第5話 賭博家たち

 肩に触れるぐらいに長く伸ばした銀髪をいじりながら、男はその現場をくまなく探していた。

 人避けの結界は張っているし、上の事だから時間もかなり稼いでいることだろう。だから十分に探す時間はあった。3時間も他人の家に居座れるのだ、探せないわけがなかった。だが。

「みつからねェ…」

 焦ると髪をいじる悪い癖が出る。鬱陶しい。

 午前中から彼はずっと探してはいたものの、どうも示しがつかない。明け方から見張っており、カーテンが閉められ家主が家を出た後まで確認して、そして侵入した。

「まさかな。手前がバレていたなんざ土産話にもなりゃあしねェ。大将に喰われちまう。おっかねぇのは厭だなあァ」

 すると彼の影がドロドロと異様な何かに変わり始め、ゆっくりと何かが現れ始めた。よく見れば頭頂から目元まで出した異様な男が、その銀髪の男をじっと見つめていた。

「どうだ、鬼。とっくに刻限は過ぎている。予定が狂うのはお主とて不都合極まりないであろう?」

 目は切り傷のように細い。が、その吸い込むような双眸がじっと彼の顔を覗き込んでいた。

「夜叉のおっさん。人の顔を見るのは文句は言わねェ。が、貌を視るのは話が別だ。その眼、手前に向けるんじゃあねェ。気味悪ィ」

 彼はその圧のかかった目から離し「大将には手前が話す」といい、その店を後にした。

 夜叉と呼ばれた男は体すべてを、まるでエレベーターに上がるかのように、その体を現した。

 全体的に細長いが身長だけは大きく黒い外套を身につけた彼は、まるで血の気が引いた様な青白い腕を伸ばし、ひとつのぬいぐるみに触れた。

「さすがは自動人形と言ったところか」

 辺りを見渡し、男は不敵な笑みを浮かべまた影の中へと沈んでいった。



「もうこんな時間だ。このままだと予定が狂ってしまう。そろそろお暇します」

 レンセイは時計を見、驚いた。とっくの昔に次の予定の時間をすぎていた。

「まぁまぁまだゆっくりして頂戴。こちらとしては貴方とまだ話していたいもの」

「冗談をやめてくれ。君はそんな口じゃあないだろう」

 レンセイがそういうとマコトは少し拗ね、「アタシが男に興味無いって言いたいわけ?」と駄々をこねてきた。しかしレンセイはそんな子猫を軽くあしらい、「遅れをとるのは悪い」とチップと代金をテーブルの上へと置いた。

「ダメかぁー。好きにさせるチャンスなのに」

 マコトはその分け目から左へと伸びた髪をくるくるっといじった。

「そんな顔してもそんな風に思ってはいないだろう?」

「ち、バレたか」

 レンセイは微笑み、彼女に背を向け手を振った。

「バイバイ」

 マコトはそんな彼の影が消えるまで、ゆっくりと手を振った。

『大将、見つかンなかった。悪ィ。口割らせる他無ェみてぇだ』

 彼女の頭に響くその声は、彼女の貌を一瞬にして変えた。獲物を目の前にした狐のような狡猾な貌へと変えた。

「戯け。後を付け目的のポイントで確保しろ。夜叉聞こえるか?」

「主人、今ここに」

 彼女はコーヒーのカップを覗いた。すると彼女の顔を覗き込むように、やせ細った男の顔が、彼女の目に映った。

「駒を進めようと思います。いかが致しましょうか?」

 マコトはコクリと頷き答えた。

「オマエは秋山のサポートを頼む。相手は魔術師だ。一筋縄ではいかんだろう」

『大将、堪忍してくだせェ。手前がしくじるとでも--』

「人形よりも魔術師を相手にする方が簡単だと。そう言いたいんだな?」

 彼女の声から、かなり重たい何かがその空気を震わせた。その声はそのカフェ全体に響いたらしく、少し話し声が小さくなる程だった。

 沈黙は秋山の顔を嬲るように、ゆっくりと浸透した。

『…わかった。承知した。了解した。手前と幽霊でやる』

「よろしい」

 マコトは、その冷めたコーヒーにミルクを落とし、飲み干した。


⿴⿻⿸


 昼からの予定だというのに、彼の腕時計は11:50を指していた。遅れるのだけは嫌だとレンセイは足早に目的の店へと歩いていた。

『チャシャ猫のチーズ』フリート街の奥に位置する店で、バーではあるものの、チーズの美味しい料理が出てくることで隠れた名店のようなものだった。

「あの女食えないやつだ…」

 彼女、キリヤマコトは荒方レンセイの予定を知っていたのだろう。朝食が豪華すぎてどうもお腹が重い。昼餉にフォークを刺すことは難しくなるだろう。

「近道だ」

 彼は大通りを避け、フリート街へ続く数少ない路地裏へと進んだ。もしも大通りを歩いていたら20分はかかるだろう。が、この近道なら10分で着く。猫の通るような道や、飲食店のごみなどを横目で見ながら、小走りで向かった。

 ちょうどホテルとアパートの間であろう。大きく出来た路地裏に出た。ここまで来ると1度フリート街に出ればすぐそこだった。

 しかし、勝手は違っていたようだ。

 走っていて血が上っても分かる、空気の異様さが彼の肌という肌にねっとりとした感触があった。その上自分の息が大きく聞こえるように、音という音が一切無く、自分の足音がドラムを叩いているように聞こえるほどだった。

