第6話 大判小判
むかし、むかし。
ある村に、おじいさんがいました。
ある日、おじいさんは白い子犬がケガをしているのを見つけました。
かわいそうに思ったおじいさんは子犬を家に連れて帰り、丁寧にケガの治療をしました。
ケガが治るころには、子犬はすっかりおじいさんのことが大好きになっていました。
おじいさんも子犬に「シロ」という名前をつけて、わが子のようにかわいがりました。
おじいさんのおかげで元気になった子犬はすくすくと育ち、一年後には立派な犬になりました。
「おじいさんにお礼をしてあげよう」
そう思ったシロは、おじいさんの畑を見張ります。
猪や、猿や、鹿が畑に近づこうとすると、シロは「わんわん」と吠えておいはらいます。
「シロのおかげで、たくさん野菜が取れるぞ」
村のみんなは大喜び。シロは、たちまち村の人気者になりました。
でも、シロはやがて年を取って、病気になってしまいました。
獣たちが怖がっていた吠え声も、すっかり元気がなくなってしまったのです。
「畑は見張れなくても、一軒くらいなら守ってくれるでしょう」
村にいる、ふじという女のひとがそう言って、シロを引き取りました。
ふじの夫がいなくなってしまったので、番犬にほしがったのです。
ところが、檎太郎のりんごを食べたシロはすぐに元気になりました。
病気がなおったシロは、檎太郎とおじいさんに恩返しをします。
「ここほれ、わんわん!」
シロが吠えた畑をおじいさんが
なんと、大判・小判がざっくざくと出てきました。
🍎
おじいさんの小屋の中に、驚くほどの大金が積み上げられている。
「ほんに、この犬が見つけたのかえ?」
おばあさん……おじいさんの隣の家に住む、あのおばあさんが目を丸くしていた。
両手で抱えてもこぼれてしまうくらいの大判、小判だ。
まさかこんな量が村の片隅に埋まってたなんて、誰も思うまい。
「そうじゃ。さすが、シロは幸運を呼ぶ犬じゃな」
真っ白に戻ったシロの毛並みを撫でながら、おじいさんは上機嫌に笑った。
「えらいねえ、シロ」
あかねちゃんも、シロの背中に抱き着いて、足をぱたぱたやっている。
「前から気づいてはいたのですが、うまく伝えられなくて」
ぱたぱたと尻尾を振りながら、シロは俺に微笑む。少なくとも、俺には微笑んだように見えた。
「檎太郎さまのおかげで、おじいさんに伝えられました。ほんとうに、ありがとうございます!」
「ど、どういたしまして」
純真な感謝に答えながら、俺は目を泳がせていた。
この時代にここまできれいに金を精製・鋳造する技術があったんだっけ? なんてことを気にしている場合じゃない。
俺は猛烈な既視感に襲われていた。
いや、既視感どころじゃない。
(俺は、この話を知ってる!)
それどころか、子供のころからすっかり慣れ親しんだむかし話だ。
はなさかじいさん。
愛犬の助けでおじいさんはお金持ちになり、木に花を咲かせてお殿様から褒められる、というおめでたい話だ。
いや、最終的にめでたい話になるとしても、問題はそこまでの過程である。
「どうした、檎太郎? さっきからだまっちょるが。わしがシロばっかり褒めるからか?」
おじいさんが5歳児の俺を抱き上げ、固い掌で頭を撫でまわす。子供の体だからか、妙に気持ちいい。
「もちろん、このおカネもお前のおかげじゃ! 半分はお前が持っていくとええ」
「そ、そんな。もらえないよ」
「子供が遠慮なんかしてはいかん」
「そうだよ。これだけあれば服もたくさん買えるよ」
おじいさんが「ほっほっ」と笑う。一緒になって、あかねちゃんも「きゃはは」と笑っていた。
それを、隣からわざわざやってきたおばあさんが冷やかに見つめている。
「半分って、残り半分はどうするんじゃ」
「村の畑に埋まっとったんじゃから、村のもんじゃ。みんなで分けて、村のために使うとええじゃろ」
「あんたは、ほんにお人よしじゃな。あんたが見つけたんじゃから、あんたが使えばええじゃろ。このおカネで人を雇えば、都に行って十分暮らせるじゃろうが」
「土から出て来たものは、神様のものじゃ。だから、半分は神様の子の檎太郎が使うのが筋じゃろう。残り半分のことは、みんなで考えればええわい」
「はぁー……」
おばあさんが大きく息をついた。もうつきあってられない、とでもいうみたいに。
一方、俺はといえば、その会話もあまり耳に入っていなかった。
はなさかじいさんには、もう一人おじいさんが登場する。
そのいじわるなおじいさんは、犬に無理やりいうことをきかせて宝を探させる。
でも、こんどは宝の代わりにがらくたばかりが出てくるから、怒って犬を殺してしまうのだ。
(かそけしの君のいうことが本当なら、ここはむかし話の世界だから……)
背筋が凍る気分だ。
(いじわるなおじいさんに、シロが殺されちゃう!)
