言って一番に箸を取った。そして大きな口を開けて肉を食べる。少々行儀が悪いが、誰も叱らない。

「いただきます」

 女主人も箸を持ったので、最後に残った蜜月も箸を持つ。

 蜜月の目の前で湯気を立てている熱々のステーキは、食べやすい様に一口大に切られてあった。

 そのサイコロの様な形の肉のひとつを箸で持ち上げてみる。

 表面はこんがりと焼かれているが、中は赤い。生焼けじゃないのかと心配したが、女主人は上品に肉を頬張っている。これで良いらしい。       

 蜜月は意を決し、軽く息を吹きかけて冷ましてから肉を頬張った。

「……!」

 目を丸くする蜜月。

 肉はとろける様に柔らかく、噛んだ途端に口の中いっぱいに甘い肉汁が広がった。鼻に抜ける胡椒の風味と焼けた醤油の薫りも心地良く、思わず頬が緩んだ。

 美味し過ぎる。

 ここが居間のちゃぶ台だったら、のじこの様にガツガツと食べていたところだ。

 だが、ここは洋館の大食堂。

 女主人の真似をして、楚々と咀嚼する蜜月。

 続いて口に運んだ白米も丁度良い炊き具合で、肉に良く合って美味しかった。

 空腹だった事も有り、段々と蜜月の箸の勢いが激しくなって行く。

「おかわりは如何ですか?

 あっと言う間に茶碗が空になり、すかさず伺う白メイド。さすが良い所の使用人、タイミングはバッチリだ。

「お、お願いします」

「畏まりました」

 白メイドは、恥じらいを持って差し出された蜜月の茶碗を両手で受け取った。

 同時に、のじこは遠慮無く「おかわり」と言って茶碗を突き出した。

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