第2話
機関車が終点の駅に着いた。駅名が書かれている筈の白い看板には何も書かれていない。
大きな旅行鞄を一個だけ持った蜜月は、客車から降りてコンクリートの地面に立った。蜜月と駅員以外、ホームに人は居ない。ここに来るまでにアレだけ居た人間が、全く居ない。
だから、ここは異常な場所なんだと言う事がそれなりに実感出来た。
なんて所に来ちゃったんだろうなぁ。
憂鬱な溜息を吐いた蜜月は、取敢えず出口を目指す。
機関車が派手に蒸気を吐く中、改札を通り、駅舎に入る。
木造の建物の中にも人影は無かった。
迎えの人が居ると聞いてたんだけど……。
キョロキョロと辺りを見渡しても、改札を閉めている駅員しか人は居ない。
仕方なくベンチに座り、鞄を足下に置いた。
手持無沙汰なので駅舎の観察を始める。
女優が殺虫剤を持って微笑んでいるポスターと黒板しか目に付く物が無かった。
黒板には掲示板と書かれてあって、白いチョークで文字が書かれている。駅での待ち合わせに使われる物の様だが、蜜月宛ての文は無かった。
十分程待っても誰も現れる様子が無かったので、蜜月は鞄を漁って一枚の紙を取り出した。
仕事の間が悪いと迎えに行けないかも知れない、と出発準備の時に聞かされていた。その場合の為の地図を貰っていたのだ。
要するに、忙しくて迎えに行けなかったら自分で来い、って事だった。
地図を右手、大きな旅行鞄を左手に持って、蜜月は駅舎を後にする。
歩くと草履が固い地面を擦ってシャリシャリと音を立てる。子供の頃からずっと裸足で過ごして来ていたので、新鮮で面白い。
埃っぽい風が吹き、蜜月の長い髪を撫でる。
そう言えば、今まで暮らしていた場所から出る時に、養護のおばさんに髪を整えて貰ったんだっけ。横を両耳の上で縛り、肩甲骨くらいまで有る襟髪は下ろしたまま。出来上がった頭を鏡で見て、外国の犬みたいだ、と思った事を思い出した。
それはそれとして、地図に従って道を進むと、人の姿を見掛ける様になって来た。普通の街なら駅の周りが一番栄えているのだが、この街は逆で、駅から離れるほど人が増えて行く。
民家が増え、商売をしている建物も増えて来た。質素な着物を着て買い物をする主婦の人達が大勢行き来している。
振袖姿の蜜月は、そんな人達で溢れている通りを歩く。桜と蝶の模様を迎えの人への目印とする為に着て来た着物だが、派手なので人目を引いていてちょっと恥ずかしい。奇異じゃなく、興味の視線って感じがする。
歩く速さを上げて先を急ぐ。
商店街を抜けると、遊具の多い広い公園に出た。もう夕方に近いが、遊んでいる子供は多い。夕飯ギリギリまで遊んでいたいのだろう、蜜月には目もくれずに一心不乱に走っている。子供達にとっては、形の良い蜜月も通行人の一人にしか過ぎないらしい。
無邪気な風景に微笑んでいた蜜月は、ふと視線を感じて口元を引き締めた。
公園に入ってからは消えていた、興味の視線。
蜜月は、さり気無くそっちに顔を向ける。
公園を囲む目的で植えられた木々。その影が作る薄暗い場所で、一人の少女がじっと蜜月を見ていた。
遠目で見ても普通じゃない。
まず、髪の色が白かった。
それに長袖のTシャツに膝丈スパッツと言う動き易い洋装。外国との貿易が盛んになった昨今でも和装が一般的な時代、少女の洋装は珍しい。
少女は垣根代わりの木々から出て、公園を横切る形で真っ直ぐこちらに歩を進めて来た。
日の光の下に出た事で、白髪は灰色に光った。どうやら銀髪らしい。
その銀髪の前髪はおでこが見えるくらいに切り揃えてあり、長いもみあげを耳の後ろに撫で付けている。
正面から見ると髪が長く見えるが、襟足は短かった。つまり、もみあげだけ長髪で、それ以外は短く切ってある、面白い髪型だった。
更に、蜜月を見る瞳の色が赤い。
異人の子だろうか?
背が低く、十才くらいのその子は、蜜月の目の前で止まった。
「妹社蜜月?」
少女は赤い瞳で蜜月を見上げながら小さい唇を動かす。
「え、ええ。私は妹社蜜月です」
「のじこは妹社のじこ」
銀髪少女は無表情で名乗る。
その言葉を聞いて、蜜月は驚きで目を丸くした。
「貴女も妹社?」
少女は頷いた後に自分の唇に指を当て、口笛を吹いた。
周囲に響き渡る、なかなかの良い音だった。
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