せっかく元気になったのに。みんなが喜んでるのに。
おじいさんも、ふじさんやあかねちゃんも。みんな、すっごく悲しむだろう。
俺が前に生きていた世界では未来に起きることがわかればいいなんて思ってたのに。
「この村に、いじわるなおじいさんとか……いる?」
なんとか食い止めたくて、俺は聞いてみた。そうだ、村にそんな人がいるなら、シロに会わせないようにすればいい。
「なんじゃ、いきなり。この村はみんないい人ばかりじゃぞ」
おばあさんがふんと鼻をならす。
「そうじゃなあ、しかし、あえて言うなら……」
おじいさんが物言いたげにおばあさんをちらりと見やる。
「……なにか言いたげじゃな」
「なーんでもありゃせん」
「ふん! いくらなんでも、金を盗もうなんて考えちゃおらんわい」
おばあさんが大きく鼻をならす。
「むしろ、山賊どもに見つからんようにせんといかん」
「そうじゃな、ひとまず、この家に隠しておいたほうがええじゃろう」
……うーん、なぜかおじいさんには当たりが強いけど、確かに怒ってシロをたたき殺すような人には見えない。
「そ、それなら、いいんだけど……」
「きんちゃん、何か不安なの?」
「う、ううん……」
考えてみる。
もうすぐシロが殺されちゃうなんて俺が言ったとしよう。
みんながそれを信じてくれるだろうか。「神の子」なんて言われてるから、信じてくれるかもしれない。
でも、それでみんなを警戒させてしまったら、村にとって不和の原因になってしまいそうだ。
だいいち、あかねちゃんも聞いてるんだから。ここでそんな話はするべきじゃない。
「こんなきれいなの、見たことないからびっくりした?」
あかねちゃんは俺の様子を不思議がってるみたいだ。くすくす笑いながら、からかってくる。
「そ、そうかも。あはは……」
そ、そうだよ。何もお話しのとおりになるって決まったわけじゃない。
だいいち、シロはかなりの大型犬だ。並大抵のことでは、殺すことなんてできそうにない。刀とか、槍とか、本格的な武器がないと難しいだろう。
みんなを不安にさせるよりも、俺がちゃんとシロを見張っていよう。
そして、誰かがシロにちかづいてきたら、勝手なことをさせないようにすればいいんだ。
「今夜は祝いじゃ。ワシがごちそうを作ってやろう」
おばあさんが袖をまくりながら、そういった。
「珍しいのう」
「別に、あんたのためじゃないわい!」
そうだ、心配したぶんおなかがすいてきた。
「何を作るの?」
「村のもんが釣りに行っておるからな。やまべでもわけてもらって、焼き魚にして……」
「ほっほっ、楽しみじゃのう」
「じゃから、あんたのためじゃないと!」
「ふふ。かーちゃんも、呼んでくるね!」
にぎやかな声を聞きながら、俺はシロの体にもたれていた。
「何か、気になることが?」
シロは俺の不安を嗅ぎ分けたみたいに、こっそりと聞いてくれる。
「ううん。……後で話すよ」
俺はそう答えて、「ぐー」と大きく鳴る腹を押さえた。
🍎
そのころ。
村の茂みから一匹の猿が顔を出しました。
「あんな宝、生まれて初めて見たぞ……」
この猿は、頭にはちがねをつけています。そのはちがねには、「枯」と一文字、書かれていました。
まだ若い猿は、人間にはわからない言葉でつぶやきます。
「あの犬が吠えたら、宝が埋まってるのかな?」
猿はそう思いましたが、すぐに首をふります。
「おいらじゃダメだ。犬猿の仲っていうもんな。おいらが吠えられちまうぜ」
茂みの中をうろうろと歩き回ってから、その若い猿はつぶやきました。
「じさまに教えないと」
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