第6話 神との遭遇、夜食付き
何がどうなったのか、静かになった何処とも知れない部屋の中で、呆然としてしまう。外に人の気配がなくなり胸を撫で下ろしたい気持ちはあるのだが、何を考えているのか分からない男がまだ扉の前で立ち尽くしている。声をかけるべきか迷ったが、渇いた喉では上手く声を出せそうにない……言い訳も苦しいな。状況に頭が追いついておらず、とにかくどうしたらいいのか分からなかった。
男は軽く息を吐き、こちらに足を向ける。オレが何も言わずにいると、男はオレの前で胡座を掻くように腰を下ろした。身長差があるせいで、同じ座り込んだ状態ではあるが、相手の顔を見ようと思ったら少し上向きになってしまう。どんな顔をしていいのか、また何を言ったらいいのか分からず、ただその視線を受けるだけで精一杯だった。
男も何を言うでもなく、ただこちらを見ている。その表情が少し歪んで見え、機嫌を損ねてしまったのではと焦りが芽生えだした時、
「すまん」
何故か男はそう謝罪を口にした。謝られる理由が思いつかず、混乱した頭で続く言葉を待とうとするが、ふいに男の瞼が何度も閉じたり開いたりをくり返し出し、挙げ句にゆっくりと舟を漕ぎだした。
「ちょっとだけ……寝かして、くれ」
それだけ告げて、男はふらりと後ろへ倒れ込んだ。床に広げてあったらしい、なんだ? 寝袋か? その上へ半分ばかり体を乗せて、上半身は仰向け、けれど足は胡座を掻いたままの妙な格好で寝息を立て始めた。
「……どうしろって言うんだよ、コレ」
途方に暮れて、詮無い独り言を口にする。冷静に考えれば、オレがどうこうする事なんて無いのかもしれないが、一難去ったと言うのに、颯爽とこの部屋を出て寮に戻ると言う選択肢が選べなかった。
目の前の男に助けてもらったお礼も言っていない、なんて殊勝な気持ちがあるのではなく、理由は単に一人で外に出るのが怖かったからだ。あんな連中が自分を探して徘徊している中を走り抜ける気力が、どうにも用意出来なかったにすぎない。情けなさを拭いたくて、悪態の一つも吐こうとしたが、溜め息しか出なかった。
そんな自分に嫌気が差して、目の前で眠る男へと意識を向ける。穏やかな寝顔を見ていると、自分勝手さに自分でも驚くが、ちょっとだけイラッとしてしまった。人を放っておいて暢気そうに寝やがってと、つい舌打ちしてしまったが、その胸元に足跡のような汚れを見つけてしまい、一瞬で後悔した。
「……悪いのオレじゃねーか。あんたは何も悪くないじゃん」
暗闇の中で思いっきり踏みつけてしまったのは、物じゃなくてこの人だったらしい。どんな事情があるのかは知らないが、ここで寝ていたんだろう。そこに突然入って来た奴に踏み起こされて……なんで怒らないんだよ。なんで、こっちの心配出来るんだよ。どんな神経してんだろうな、本当に。
自分の中で不安や自己嫌悪や苛立ちが、ゴチャゴチャに混ざり合って、泣きたい気分になった。泣きたいなんて可笑しかった。
今までだって苛つく事ばっかりだったのに、こんな気持ちにはならなかった。今の自分はどこか糸の切れた凧みたいな、自由はあるけど二度と空には昇らないみたいな、後は地面に落ちていくのみ、そんなイメージがしっくりきてしまう。
頭の中を整理しようとすると、どうしてもあいつらの顔が浮かんでくる。あの顔を見なくて済む場所に来たって言うのに、バスから見えた顔がはっきりと頭の中で再生されて、何かを耐えるように奥歯を強く噛んだ。
このまま自分の中を覗き込んでいると、どこまでも落ちて行きそうだったので、無理矢理に意識を外へと向ける。室内をぐるりと見回してみた。何かの準備室だろうか、隣の大きな部屋とは違いこぢんまりした室内は、本来あっただろう物が壁際に寄せられ、空いたスペースに布団を敷くような感覚で寝袋が置かれているらしい。
オレは立ち上がって他とは明らかに毛色の違う、この男の私物らしい物が置かれた一角に向かい、そこにあった畳まれた毛布を手に取った。寝袋の中なら問題ないと思うが、男の格好は実に寒々しい。
