第4話

 二枚の引き戸で出来た大きな門がゆっくりと開き始めた。重い金属音と共に半分開いた所で止まる。


「ようこそおいでくださいました、妹社蜜月さん」


 門の中には黒いメイド服を着た若い女性が立っていて、深々と頭を下げた。ツインテールに黒いヘッドドレスが可愛い。

 メイドの後ろには、とても大きな洋館が聳え立っている。その洋館を囲む敷地には芝生が植えてあり、様々な種類の木が疎らに生えている。

 塀の中だけで、ちょっとした町くらいの広さだ。これは全てひとつの家の庭なのだろうか。

 常識ではありえない光景を前に、蜜月は口を開けたまま圧倒されている。

「ご主人様がお待ちです。さぁ、どうぞこちらへ」

 背筋を伸ばしたメイドの顔を見て、蜜月は更に驚いた。

 思わず横に立っているハクマの顔を見上げる。

 彼と彼女の顔は、とても似ている。と言うか、鏡に映したかの様にそのまんまだ。

 二人の顔を交互に見ている蜜月に微笑みを向けるハクマ。

「彼女は私の双子の妹、コクマです」

「あ、双子さん、ですか。だからそっくりなんですね。びっくりしました」

 納得の笑顔で胸を撫で下ろす蜜月。

「お荷物は、私が妹社蜜月さんのお部屋に運びます」

 一歩近付いた黒いメイドを警戒する様に半歩下がる蜜月。

「え、でも……」

「遠慮なさる事はありません。これが私達の仕事ですから」

 蜜月は戸惑っている。他人に荷物を持って貰うなんて、普通は有り得ないから。

 そんな和装少女の手から旅行鞄をそっと奪うコクマ。

「あ……」

 一礼したコクマは、蜜月の鞄を持って芝生の上を歩いて行った。

「お腹が空きましたでしょう? すぐに夕飯にします。のじこさんも一緒に」

「うん」

 ハクマが言うと、幼いのじこは素直に頷いた。

「では、こちらにどうぞ」

 ハクマを先頭にして、のじこと蜜月は玄関へと続く石の道を進む。

 蜜月は、歩きながら辺りを見渡す。四方を囲んでいる壁が遠く小さく見える。広過ぎて、壁に行き着くだけで結構な運動量になりそうだ。

 そう思っていると、後ろで重々しい音がした。振り向くと、銃を背負い、迷彩柄の服を着た男達が大きな鉄門を閉めていた。

 門から左右に伸びる高い塀の上にも、外側を警戒している男達が大勢居た。

 街が平和だったから実感が無かったが、実際に銃を見ると、やっぱり名失いの街なんだなぁと思える。命が掛かった緊迫感が有る。

 この街にも元々はちゃんとした名前が有った事を蜜月は知っている。

 しかし銀色の水晶の出現が確認されると、危険地域と言う事で国に名前を奪われた。

 それが全世界の常識であり、銀色の水晶への正しい対処らしい。

 そんな事を考えていると、洋館の前に辿り着いた。

 観音開きの大きい玄関扉が、紺のメイド服に白いエプロンを着けた女性二人によって開かれる。

 扉を潜って洋館の中に入ると、蜜月はまた驚いた。

 入ってすぐに広い空間が有り、その中心に噴水が有った。涼しげな音を立てて、花に飾られた巨大な石の器に水が流れている。

 家の中に噴水って、どう言う事?

 ハクマとのじこは見馴れた風景だからか、噴水を気にもしないで靴のまま赤い絨毯の上を歩いて行く。

 蜜月は土足で家に上がるのは気が引けたが、履物を脱ぐ場所が無いし、ハクマとのじこは先に進んでいるので、意を決して草履のまま赤い絨毯の上へと歩を進める。

「お待ちしておりました、妹社蜜月さん」

 噴水の向こう側、玄関から見て真正面に有る大きな階段。その階段を二人の女性が降りて来る。

 一人は先程会った黒いメイドのコクマ。

 その一段前に、藤色の着物を着た若い女性。

 蜜月と同じくらいの年齢に見える。

「私は雛白ひなしろ明日軌あすき。この館の主人です」

「貴女が……」

 階段を降り切った女主人は、蜜月の目を真っ直ぐ見た。

 振袖を着た二人の少女がお互いを見詰めている。

「私は蜜月さんと同じ十四才です。そんなに緊張なさらないで」

 透き通る様な白い肌の女主人が言う。

 緑の黒髪を編み上げているので大人っぽく見えるが、やはり幼い。

 背丈も蜜月とほとんど変わらない。

「は、はぁ。私、大人の方が責任者かと、えっと……」

 蜜月は、モゴモゴと口の中で喋ってしまう。きっと誰にの耳にも言葉としては届いていないだろう。

 しかし女主人は察してくれた。

「私の父は事業の指揮で手一杯なので、娘の私がこの街を任されているのです」

「そ、そうなんですか」

「まぁ、それは表向きの理由ですけど」

 雛白明日軌の顔は綺麗に整っていた。館の主人としての威厳と自信に満ちた、余裕の有る表情を湛えていた。

 しかし、何かおかしい。

 改めて良く見てみると、女主人の左の瞳が緑色だった。

 右目は普通に黒い。

 自分の瞳の色に対する視線に馴れている雛白明日軌は、薄く微笑んでからハクマに顔を向ける。

「では夕飯にしましょう。そこで蜜月さんに我が雛白部隊の説明をします。ハクマ、その様に」

「はい」

 頭を下げながら壁際へと下がったハクマは、白いメイド達に小声で指示を出した。

「蜜月さんとのじこさんはこちらへ」

 噴水の左手側に進む女主人の後を追う蜜月とのじこ。

 向かう先には大きな両開きのドアが有り、コクマが素早く先回りしてドアを開ける。

 その向こうは、これまた異様に広い部屋だった。

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