第17話 紅白、悶える
チチチチ、チチチチ。
走る俺の頭上で、大きく枝を広げた枝にとまったスズメたちが騒ぎ立てている。
俺が動物の言葉がわかることに、気づいていないのだろう。俺の耳には、相談の内容が筒抜けだ。
「うまくいかなかった」
「思ったより、意志が強い」
「もっと時間を稼がないと」
「女将が失敗したんじゃないか?」
「知り合いじゃないと。人間は知り合い同士で
女将が俺を誘惑していたのは間違いないようだ。なにか、よくないことが起きようとしている。
「俺としたことが……」
なんて言えるほど、実績があるわけじゃないけど。
あまりに平和で楽しいことばかりが起きるから、油断していた。
(また、鬼の仕業か…?)
鬼は枯のように暴力的な存在ばかりだと思っていた。考えてみれば、俺たちを罠にかけるつもりだったのかもしれない。
でも、何のために? 枯はシロが見つけた財宝をねらっていた。いまは、俺たちは大したものは持ってない。
「ええい、考えてもしかたない!」
やわらかい草を蹴って走り、ほどなく最初にとおされた部屋へと戻ってきた。風呂へ向かう前、紅白やおばあさんと別れた場所だ。
「誰か!」
ふすまを強引に開き、俺は部屋へ飛び込む。
そこには……
「あ、きんちゃん……」
部屋の中で、のそりと体を起こす人影。
「紅白……か?」
「そうだよ、びっくりした?」
思わず
ぴんとたった三角の耳に、上向きの太い尻尾。これはよく知っている。シロのと同じだ。
違ったのは、それ以外の部分だ。白い髪は背中まで長く伸び、手足もすらりと長い。
俺の胸の下までしかなかった身長が、30センチ以上も高くなっていた。おかげで、膝の下まで丈のあった着物が、今は腿の付け根をなんとか隠している、という状態だ。肉付き豊かな太ももが、惜しげもなく俺の目の前にさらされている。
さらに言えば、あのぺったんこだった胸はどーんとつきだして、ざっくりした襟元からは、北半球がほとんど覗いてしまっている。ふじさんのそれによく似た深い谷間が、少し動くたびにみっちりと寄せられ、窮屈そうに着物の内側で弾んでいる。
明らかに、大人の体だ。10歳の少女だった紅白が、今の俺よりも年上の姿でちかづいてくる。
「な、なんで?」
「あかねは10歳、シロは15歳。……あわせたら、きんちゃんよりも年上、でしょ?」
紅白はいたずらっぽい笑みを浮かべたまま、棒立ちになったままあっけにとられている俺の手を握る。
「お風呂、入ったら……熱くなってきて。この体で、きんちゃんに会いたくなってきて……」
春だというのに白く見えてしまいそうなほど、紅白の吐息は熱っぽい。
熱に浮かされたように頬は赤く染まり、大人の……明らかに、この時代なら子供がいてもおかしくない年齢の女体が、俺の目の前に会った。
「きんちゃん、あたし、きれい?」
体の大きさに慣れていないせいだろう。じれったそうに体を揺らしながら、紅白が見つめてくる。
そのたびに体に合っていない着物が、今にもはじけてしまいそうだ。つきたての餅のように白く、柔らかく、甘そうなふくらみが、その内側でぷるぷると震えている。
「う……うん」
思わず、喉を鳴らした。さっきの女将とのこともあって、言葉にできない熱が、俺のなかにもまだくすぶっている。
「もっと……見て、ほしい」
とろんと蕩けたように熱っぽい、赤い瞳が俺を見つめている。
細い帯に手をかけて、なんとか着物を押さえているそれをほどこうと……
(……っく、まずい!)