長袖とは言えTシャツでは、まだ厳しいだろう。毛布を広げて、その大きな体に被せた。自分の足跡を隠したかった訳ではないが、自分のやらかした事が視界から消えて少しホッとしてしまった。
元の居た場所に戻り、何となく足を抱えて座った。何をしているんだろうと疑問に思いつつも、何をするべきなのか答えはなく、ポケットにあったスマホで時刻を確認する。見るとようやく、今日が終わろうとしていた。
長い一日だったなと思い返せば、またあいつらの顔が頭に浮かんで、手にしていたスマホを床に叩きつけたくなった。でも、今は力一杯それを握るだけで済んだ。目の前で眠っている男をまた予期せぬ形で起こしてしまう事をしたくなかった。そうやって冷静になれば、床や空気の冷たさが少し辛かった。もう少し着込んでくればよかったな。
明日はどんな日になるんだろう。こんな状況だからか、そんな事をふと思った。まあ、どう転んでもロクでもない事にはならないだろうが……。
感傷的になっていたせいか、嫌な夢を見た。走馬灯のように今までの事が逆行しながら次々に現れて、夢の中なのに吐き気で死にそうになった。けれど、どうしてか最後の方はそれらが曖昧になり、全てが帳消しになったみたいに気持ちが楽になった。妙に温かくて心地が良い。このまま深く眠ってしまいたかったが、オレの意思とは関係なく、意識は徐々に覚醒していく。
コンロで湯を沸かすような音が聞こえて、次第にぼやけていた視界が鮮明になり、ここが見慣れない場所である事に気が付いた。部屋の隅、床の上で、何かやっている背中が見える。目の前には敷かれたままの寝袋……ここまで認識して、オレの頭は状況をようやく理解した。
いきなり眠りこけた男を待とうとして、自分も眠ってしまったらしい。時刻を確認しようとして、眠る前はなかった物に気付く。寒さを感じないと思ったら、男にかけたはずの毛布にくるまっていた。少し動くと肩にかけてあった毛布が床に落ちる。途端、ひんやりした空気が体に染みた。
「ん、起きたのか?」
動く気配を感じてか、男がこちらを向いた。相変わらず人の良さそうな顔と、穏やかな声だったが、眠る前と状況はさほど変わっていない。これからどうするべきか、判断を窺って緊張していても不思議ではないのだが、どうにも寝起きの頭は正常に動いていなかった。
「おはよう」
自分の口から転がり出た言葉は、間違っている訳ではないが、自分で言うのもなんだが場違いにも程があった。
「あぁ、おはよう。ありがとな、毛布かけてくれて。お前、寒かっただろ」
それを全く気にするふうもなく、普通に返してくる男も男だと思ったが、あまりの寒さに寝ぼけて毛布をかっさらっていたらどうしようという不安は拭えた。
「コーヒーでも淹れようかと思うんだが、飲めるか?」
何の色も模様もない、真っ白なマグカップを手に聞いてくる男に「苦くないのなら」と答えると馬鹿にされたでもないが笑われる。もちろん面白くはなかったが、何故だか不快でもなく、妙にそわそわするような気持ちになった。
私物区画の床に置かれていたのは、持ち運びできるガスボンベで使用するカセットコンロで、その上に少し大きめの鍋がかけられている。背中を向けて準備している男を眺めた後、手元に視線を落とすと時刻はもう四時近くになっていた。室内にある窓には厚めのカーテンが掛けられたいたので分からないが、時刻だけ見れば夜明けは近そうだった。
「熱いから気をつけろよ」
目の前に差し出されたマグカップを受け取ると、指先が溶けるような温かさを感じた。中身の熱さを物語る湯気を吹き散らして、慎重に口を付けたが、舌を焼くような熱さで思わず声を上げてしまう。
すると男は、机の影に隠れて分からなかった、オレの死角になっている場所にある冷蔵庫から、小さな牛乳パックを持って来た。日付を確認して大丈夫だったらしい牛乳を手渡される。開封されていない紙パックを開けるのに苦戦していたら、見かねたらしく男はオレの側で腰を下ろし、自分のカップを床に置いて手を差し出した。
「一年生だよな。名前は?」
牛乳パックを手渡すと、オレが無茶して変形させた注ぎ口を器用に開いてくれた。酌をするように向けられたので、ついマグカップを差し出してしまう。