「なんだ、これは」

 レンセイは無意識に首から下げていたお守りのシルバーリングをいじった。辺りを見渡し、何か異変がないか確かめる。前後ろ、右左。

「下だァ」

 レンセイの緊張が一気に昂った。

 全身の毛が逆立つ感覚を一身に受け、恐るおそる下を見た。

 本来なら影は落ちない。なぜなら路地裏は光を遮ってしまう。しかし、彼の眼下には光を飲み込まんとする闇が、彼の足元を黒く落としていた。

 いやそれだけではなかった。闇の中からゆっくりと白い腕が伸びていく。

「!!!」

 レンセイは必死に足を動かそうとした。しかし、何故か足は動かずましてや自身の体そのものが動くことができなかった。

「動くんじゃあねェぞ」

 今度は背後から声が掛かる。

 まるで泥のような闇から牡鹿のような、体つきのいい白髪の男がレンセイの頬へ刀の切っ先を向けていた。

「御前は手前と来るんだ。レンセイ・シルク・ロートシルト」

 レンセイのもう一方の足が掴まれ、闇に引きずり込もうとした。その瞬間だった。

「上だ」

「あ?」

 もう一方の刀が白髪の男めがけて上から一直線に落ちてきた。いや振り落とされたと言った方がいいかもしれない。男としては高い声だったが、その一刀はかなり迫力のあるものだった。

 しかし、白髪の男はその切っ先を避けたが、刹那が足りず男の鍔迫り合いに身を受ける他なかった。

 背後の殺気から身を逃れたレンセイは体が動けることに気づき、すぐさま懐からルビーやダイアモンドであしらわれた儀式用の剣を持ち、その白い腕に刺した。腕は痛みに耐えきれず、うめき声を挙げ、レンセイの足を離し、闇の中へと引き込んでいった。

「レンセイさんボクの後ろへ!!」

 金髪の刀使いは、白髪の男を蹴り飛ばし、レンセイを自らの背後へと引き気味に誘った。

「嗚呼、来るだろう思っていたが、本当に来るとはなァ。ましてや手前らも気づかなかった。結界を二重にしたというのにな、マサヨシ」

 マサヨシと呼ばれた青年は鼻で笑った。

「だからレンセイさんを急がせて、君たちは出待ちしたのか。ここを通らざるを得ないと」

「そうさなァ。近道はここしかないなら、駒を打つならここだろうなァ」

 マサヨシはその白く光る直刀を、右に逆手に持ち、左手であまりを握り、刀身を体の前で地と垂直に持った。

「ダーツは好きか?ケンちゃん」

「んァ?苦無な。中心に当てるのは楽しいなァ」

 白髪の侍はもう一刀を背から抜いた。

「そうか。ボクはとても好きでね。今しがた一本投げてきたところだ。上からね」

 白髪の男はピタッと止まった。

「そうか。御前、上空から跳んだのか。上空から落ちて、跳べば近くまで来れるだろうな。通りで察知できないわけだ」

「横にキミの間合いがあったのは知ってたさ。上にも伸びているのも分かってた。横で跳ぶには近くまでこないと、場所が見えないからどこに出るかは分からない」

「そうか。だから上空しか無かったのか。勉強になった」

「パラシュート無しで飛ぶのはキツかったさ」

 白髪の男は二刀の先をマサヨシの喉へと指し、ゆっくりと近づいた。

 今まであった笑顔はとうの前に消えていた。

「そうか。やられたな、これは」

 1歩近づく。

「それで、ダーツの話はこれでおしまいか?良かったな真ん中に当たって」

「いや、実はもう1本あるんだ」

 それを言うと、マサヨシは逆手を順手へと戻した。刀身が藤色に揺れ初め、綺麗な円を描き始めた。

「畜生、逃げるつもりか!」

 マサヨシは円を描き終わるとそのままの状態で後ろを振り返り、空を切るようにレンセイを外した空間を叩き斬った。

「畜生!」

 白髪の侍は刀身を十字に振ろうと左手を水平に構え、右手を挙げた。しかし彼の目の前にあった円を描いたその、藤色の空間に見覚えのある顔があった。

 麦色の髪、青い目、そして自らの主人と同じ顔。そう他でもない主人の好敵手であるキリヤナナコが翡翠色の槍を持ち、投げようとしていたその瞬間だった。

「畜生おおおおおお!!!」

 投げられた槍はそのまま侍に突き刺さるかと思えば、泥のような闇が、その槍身を飛ばした。

「クソっ」

 そういうとその藤色の空間は消え、その後ろにいたレンセイもマサヨシも消えていた。

 跳んだのだ。

 その3秒間も満たない間に、彼は勝てる算段を見事にぶち破られたのだ。

「…嗚呼、出し抜かれちまった。勝てる博打だと思ったのになァ」

 銀色の侍は大の字に寝転がった。

 泥の中から細長い男が現れた。

「拙者にも分からなかった。感知できなかった。流石は霧夜家の末裔か」

 そういうと銀髪の男は鼻で笑った。

「末裔ってどっちだ?」

 ひょろ長い男は銀髪の男を見下ろした。

「どっちも、だ」

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