第4話 咀嚼行動

 ジャズ。それは魂の歌。

 ジャズというものは、元々黒人労働者が白人からの迫害を耐えうるために生まれたものだ。

 それが形を変え、私たちがバーなどちょっと冒険するような一服する場、大の大人が安らぐ場に大きく用いられることになる。

 だからこそ、ジャズは花が目劣りするほど美しく母性のある女性みたく、人の心を掴んで離しはしないのだ。

「それがジャズ。だからジャズを未だに奴隷音楽とかいう人間のクズには高嶺の花だってことさ」

 そういうとキリヤ姉妹の1人であるナナコはダーツのダートを投げた。そのフォームはかなり自然な動きをしており、足元にかかる重心から軽く曲げたその腕へひとつの波のように、手先の力加減へと動いていた。流動的であった。そして空を切る音を立て、その中心へと当てた。

「さすが大将、見事」

 バーのマスターが、ビールグラスを拭きながら渋い声で言った。

「マサヨシもやるか?」

 ナナコはカウンターに戻り、隣の男のそばに2本のダートを置いた。

「俺に出来るか? エミリーに頼めばいいような…」

 しかしマサヨシと呼ばれた男は浮かない顔で答えにならない答えを答えた。その顔は料理を作るのが苦手な夫が手の離せない妻に代わって夕食を作っている、切羽が詰まった要素を含んだ顔をしていた。

「確かに。狙い撃つのが上手い2人なら高得点間違いなしだな。けど邪魔が入ったら?」

 マサヨシはコーヒーを啜りながら、はぁと肩を落とした。

「わかったよ。タイミングはそっちに任せる」

「チャンスは2回だ。ひとつはアンタが狙ってもうひとつはアタシが狙う。いいな?」

 マサヨシは、懐にあったバンダナを頭に巻き、振り向きざまにダートを1本投げた。それを知って知らないか、ナナコはもう一本をマサヨシと同じように投げた。

「母さん、下手すぎ」

 マサヨシはそのダーツの結果を見て肩を落とし、そのバーを後にした。

「次は当てるわ」

 そう言ってまだ残っているスコッチ・ウイスキーに手を伸ばした。



「私はジャズは嫌い。だって哀しくなるもの」

 マコトはそのトマトソースで浸されたイングリッシュマフィンを丁寧にシルバーで切りながら、口へと運んだ。

「そうか。俺は安らぐ音楽は嫌いではないのでね。よく聞く方だとは思う」

 レンセイはその豆のトマトソース煮込みの「豆」を避けて、ソーセージや目玉焼きなどに手を伸ばしつつ、その話を聞いた。

「そう、そのあなたの「豆」よりかは好きなのね」

「豆が苦手で悪いか?」

 レンセイは不機嫌に言った。

「いや、「マメ」に避けているから」

「「マメ」に?」

 レンセイは眉を潜めた

「ええ、豆を」

 マコトは眉と口角も上げた。

「あっはははは、冗談よ冗談。それで、もう本題に入りましょ。デートしてるわけじゃないんだし」

 レンセイは肩を落としため息もつきながら、そのプレートを横に避けた。

「なぜこの人形を回収したいと?」

 レンセイは目を細めながら口の前で手を組み、彼女の回答を待った。

「曰く付きだからよ」

「曰く付き?」

 レンセイは彼女の言葉を繰り返した。

「ええ。勝手に動いたり、歩いたり、顔を向けたり言葉を発したりする人形は幾多もいるけど、自分の意思で他の存在を支配できる人形はそうお目にはかかれないわ」

「なんだそれは、マインドコントロールでも出来るのか?」

「対象が動物であるならば可能よ。基本はモノだけど」

 マコトは肩掛けのカバンからある資料を取り出した。

「『ドレイズの魔法人形』彼女はそう呼ばれている。彼女が最初に確認されたのは1945年。以降1992年まで数々の怪奇事件を世に刻んだわ」

「戦争が終わったあとにまた戦争か」

「無理もないわ。相手は人間じゃあないもの」

 レンセイはページをめくり、その男の写真をみたとき、あの黄昏時に来た男を思い出した。

「似ている」

 だが違う。写真の男はまだ若く白髪が混じっていた。

 あの時見た老人と呼べる男ではなかったと彼は確認するように頷いた。

「何が似ているの?」

 マコトは覗き込むようにそのレンセイの目を見た。

「あ、いや。客に似ているだけだ」

「そう」

 マコトはすっと元の位置に直り、レンセイは資料をめくった。

「元々生物学者だったのか」

「そうね。その素質が買われ、第二次世界大戦での兵器開発に一役買ったこともあるわ」

「なるほどな。この人の周りで怪事件が起きたという話か」

 ページをめくると相当な数だった。一家全員失踪事件、銃器工場不審爆発事件、1番多かったのは目を食われて死ぬ双眸喪失殺害事件だった。

「一年、早ければ半年ごとに起きている。なんだこの頻度は」

「異様ね。その上食われた箇所を調べてみても、どの生物にも該当しなかった」

「そしてその事件は2000年を境にピタリと止んだのか」

「怪事件が止まったのは1992年ね。怪現象は1999年まで続いたわ。それは彼のその人形を継いだあるおもちゃ屋が情報提供したの、今のあなたみたいね。それ以降この人形自体が失踪。その時巻き起こった最後の怪現象が」

「人形たちの凱旋か」

 ページをめくった先には白黒の写真で、フラッシュを炊いたのかかなり白くぼやけてはいるものの、辛うじて丘とその一本の木が見える写真があった。そしてその丘の上にずらりと右へと並んだ「足」たちがあった。それはぬいぐるみであり、ソフビ人形であり、陶器の人形であった。胴体から上がない分どういった人形たちなのかが分からない恐怖がそこにはあった。

 人形達の凱旋。

 そう言われて肯けないものはなかった。

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