合戦

第21話 歌劇・さるかに合戦

 むかし、むかし。

 あるところに、一匹のカニがいました。

 カニがおにぎりを持って歩いていた時、向こうから猿がやってきました。

 「なぜカニがおにぎりを?」などと、聞いてはいけません。お話とはそういうものです。


「やあ、カニさん。僕の持ってる柿の種、そのおにぎりと交換しようよ」

 猿は言いました。いきなりの提案に、カニが乗るわけがありません。

「おさるさん、こんにちは。えっ、おにぎりを? イヤだよこれから食べるんだ」

「考えてみてもごらんよ。おにぎりは食べるとそれでなくなっちゃう」

「でもそれは、そういうものだよ」

「でも柿は、種を植えたら来年も、たくさんの柿が取れるんだ。その来年も、またその次も」

「言われてみれば、その通り。それならしよう、とりかえっこ」


 こうして、カニのおにぎりと、猿の柿の種を交換することになりました。

 カニはさっそく家に帰り、庭に柿の種を植えました。

「はやく芽を出せ柿の種 出さなきゃはさみでほじくるぞ」

 水やりしながらカニが歌っていると、なんとあっという間に芽が出てきました。

 しめたと思ったカニは、さらに歌いました。

「はやく実がれ柿の種 生らなきゃはさみでちょん切るぞ」

 すると、みるみるうちに柿の木が成長し、おいしそうな実がたくさん生りました。


「やったぞ。柿の実を取って食べよう」

 しかし、カニは木には登れません。どうしたものかと悩んでいると、また猿がやってきました。

「ろうしらんらい、カニふぁん」

 猿はおにぎりをほおばっていました。


「お猿さん。聞いておくれよ。この柿は、ぼくのはさみが届かなくって」

「なんてこと。それじゃあ俺がとってやろう。登って上から落としてあげるよ」

「ありがとう! 赤くて熟したやつがいい。きっとそれがおいしい実だから」

 猿はするすると柿の木を登っていきます。

 そして、カニがのぼってくることができないのをいいことに、赤くておいしそうに熟した柿の実を食べはじめました。


「お猿さん、どうして食べてしまうんだ」

「おいしそうな実をみるとつい」

「ぼくのため、上から柿を落とすはず」

「そんな態度じゃやりたくならない」

「そもそもだ、交換したろう」

「種とだろ? 生った実は君のものじゃない」

「いやしかし」

「今はおいらが木の上にいる。お願いするなら分けてあげよう」


 猿の言いぐさに、さすがのカニもときました。

「その柿はぼくのものだ、すぐ降りろ」

 売り言葉に買い言葉。猿のほうもこれで怒りに火が付きます。

「それならば、そこまで言うならくれてやる!」

 猿はまだ熟していない、青い柿の実をむしって、カニに向かって投げつけました。

 固い柿の実をぶつけられたカニはぎゃっと叫んで倒れてしまいました。

「これでよし。二度とおいらに逆らうな」

 うるさいカニを黙らせた猿は、残りの赤い実をもぎ取っていってしまいました。


 さて、この様子を陰から見ていたのがカニの子供です。

「おかあちゃん!」

 泡を吹いて倒れてしまったカニの母親に、カニの子供が駆け寄っていきます。

 えっ? もちろん、今までしゃべっていたカニが母親ですよ。あなたも好きなボクっ子というやつです。やりましたね。


「たしかに……」

 いつしか、薄雲から雨が降り始めていました。

 悲しみに暮れるカニを、雲の切れ間から夕日のスポットライトが照らします。

「たしかに愚かだったこのカニ――はさみで取れるはずもなかった柿――だがこの仕打ちは残酷だ明らかに――甲羅が割れて泡をはき――母の意識は苦しみの中に」

 沢に朗々と響く歌声をききつけて、いろいろなが集まってきました。


 最初にやってきたのは、くりでした。

「九里も届くこの歌はいかに――おおカニよ、ごとよりも復讐が先」

 次にやってきたのは、牛のフンです。

「憤懣やるかたなし――それでも粉骨せよはさみを磨き」

 そして、一匹のはちが飛んできました。

「はち切れそうな怒り――我らがこの場に鉢合わせたのもきっと何かの兆し」

 最後にやってきたのは、大きなうすです。

「雨水の中で我ら誓いたい――憎き猿の薄笑いを止める未来」


 ようするに、カニが猿に復讐するのを手伝おう、と言っているわけです。

 猿はいたずら者で有名で、栗やフンや蜂や臼からも恨みを買っていました。

 いったい何をすればこれだけバラエティ豊かな相手から恨まれるのでしょうね。


「猿は我ら共通の」

かたき!」

 カニの雄叫びに、なかまたちが答えます。

「やつの体を八つに」

「引き裂き!」

「そのためなら身を落とそう! 我ら今より!」

羅刹悪鬼らせつあっき!」

「かならずや取るぞわが母の」

仇!かーたーきーーーーー


 こうして、怒りを声の限りに吐き出した5人は意気投合し、猿への復讐を誓いました。

 おっと、ずいぶん話が長くなってしまいましたね。

 そろそろ、我らが主人公、檎太郎に語りを譲ることにしましょう。

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