「……夷川です」
程よい高さから注がれた牛乳によって、良い具合に撹拌されたコーヒーは、カフェオレになった。
「夷川、何?」
思わず名乗るのを躊躇ってしまったが、そのまま流してはくれないらしい。観念してフルネームを名乗ると、男は「清春かぁ」と当然のようにオレを名前で呼んだ。
別に目の前の男は何も悪くないのに、やっぱり腹の底が冷たくなった。自分の名前に染みついた心地の悪さは、原因と離れても健在だった。名前で呼ぶなと、上級生相手にキレる訳にはいかない。ましてや夕べから世話になっている手前、この男の機嫌を損ねる事は極力したくなかったので、その気持ちの悪さをカフェオレで流し込んだ。
コーヒーはあまり好きではなかったが、男の用意してくれた物は、コーヒー牛乳に近い甘さだったので問題無く喉を鳴らして飲み干した。後から足した牛乳のおかげで温くなっていたとは言え、どうして一気飲みをしたのかと言うと、一度舌にその甘さが広がると、腹が空っぽだった事を思い出し、目の前のカロリーに飛びついてしまったのだ。
腹に一杯のカフェオレをおさめると、今まで大人しかった腹の虫が盛大に鳴き出した。昨日は薄ら寒い外食で味のしない昼飯を食ったきり、夕食配膳時に食堂のおばちゃんから口にねじ込まれたおにぎりしか口にしていなかった事を思い出したのだ。朝飯はまともにあたるといいんだが……。
「俺も腹減ったなー。朝飯まで時間あるし、何か食うか」
オレが空腹を自覚していると、男はそんな事を言って再び私物区画へと足を向けた。その中にあった段ボール箱の中からいくつか物を取り出して、
「清春は何がいい?」
手の中のインスタント食品を放り投げて寄越した。
完璧なコントロールで、オレの腕の中に三つのインスタントラーメンが転がり込んだ。塩と味噌と焼きそば、どれも食べた事のない銘柄で少し迷ったが、塩味を選び残りを男に手渡した。……普通に食う気満々なんだが、この人の私物だよな。遠慮するべきだろうか? そんな事を考えつつ、手に持っているラーメンを見つめていると、
「お湯なら、さっきの残りでいけるぞ?」
自分の焼きそばに早速お湯を注ぐ男に声をかけられる。手鍋を持ったままオレの方を向くと、急に思い当たったと言う顔をして、また大きな手をこちらに差し出した。
「清春はインスタント食った事ないか? お湯淹れるだけで出来る便利な飯なんだけど」
妙な誤解を生んでいた。ついでに何か話しかけられる度に、オレの中の何処かが膿んでいく。
「いや、普通に主食でしたけど……じゃなくて、そのこれ先輩……のだし、オレ今は金持ってないんで」
手にした塩ラーメンに未練タラタラで、歯切れ悪く答えると、内心を見透かされたらしく盛大に笑われた。まあ、腹を鳴らしながら言っても説得力ないよな。
「別に金なんていいよ。いっぱいあるしな。それより腹減ったから、早く食おうぜ」
暢気に夜食(夜明け前だからちょっと違うか)なんぞ食っていて大丈夫なんだろうかと、思わなかった訳ではないが、空腹には抵抗出来ず、潔く男の申し出に甘える事にした。
即席麺とは言え、お湯を注いで即食べられる訳ではなく、当然三分をこのまま待たなければならない。
インスタントラーメンを挟んでいるとは言え、男との近すぎる距離を持て余した。言わなければいけない事は色々とあるのだが、どこから口にするべきか迷っているという口実を自分の中に見つけて、ジッと三分が過ぎるのをただ塩ラーメンに意識を向けて待った。
「んで、清春はどうして夜中に校舎なんかに居たんだ?」
三分は意外と長かった。三分あれば事情聴取くらい出来るのだ。男は黙っているオレにそう問いかけた。
同室の奴とスマホの繋がる場所を探して彷徨いていた。事情はそれだけなのだが、由々式の事を話すべきか否か一瞬迷い、すぐに答えられずにいると、男はこちらを覗き込むようにして、もう一度オレの名前を呼んだ。
その声が、その音の響きが、まとまりかけた思考を乱す。やっぱり、この気持ち悪さは飲み込めない。覚悟を決めて、自分の声に怒気が混じらないよう注意しながら口を開く。