この先に起きることを見てみたいのはやまやまなのだが、今はそれどころじゃない。
おじいさんとおばあさんの命に関わることなのだ。俺は自分のこめかみを手首で叩き、少し気を抜けば呆けてしまいそうな意識を取り戻す。
「落ち着け、紅白。いまはそれどころじゃない!」
両肩をつかんで揺さぶる。子供の体とは違った、しっかりした肩。シロの命が混じっているからだろう。頭と同じくらいのサイズがあるんじゃないかと思うような胸をふたつささえるだけの骨太さ。
「やぁだぁ。きんちゃんと遊ぶのー!」
ぎゅむぅ。俺の言葉に首をふり、真正面から飛びついてくる。
「うっはぅ……!」
大ボリュームの重みが押し当てられて、俺は思わず腰を引いてしまった。
「聞いてくれ。俺たちは罠にかけられて……」
内面が純粋な子供だからだろうか。術のかかりが深い。
「やだやだやだやぁーだー! 遊ぶのー!」
ぎゅうぎゅうと俺の体に自分の体を押し付けて、ぴょんぴょんと跳ねる。そのたび、ぐにゅむにゅばるんばるん、と無軌道に大質量が暴れまわって、いろんなものが決壊寸前だ。
「こ、紅白、それ以上は……!」
「いいもん、あたしがきんちゃんで遊んじゃうから!」
思った以上のパワーで、強く体がおしつけられる。あまり力の入らない体勢になっていた俺は、そのままやわらかい草の上に押し倒されてしまった。
「っ……!」
頭は打っていない。だが、衝撃で一瞬、息が詰まった。
その間に、紅白は大きく成長した体で、俺の上にまたがってくる。尻尾をぴんと立てて、足を大きく広げ……あとほんの数センチで、着物に隠された場所が見えてしまいそうだ。
「暗いから、よく見てて……」
はっ、はっ、と舌を垂らしてしまいそうな表情で息をつきながら、紅白が襟を広げた。
夜闇に浮かぶ白いシルエット。大きな丸いふくらみが二つ、弾んで飛び出した。
「きんちゃん、きんちゃん……っ!」
夢を見ているかのようにうつろな目つきで、ぶんぶんと尻尾を振りながら俺の体に重なってくる。
ずっしりと重たく、それ以上にやわらかい感触。夜の冷えた空気の中で、紅白の体は燃えるように熱かった。
「っは、ぁ、っはぁ……!」
自分がなにをしているのか、きっと紅白自身もわかっていないに違いない。
赤い舌をのばして、俺の頬を舐める。甘い吐息が顔にかかって、俺まで熱に浮かされてしまいそうだ。
「だ、ダメだ!」
俺はその無邪気な誘惑に理性を働かせて必死に抗う。俺の胸板でぐにゅりと押しつぶされている大きな胸を引きはがすように、肩を押し返す。
「紅白、聞いてくれ。おじいさんとおばあさんが危ないんだ」
今度は、髪と耳を撫でて、低い声で言いきかせる。
「二人を助けたいんだ。こんなこと、してる場合じゃない」
「じーちゃんと、ばーちゃんが……?」
俺を見つめるうるんだ瞳が、一瞬、寂しげにきらめいたあと、徐々に理性の光をとりもどしていく。
「そ、れ、ほんとう?」
「二人がいない。早く見つけないと、何かあってからじゃ遅いんだ」
ぴく、ぴく、と犬の耳が迷いを表すように震える。しかし、数秒後には、「くんっ……」と鼻の奥を鳴らし、大きく息を吸い込んだ。
深呼吸で体を落ち着けているのだろう。術を振り払うようにぶるぶると(俺の体の上で)身をゆすると、熱が引いて、赤く染まっていたほおが間の白さを取り戻していく。
「……うん。二人を探そう」
ようやく、術が解けたようだ。色々な意味でホッとしている俺の上から立ちあがって、やや窮屈そうに胸元を直す。すぐにふすまの方へと身構える。
「……わ、わかってくれてうれしいんだけど」
犬の本能だろうか。身をかがめてあたりを伺う紅白に、控えめに聞いてみる。
「元の姿に、守れるか?」
「でも、こっちの方が、危ないことがあっても戦えるよ?」
しゃきん!と、指の爪を尖らせてみせる。なるほど、アダルトモードのほうが戦闘力が高いのだろう。さっきも、俺を抱く力は大人の男以上だった。
「いや、その、だな……」
頰を掻いて、口ごもってしまう。ただでさえ太ももが露出するほど短い着物姿で身をかがめるから……
「い、色々、見えちゃうから」
「?」
きょとんとしている紅白とは、さすがに目を合わせられなかった。
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