第15話 侍と女中
「おお……」
思わず、声を上げてしまった。
俺たちが通された部屋……宴会場には、すでに宴席が用意され、料理が並べられていた。
たっぷり具だくさんの煮物。根菜や里芋、こんにゃくもある。
若鮎の塩焼きは、香ばしいかおりを漂わせている。おなかにたっぷり身が詰まって、歯ごたえがありそうだ。
そして、キノコの入った炊き込みご飯。おひついっぱいに用意されて、ほくほくと湯気を立てている。
「すげえ、こんなごちそう、生まれ変わって初めてだよ!」
転生前でも、俺はこんな料理はあまり口にする機会がなかったからなおさらだ。
山の幸をたっぷり使ったもてなしに、空腹がいっそう刺激される。ぐるる、と誰かの腹が鳴った。
「まるで殿様のおもてなしみたいじゃ、のぉ」
おじいさんも、目を丸くしている。
「ほんと。こんなに、いいの!?」
よだれを何度も拭きながら、紅白が女将の顔を伺うように見つめる。
「もちろんですよ。おじいさんには、スズメのお仲間がたくさんお世話になりましたから」
女将は、手つきでどうぞ、と示して、にっこりと微笑んでみせる。
「おかわりも、たくさんありますからね。そうだ、皆さん、アレをご覧になってもらいましょう?」
ぽん、ぽん、と女将が手を叩く。すると、チュンチュンと鳴きながら、何匹ものスズメが俺たちの前に舞い降りてきた。
「今から、私たちの歌と踊りをご覧に入れます」
スズメの鳴き声が重なる。
「お召し上がりになりながら、楽しんでください」
竹と木で組まれた小さな舞台の上で、スズメたちが声を合わせて歌い始めた。
それに合わせて、別のスズメが息を合わせて踊る。
「こりゃあすごい、のう?」
「お、おう、そうじゃな……」
おばあさんだけは、やはりスズメの真意が気になるのか、今ひとつ乗り切れていないらしい。
「大丈夫、大きい方さえ選ばなければ、危ないことはないよ」
食事に手を合わせたまま、俺はそう請け負った。おばあさんを安心させようと思ったのだ。
(……この世界のルールを理解しておきたいし)
おばあさんには悪い気もするけど、これは一種の実験だ。
これから先のことを考えれば、この世界のルールを確かめておく必要がある。
すでに、別々に呼ばれるはずのおじいさんとおばあさんが一緒に宿にいる。俺と紅白も一緒だ。何もかもが同じになるわけじゃないらしい。
かそけしの君はこの世界が「むかし話の世界」だって言っていた。きっといま起きていることも「おはなし」の一部なんだと思うけど、俺なら、結末を変える事ができるはずだ。
「舌切りすずめ」のストーリーで起きることがどれぐらい再現されるのか。どういう風に結末を変えられるのか。きちんと理解しておきたい。
「花咲かじいさん」のときは、状況が急すぎて何もできなかったけど、今は違う。
かそけしの君に聞いたってどうせろくに教えてくれないだろう。
それに、紅白にもいったとおり、「舌切りすずめ」はそれほど残酷な話じゃない。
大小のつづらをおばあさんにも選ばせていたくらいだ。スズメは舌を切られたことに仕返しするつもりはなかったはずだ。
物語は語られるうちに形を変えていく物だけど、「舌切りすずめ」の場合は、たぶんおばあさんが罰を受ける箇所のほうが、後から付け足されたんだと思う。
山奥のふしぎな場所に行って、宝を持って帰ってくる……という部分のほうが、きっと物語の原型に近い。
だから、その部分を守れば、おばあさんが罰を受けないようにできる……と、思う。
「とにかく、俺を信じて」
……と、こんなことを全部説明するわけにもいかないので、それだけ言った。できるだけ、真剣なまなざしで。
「檎太郎も、ワシもついておるからの」
と、おじいさんがおばあさんの肩に手を置く。
「わ、わかっとるわい。気安く触るんじゃないわ」
慌ててその手を払いのけ、おばあさんも食事に手を着ける。おじいさんはそれを気にした様子もなく、笑顔でスズメの歌劇を眺めていた。
スズメたちの歌は主従関係でありながら惹かれ合う男女の姿を描いている。
……言葉が通じないおじいさんにはそんなことは伝わっていないと思うけど、とにかく、耳に心地よい鳥の声と、小さな体を跳ねさせての振り付けは見事なものだ。
「おいしいねえ、きんちゃん」
ひとり、紅白はマイペースのままに食事に手を着けている。
「ああ。ほんと、来てよかったよ」
農村の食事に文句があるわけじゃないんだけど。「おはなし」の力でこんな贅沢な料理が食べられるなんて、ありがたい限りだ。
転生する前と違って健康な体のおかげだ。
俺はおいしい食事とスズメたちの踊りで、この世界に来て一番の楽しい時間を過ごしていた。
🍎
むかし、むかし。
あるところに、家を失ったお侍がいました。
お侍は鬼と化した主君から逃げだし、家の中で金目の物をなんとかかき集めたところでした。
お侍は結婚もしていませんでしたから、一緒に逃げる家族はおりません。
ですが、その家に仕えるお女中が、ひとりおりました。
「この家はもう終わりじゃ。どこへなりとも行って、好きな相手に仕えるといい」
そう言って、お侍はなけなしの銭をお女中に渡しました。
しかし、お女中はそのお金を突き返しました。
「わしが仕えるのはあんたと決めたんじゃ。あんたと一緒に行く」
お女中は頑として譲りません。仕方なく、お侍はお女中と一緒に逃げ延びました。
やがて、ふたりは山の近くの小さな村に身を寄せます。
鬼が追いかけてこないことがわかると、ふたりは村人たちに畑の作り方を教わり、自分たちの畑を作って一緒に暮らしていました。
この話を聞いているあなたは、「それならふたりは愛し合っていたのか?」と思うかも知れません。
ですが、この時代は今よりもずっと、身分の差が大きかったのです。
お侍は自分の家来であるお女中を、愛したり、結婚するような相手とは思っていなかったのです。
そのうち、お侍は村で一番の気立てのいい娘を嫁にもらいました。
「それなら、後のことは夫婦でするとええ」
お女中はそう言って、お侍の隣に家を建て、そこに住むようになりました。
その後も、お女中は何かとお侍夫婦を助けてくれました。
それは、檎太郎が生まれるより、何十年も昔のことでした。
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