第3話

 突然口笛を吹かれ、蜜月は目を白黒させた。

 銀髪少女はマイペースに公園を見渡している。

「ああ、見付かりましたか。ありがとう、のじこさん」

 若い男性が不意に現れた。本当に突然だったのに、あまりにも自然にそこに居たのでビックリする事も無かった。

「初めまして。私は雛白家に仕えております、ハクマです」

 これから結婚式に行くのかと思う様な白いスーツを着た二十才くらいの男の人が丁寧に頭を下げる。

 蜜月は、その男の人がどこから来たのか分からなかった。別にぼけーっとしていた訳でもないのに、蜜月のすぐ横にいきなり現れた気がする。

「妹社蜜月さんですね? 急な出撃が入ってしまい、お迎えに上がれなくてすみませんでした」

「い、いえ。あの、その……」

 雰囲気に飲まれてしまった蜜月も顔を赤くしながら頭を下げ返す。

 男性に頭を下げられたのは初めてなので、どうしたら良いか分からずにまごまごしてしまう。目鼻立ちの整った格好良い男性に微笑みを向けられているせいもある。

「では、雛白邸に案内致しましょう」

「あ、はい」

 男の人と少女の後に続いて公園を後にする蜜月。

 人通りの多い広い道を三人で歩く。

「長時間の汽車の旅、お疲れ様でした」

 男性が蜜月を労う。

 背も高くて優しい人。

 ちょっとはしたないけど、彼と話をするのは悪い気はしない。

「あ、あの、この街って、結構人が多いんですね。前線の街って聞いていたから、疎開が進んでいると思っていたんですけど」

蛤石はまぐりいしが出現する以前よりは人口が減ったらしいのですが、軍需産業のお陰で、出稼ぎの人がやって来るのです」

「軍需?」

「はい。敵と戦う為には、武器や食料が沢山必要です。それを扱う仕事が沢山有り、いつも人手不足なのです。ですから、この街に来れば必ず仕事が有るのです」

 だから他の地方から大勢の人が集まるらしい。

 その話を裏付ける様に、通りには木造民家が建ち並び、大人や子供が大勢居る。『敵』の中心地だとはとても思えない。

「蛤石って、あの銀色の水晶の事ですよね?」

「『あの』……ですか?」

「え? はい。え? 違うんですか? 昔は蛤石とは呼ばれていなかったと思うんですけど……」

 男性に驚きの表情で見詰められた蜜月は、焦って早口になってしまう。

 妙な事を言ってしまったのか?

「そうですね。現れた当初は名前が付いていませんでしたね。ですが、それでは不便なので名前が付けられたのでしょう」

「なるほど」

「蛤は蜃気楼を吐き出すと言う伝説が有ります。敵は銀の水晶から蜃気楼の様に現れるので、伝説に因んで蛤石と呼ばれる様になったと聞いています」

「はぁ」

 頷く蜜月。実は良く分かっていないが、要するに自然現象の名前を銀の水晶に付けたって事か。

「敵の名前は神鬼じんきと呼ばれています。これは敵の正体が全く分からない為、神と鬼のどっちだろう?と言う意味だそうです」

 一般の人でもその程度の知識は有る。

 しかし今の世界に起こっている状況を詳しく知っている人は居ないので、単純に敵、もしくは化物と呼ぶ事の方が多い。

「私、その神鬼ってのを見た事が無いんですけど……その子も妹社なんですよね? この街に居るって事は、まさか、もう戦っているんですか?」

 銀髪の女の子――のじこは、蜜月を見上げて無言で頷いた。

「はい。この街の妹社は彼女しか居ません。だから蜜月さんに来て頂いたのです。――そうだ。もしかすると蜜月さんもすぐに出撃するかも知れませんから、今の内に敵の種類を覚えておきましょうか」

「は、はぁ」

 男の人は頭の中で話を整理してから、微笑みながら語る。

「敵の種類は、身体の大きさの大中小と、その特徴を表す甲乙丙で区別します」

 美味しそうな匂いが漂って来た。焼き鳥の屋台だろうか。

 今日は出発時の朝食とミカン二個しか食べていないので、結構お腹が空いている。

 しかし男性の話を聞かなければならないみたいなので我慢する。お金も持っていないし。

「体長が一メートル程の小型が一番数が多く、十メートルを越す大型は滅多に現れません。三~五メートル程の中型は、一回の戦闘で数体確認される程度ですが、かなりの強敵です。妹社達の主な敵です」

「体長が三~五メートルもある敵と、私は戦うんですか……」

 不安そうに呟く蜜月を励ます様に笑む男性。

「蜜月さんは妹社じゃないですか。大丈夫ですよ」

 その妹社っていうのも、どう言う物か良く知らないんだけど。

 敵の事も自分の事も良く分かっていない女の子を戦わせる程、この国は弱いのだろうか。

 のじこは蜜月より小さいし。

「そして、甲は接近戦型、乙は光線発射型、丙はその他と分けられています。丙は、全世界で数体しか記録に残っていない、珍しい存在です」

「えっと、光線って何ですか?」

「敵の武器ですね。高温の熱線です。とても危険な物で、戦車が一撃でやられてしまいます。人に当たれば全身が炭になってしまいます」

「うわぁ、怖い……」

「小型はほとんどが甲で、中型も甲が多いのですが、乙も良く現れます。大型はほぼ乙だと言われています」

 聞けば聞く程恐ろしい敵だ。

「そんな物と十年も戦っているんですか……」

「そうですね。この国では十年ですが、最初に蛤石が出現した国では、もう二十年になります」

「そんなに長く?」

「ええ。その国には、もう人間は居ないそうです」

「え? 居ない、んですか? 居ないとは、どう言う事ですか?」

「神鬼によって人間の全てが殺害されてしまった国が有ると言う事です」

 今の言葉が信じられず、思わず聞き返す蜜月。

「全員、ですか? 一人も人間が居ない国が有るんですか?」

「はい。中型大型の神鬼は、人の居ない所に沸くと言われています。大陸では人が居ない地域が沢山有って、蛤石の数も把握出来ない内に、敵の生態も分からぬまま」

 その地域の人は滅びました、と淡々と言う男性。

 そのせいで、蜜月は恐ろしい現実を実感出来なかった。お芝居のあらすじを聞いている様な感じ。

「今はヨーロッパが敵の猛攻を受けていると聞きます。助けに行きたくても、他の国に兵を派遣する余裕が有る国は有りません。自分の国を護る事で精一杯なのです。幸い、今はもう光線への対処法も開発されているので、簡単にはやられないでしょう」

「この国は大丈夫なんでしょうか?」

「幸運な事に、この国は狭い。あらゆる所に村が有り、人が居ます。だから有力な敵が少ないのです。しかし、蛤石の有る街が滅びて穴が開くと、資源の少ないこの国は苦戦するでしょう。だから私達はこの街を死守しなければならないのです」

 重い話に気を取られていたから気付かなかったが、いつのまにか人気の無い道路に入っていた。右側は高い石の塀、左側は深い森と言う、圧迫感の有る風景。

「そして」

 白いスーツを着た男性は、鉄の門扉の前で立ち止まった。家一軒がまるごと通れそうな大きさ。

 大木の様な門柱には雛白ひなしろと彫られてある。

「ここがこの街を護る雛白家のお屋敷です」

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