第12話 紅白
俺の手から離れた灰が、キラキラと輝きを放つ。
光の粒子と化したそれが、地面に横たえられたあかねちゃんの体へと降り注いでいく。
「よ……し!」
枯れ木に花が咲くのなら、消えかけた命の灯火に、再び火をともせるかも知れない。
そう考えて、半信半疑のままにやってみたことだけど……
ふりかけた灰が、あかねちゃんの体を覆うように広がっていく。
それだけじゃない。輝きが伝播するように、周囲に散らばった灰にも広がっていく。
すぐに、あたりの地面が一面、まばゆいほどに輝きはじめた。
「っ……!」
目を開けていられない。でも、地面からの光は温かくて、俺の体を包み込んでくれるみたいだった。
「なんじゃ、なんじゃ!?」
「ううっ、何がどうなって……」
周囲の村人も、驚き、慌てふためいている。でも、誰も逃げようとはしなかった。きっと、俺と同じように感じているんだ。
「シロじゃ。シロが、あかねちゃんを救ってくれとるんじゃ!」
おじいさんの声だ。そうだ。そうに違いない。
俺に力がなくたって、おはなしには力があるんだ。
輝きが、徐々に収まっていく。温かい光が消えて、夜の涼やかな空気が再び俺たちを包み込む。
「ん……あ……れ……?」
小さな、声が聞こえた。
「あたし、どうなって……」
目を開けたとき、そこには、元の通りのあかねちゃんが、地べたに座り込んでいた。
……いや、訂正。
元の通りというのは、語弊がある。
「あかね……そ、その姿は?」
ふじさんが驚くのも、ムリはない。
あかねちゃんの姿は、さっきまでとはだいぶ違っていた。
まず、服を着ていない。
当たり前だ。燃え尽きたのだから。暗くてもそれとわかるような健康的な肌色。やけどの痕は、すっかりなくなっていることがわかった。
それはいいけど、保健の教科書で言うところの「じょじょに丸みをおびて大人の体になっていく」途上の裸体は、さすがに目に毒だ。
しかし、それは小さい方の変化だ。
大きい方は……焼け落ちた髪は、元通りじゃなかった。
黒かった髪が、真っ白に変わっていた。
そのうえ、その髪の間から、ぴんと立った犬の耳が飛び出していた。
人間の耳もある。四つ耳だ。
よく見れば、腰の後ろ側から、大きな上向きの尻尾も生えていた。
「シロ……か?」
おじいさんが、目を丸くしてその姿を見つめていた。
言われて見れば、確かにその耳や尻尾はシロのそれにそっくりである。
「ええっと……そうかも。そんな気がする」
あかねちゃんが大きく首をかしげる。
「苦しくて、もうイヤだって思ったとき、シロが……あたしの中に、入ってきて……」
小さな胸を押さえる。うまく説明できないのだろう。
「はっきりとは、わからないけど。でも、感じる。あたし、おじいさんやきんちゃんに、すっごく感謝してる。たぶん、シロの気持ちが、あたしの中に入ってきたんだ」
白い髪と耳と尻尾を持った女の子が、俺を見つめて微笑んだ。その尻尾がぱたぱたと、地面を叩いていた。
「ありがと、きんちゃん。あたし……えっと、元気だよ」
「あかねちゃん!」
思わず、俺はその体を抱きしめた。
とくとくと、命が脈打つ音が聞こえた。
「も、もう……痛いよ」
「ご、ごめん。でも……嬉しくて」
「ふふー、おねーちゃんがいないとダメなんだから」
小さな手が、俺の髪を撫でる。
「よかった……よかった、本当に……」
涙がこぼれる。うれしさで泣いたのは、転生してから初めての事だった。
みんなが、俺たちを見ていた。誰もが安堵の声を漏らしていた。
ふじさんも、おじいさんも、おばあさんも。村のみんなも、俺と一緒に泣いてくれた。
泣いていないのは、当の彼女だけだった。
「ね、ねえ、きんちゃん」
ぽふぽふと、俺の頭を軽く叩く。「待った」をかけるみたいに。
「あたし、シロでもあるから……『あかね』って呼ばれるのは、変かも。新しい名前、何がええかな?」
