第42話

叢雲と呼ばれる男が、傍らに置いてあった小さな桐箱を八咫に手渡した。箱の中には、錦の布に包まれた小さな鏡が入っていた。銀製の鏡は、鏡面が良く磨かれ、八咫の顔を映していた。裏面には、真ん中に龍がその周囲には、見たこともないような生き物が彫られていた。見事な細工が、美しいものであった。

「これは、なんでございましょう」

「うむ、八咫の鏡や」

「えっ」

「これが、八咫の鏡や。これからこれが宮城の奥深くしまい込まれる。そちの持っているそれは、ただの古びた鏡になる」

「それは・・・」

「これでこの先、そちらを狙う者は、居らんようになる」

「・・・」

「それとな、もう一つ教えておいてやろ。この鏡には、一つ言い伝えがあってな・・・昔、仲のええ親子がおって、幼い娘が突然のうなるんや。母親は、悲しんで、悲しんで、ああ、あの子にあれもしてやりたかった、これもしてやりたかったと嘆くんや。神さんが、それを見て、命はやれんが、これからはせめてお別れの時がいつか、教えてやろうてな・・・それまでは、慈しむがよいと・・・その道具が八咫鏡や。なぁ、ええ話やろ。決してそれは、厄災のもんやないで、人に施された天恵の一つや」

八咫は、応える事が出来なかった。これ程、自分達に都合の良い話があってよいのか、信じることが出来るのか。その時、はっと気が付き、伏せた顔のままアカメの方を覗き見た。アカメは、その事が分かっていたように、八咫と目を合わすとゆっくりと頷いた。ああ、この為にここに居てくれたのか、アカメが真と言うのならここに嘘があるはずがない。

「では、叢雲いこか」

少年は、黒衣の男に合図をすると、新しい八咫の鏡を恭しく捧げ持つと席を立った。座敷を出ようとした少年が一度立ち止まると一言

「長い間よう、大事に護ってくれた。ご苦労やったな」

八咫は、顔を伏せたまま、真下にぽつぽつと出来る涙の跡を眺めていた。俺は、泣いているのか。後ろの四人もアカメも声をころして泣いている。我らが、我ら自身気付かんかった運命をそこに見せられた。我らは、八咫の鏡を護っていた。愛していた。各々色んな力を持って人様の恨みを買うような事を生業にしてきたが・・・代々の八咫は、多くの八咫者は、誰一人として、この鏡を邪なことに使う事はなかった。その事を初めて知らされた。礼を言われて、賜った鏡が、今ここにある。泣いてばかりでは、居られんな。八咫は、いきなり顔を上げると、振り向きざまに

「お客様が、お帰りや。幻想奇団としてお送りするで、一座に居たいんやったら、付いて来い」

五人は、裸足のまま座敷の縁から飛び出して行った。社殿の表にまわると、参道を歩く二人の後ろ姿が見えた。五人は、そこに膝を付いて姿勢を正すと、八咫が大きな声で呼ばわった。

「座頭のアオメでございます。御贔屓様におかれましては、本日、お招きありがとうございました。過分なお心遣い身に余る物でございます。今後は、いつ何時でも、如何なる所でありましても、お呼びがあれば、馳せ参じまする。その折には南蛮奇術一座「幻想奇団」力を合わせて演じさせて頂きますので、以後よろしゅう御願い奉ります」

アオメの声が、遠くまで響く・・・もはや憚ることはなにもない。懐の鏡が少し軽くなったように感じた。




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御鏡奇譚 八咫物語 森 モリト @mori_coyukiko

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