「オレを名前で呼ぶの……止めてもらっていいですか」
男は疑問符をその表情に貼り付けて、軽く首を傾げてみせた。
「どうしてだ?」
質問に答えず、相手を突き放すような事を言うオレに対して、変わらないテンションでその疑問を返してきた。
どうして名前で呼ばれたくないのか……初対面でいきなり名前を呼び捨てるのは馴れ馴れしいとは思う。見るからに相手が先輩で、明らかにこっちが後輩だと、そう珍しい事でもないだろうが、拒否感を持つ奴も居そうだ。
相手による所も大きいだろうが、少なくとも目の前の男に馴れ馴れしくされてもオレは不快に思わなかった。だから、理由はもっと自分勝手で個人的な事が原因だ。詳しく話したくなくて、そういった背景を一切省いて答えると、必要以上に無愛想な答えになってしまった。
「自分の名前が好きじゃないんで。清春って呼ばれるの嫌なんです」
男はオレの態度に多少の不快感を抱いたのかもしれない。暢気そうな顔に難しげな表情を浮かべて「そうか」と短く呟いた。そして、唐突に立ち上がると、そのまま窓際まで歩き、カーテンを開け、ついでに窓も開けた。まだ暗い空から、居座る夜の冷たい風が流れ込んでくる。
年功序列の上下関係が絶対ならしい圏ガクで、先輩相手に『止めろ』と言うのはリスクが大きかったか……黙ったままの背中を視線で追い、謝るべきか迷っていると、どうやら焼きそばの湯を窓から捨てているらしい男が先に口を開いた。
「じゃあ、セイシュンならいいか?」
振り返った男の顔が、元の人の良さそうな表情に戻っていたのはありがたかったが、相手が何を言いたいのか理解出来なかった。何がいいんだ?
「清春を音読みにしてみた」
良いアイデアだろうと、言いたげな得意げな顔をしている。普通に名字を呼び捨てればいいだろとツッコミを入れたかったが、窓を閉めて戻って来た男に、割り箸を差し出されてタイミングを逃してしまう。その後、改めてちょっとした抗議をしようと見計らっていたオレに、男は腕時計を確認して「三分経ったぞ」と教えてくれた。
「いただきます」
ラーメンはのびる前に食わねば、食えたもんじゃない。抗議は後回しにして、空っぽの腹も待ち構えている事だしと、早々に割り箸を割る。タイムラグなしに手を合わせてラーメンを勢い良く啜り出したオレを見て、男も同じように焼きそばに手を付けようとしたが「もしかして、晩飯食えなかったのか」と聞くと箸を置いてしまった。
麺をかっ込みスープを半分ほど飲み、手を再び合わせてから、夕べは初めての配膳当番だった事を説明する。喋りながらも残ったスープに白飯をぶち込みたいなーなどと考えていると、男は自分の焼きそばをこちらに差し出してきた。
「これも食っていいぞ、セイシュン」
腹の余力は十分で、その断りがたい誘惑にふらふらと手を伸ばしそうになるが、ソースの香ばしい匂いをなんとかやり過ごす。
「焼きそば、嫌いだったか?」
きっと物欲しそうな目をしていたに違いないオレがどうして手を伸ばさないのかと、男は不思議そうな顔して見ている。一杯の塩ラーメンのおかげで、それくらいの分別はつく。いくらお人好しそうな先輩が相手でも、人の皿にまで箸を伸ばすのはやりすぎだ。三日間くらい飲まず食わずだったら、仕方ないと言えなくもないが、たかが一食抜いた程度で、その一線を越えるのは人として間違っているような気がするのだ。
「ラーメン頂いたんで……もう、大丈夫、です」
大層な事を頭の中で考えていても、いざ口に出そうとすると断腸の思いだった。
「それより、その『セイシュン』っていうのは、オレの事ですか?」
焼きそばに対する未練を誤魔化す為に、話題を早急に切り換える必要がある。なんせ、もう一押しされたら、普通に受け取ってしまいそうだったからな。
「そうだけど、変か? ああ、もしかして、キヨハルって清流のセイに春夏秋冬のシュンじゃなくて、もっと違った字を書くのか?」
「いや、それで合ってますけど……夷川の方だと駄目なんですか」
遠回しに男のセンスを否定しているみたいだが、そんな呼ばれ方するのは初めてなので判断が難しい。単純に名前で呼ばなくてもいいだろうと言いたかったのだが、男はオレの提案を神妙な顔をして検討しているようだった。