「へ? え、えーっと、そうだな……」
聞かれて、思わず口ごもった。周りを見回してみたけど……母親とはいえ、ふじさんが新しい名前をつけるのも、変だ。確かに、よみがえらせた俺の役目に思える。
「じゃあ、あかねと、シロだから……」
生きている誰かに名前をつけるのは、転生する前まで含めても初めての事だった。なんだか照れくさくて、少し言いよどんでしまう。
「
「紅白……」
彼女はそう繰り返してから、ぱっと花が咲くように笑ってみせた。
「うん、いいかも」
「まこと、めでたい名前じゃ!」
ぱんっ! と、大きく音を立てておじいさんが手を叩いてみせる。
村人たちもそれにつられたように手を叩き、紅白の誕生……と言っていいのかわからないけど、とにかく彼女を祝福してくれた。
「あれ、おじいさん。手は?」
「さっきの光で、シロが治してくれたみたいじゃ。本当に、飼い主思いのええ犬じゃった」
「じゃった、じゃないよ。生きてるもん」
「おお、そうじゃった! えらいぞ、シロ……じゃない、紅白」
おじいさんの大きな手が、紅白の白い髪を撫でる。彼女は、「くぅん♪」と鼻を鳴らし、尻尾をぱたぱたと大きく振った。
「……お、俺は、治ってないんだけど……」
ずきずきと、腹が痛んでいる。紅白のことで頭がいっぱいになってたけど、思い返すとすぐに痛みがぶり返してきた。
でも、ふしぎなことにもう出血は止まっているみたいだ。
「キズ、舐めてあげようか?」
「そういうのはいいって……あいてて……」
「ふふ。きんちゃんも、元気そう」
今度は、皆がどっと笑った。
どうやら、俺の体は丈夫にできているらしい。
(まさか、かそけしの君が言ってた「ふしぎな力」って、「体が丈夫」ってことじゃねえだろうな)
怒りがふつふつとわいてきたけど、でも、とにかくひとり……と、一匹の命を、救うことができたんだ。
「俺にも、主人公ができるってことかな……」
「主人公って?」
ぴくぴく、と耳を震わせて、紅白が俺の顔を見つめる。
「あー、っと。話せば長くなるから、そのうち、ちゃんと話すよ」
紅白はふしぎそうな表情だったけど、すぐにその口が大きく開いて大きくあくびを漏らした。
「もう、眠い……」
「そうね。今日はもう、休んだ方がいいわ」
ふじさんが微笑んでいた。
「おう、そうじゃな。わしらも……って、こんな家じゃ眠れんわい」
おじいさんが家をのぞき込んで、悲鳴じみた声を上げた。家の中は……枯に床を引っぺがされ、煤だらけになっている。
「ふ、ふん。仕方ないのう。どうしてもというなら、うちに泊めてやってもええぞ」
隣のおばあさんが、ふいっとそっぽを向きながら言っている。
「きんちゃんは、一緒に寝よう?」
紅白が微笑み、ぎゅ、っともう一度俺の体を抱きしめてくれた。
「……うん」
横腹は痛むけど、ちょっとだけ。
ちょっとだけ、かそけしの君に感謝したい気分だった。
🍎
存分に感謝するといいでしょう。
……こほん。
こうして、檎太郎と鬼とのはじめての戦いは幕をとじました。
あかねとシロは、どちらも檎太郎のリンゴを食べていました。それがふたりの命に
枯れ木に花を咲かせる灰と、檎太郎の物語を紡ぐ力が合わさり、ふたりの欠けた命を結びつかせたのです。
しかし、宝を奪った鬼、枯はまだ生きています。
それだけではありません。
この世界には、恐ろしい鬼がもっとたくさんいるのです。
あらためて……
むかし、むかし。あるところに、リンゴの実から生まれた男の子がいました。彼の名前は檎太郎。
檎太郎には秘密があります。彼は、この「むかし話の世界」の外から転生してきたのです。
彼はやがて数々の凶悪な鬼と、そして総大将・
さあ、ふしぎなおはなしの、はじまり、はじまり。
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