「セイシュンじゃあ、駄目か?」
暫く考えていたようだが、出た答えはコレだった。ついでに「嫌なら言ってくれ」と寂しそうに付け足されてしまう。そんな顔されたら、どんなに嫌でも言える訳ないだろうと、思わなくもなかったが実際そんなに嫌な感じはしなかった。
「別に嫌じゃないです」
相手のペースだなと思いつつも返事をすると、男はこっちが恥ずかしくなるくらい嬉しそうな顔をして笑って見せた。
「なあセイシュン、焼きそば半分食わないか?」
顔が妙に熱い。そんなに分かりやすいんだろうかオレは。男の誘いに素直に頷く事出来ず、残ったラーメンのスープを一気に飲み干して、空の器を差し出したら、やっぱり笑われてしまった。
自分がふて腐れた顔をしているのが分かる。けれど、それ以上に分かってしまうのは、そんなポーズとは裏腹に、この男の雰囲気と言うか空気みたいな物が、とても心地良いと思ってしまっている事だった。
焼きそばまで堪能すると、いつの間にかお茶まで用意されていた。ここまで来ると、遠慮するという考えはなくなっているので、一言断りを入れて、これまたシンプルな湯飲みに口をつけた。湯飲みに入ってはいたが、中身は温めの麦茶で、コーヒーの時みたいに舌を焼く事はなかった。
腹も落ち着いた所で、ここで夜食をご馳走になるまでの経緯を由々式の存在だけを省いて全て話した。大体は想像していたのだろう、男はただ簡単な相槌だけを挟み、最後まで静かに聞いてくれた。
「生徒手帳を貰わなかったか?」
オレが喋り終わると、男は困ったような顔をしてそう切り出す。今は持って来ていないと伝えると、私物スペースからヨレヨレになった、きっと男の物だと思うのだが、生徒手帳を取り出して来て手渡された。
「そこに校則と言うか、ここでの生活における禁止事項が書いてあるんだけど……まだ目を通してなかったみたいだな」
手帳をペラペラとめくり、暗に見ろと言われているページは無視して、生徒証明書になったいるページを探した。オレらが貰った生徒手帳とはデザインが違っていたが、探していたページは大抵一番最初か最後と決まっているので、簡単に見つかる。
「一年の間は、消灯後は室外へ出る事は禁止されてるんだ。まあ、トイレとかは別だけどな」
男の言葉があまり頭に入って来なかったのは、目にした手帳のページが不自然だったからだ。オレが貰った物や一緒に見ていた由々式の物には、名前や生年月日の他に証明写真や生徒番号らしき数字が印字されていたのだが、手の中の手帳にはそれら一切がなかった。消された訳でもなく、そのページは真っ新だった。
「セイシュンはちょっとした冒険のつもりでやったのかもしれないが、ウチの学校はそうゆう冗談を冗談として片付けてくれないんだよ」
「まあ初犯だしな。本当なら、そんな酷い制裁はしないだろうけど、今年は初っぱなから変な奴が居たせいで、上級生はピリピリしててな」
「見つからなければ大丈夫って事はなくて、そのだな、やり過ごせば解決とはいかないと思うんだ……ってセイシュン、聞いてるか?」
なんか物騒な現状を説明されていたのだが、右から左へとキレイに抜けて行ってしまう。目の前で大きな手をヒラヒラと振られて、ようやく意識を手帳から会話へと切り換えられたのだが、曖昧に返事するしかなかった。他人事のような返事をするオレに、仕方ないと言う表情が向けられる。
「荒療治になるけど、セイシュンには良い薬になるか。真山ならそんな無茶もしないだろうし」
どうにも得体の知れない男は、不安を煽るような単語を並べると「んじゃ、そろそろ行くか」と立ち上がった。
「え、何処へ……行くん、ですか?」
良くない方向へ向かっているのを肌で感じて、男を見上げる。すると男は穏やかに、その心地良い雰囲気をまるで変質させる事なく、
「ウチの学校の……圏ガクの番長の所だ」
冗談であって欲しい台詞を吐いた。
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