第41話
社殿の奥の広間に通ると、一段高い所に脇息が置かれ席が用意されている。少年は誰に断る事もなくその席についた。黒衣の男がただ一人、忠実な犬のようにその横に付く。
八咫達は、入口の開け放たれた縁の廊下に座った。
「遠慮はいらん、こちゃ来い。そんな遠い所やと、話も出来ん」
「ははっ」
八咫は短く答えると、膝で進んで座敷の中に入った。
「他の者も中にお入り」
四人は、身体を固くして八咫の顔を見た。この頃になると、この少年が自分達とは、棲む世界も身分も違う人間であることに薄々気が付いていた。八咫が軽く頷くのを見て、同じように座敷の中に入ると八咫の後ろに控えた。五人が座敷の中に入った後で、嘉平は、最後に縁の障子を閉めてそのままその前に、ここを守る番人のように座した。そして、それを待ちわびたように少年が口を開いた。
「そちが、八咫か」
「はい、仰せの通り、手前が今世の八咫でございます」
「余が、誰か分かっておるのか」
「いえ、確りとは・・・ただ先ほど、そちらのお供の方のお腰の物が、三種の一つ御剣やと拝見いたしました。八咫の命を、定められた寿命でさえ根こそぎ断つ事が出来る業物、それを持つ者を御側に置けるお方は、今世には、ただお一人かと思いまして・・・今上の帝であらせられますな」
「ほぉ、剣のことも知っておったか。ずいぶんと、博学やな」
「いえ、ただ幼いころに、よい師についたおかげで御座います。我らが手にしている物がどの様な物かとも、教えられました・・・遅ればせながらお返し致しますので、何卒ここに控えますこの四人だけは、ご放免下さりませんか、我一人どんな罰でもお受け致します。その御剣で、お切り下されば・・・この命もお召し頂けると思いますので、何卒宜しくお願い致します」
その言葉を聞いて後ろに控える四人が、声にならない声をあげ、今にも席を立って八咫に縋りつきそうになっている。それでも、八咫の気迫がそれを許さない。
八咫が、密かに決めていた事、八咫である自分の力の全てを駆使して、宮城に乗り込み八咫鏡を帝にお返しする事。このことが、残り少なくなった八咫者を縛る最後の枷から自由にしてやる手段だと思っていた。それが、向こうからやって来た。逃す訳には、いかない。澱んだ流れを断ち切って、元の源にお返しする。自分一人でやりきらねば、例え、何もかも、自分さえも失う事になったとしても・・・
帝と呼ばれた少年が、揶揄うように口を開いた。
「死ぬると言うのか、また物騒な事を言う」
「死ねるか、どうかは解りませぬが。死なぬ時には、どこぞの牢にでもお入れ下さい」
「そんな事してどうなる。そなたの命など欲しいもない」
「では、御鏡をお返しすることで、お許し願えるのでございますか」
「・・・八咫の者は、鏡を手にして数百年の間に、御鏡の力に魅入られたやろ。それと同じに我らは、鏡を失した数百年、これを使う力を無くしてしもうた。余にとっては、これはただの古い鏡や。」
「・・・鏡はお返しすると」
「言うたやないか、その力がないと・・・誰に向かってその話をする。それは、もともと我らが物や。その物の扱いはよう知ってる」
「では、何を・・・」
「お上、これ以上お応えになる必要はないかと」
黒衣の男が、割って入ったが
「叢雲、かまへん。ここまで来たらしょうがないやろ・・・お里が知れるかもしれんがな」
もう一度、八咫に向かって、先程よりもぞんざいに応えた。
「鏡を持っているもんに訊くことなど、一つしかないやろ」
「さような事を知って、どうされます」
「無礼であろう、下賤の者がと・・・言ってしまえば簡単な事やが、まぁ、こちらも色々あってな・・・政を取り返すことが出来たんやが、やはり長い間、馴染んだ古い権威は、恐ろしいもんでな。打ち負かしても、まだ足りん、まだまだ足りん。そんな折にある者が、新しい権威づけが必要やと言い出したんや。分かりやすい物が、三種の神器はどうやとなった。そんな過去の遺物に何の値打ちがと話をしたんやが、どうしてもと言うてな・・・連中もようやりよる、とうとう八咫者を見つけよった。・・・最初は、興味がなかったんや。こんなに近くに御剣があると言うのに・・・そんな話、御伽噺に違いないと思っておった。それでも八咫鏡があると聞いて・・・余はな、たまらんようになったんや。ある方からこの国を民を預かったんや。預かったからには命をかけて守らなあかん。余は、それをやりきる事が出来るのか・・・どれだけ時がかかっても、やりきるまでこの命は、持つのやろか
余は、八咫に会うなら聞いてやろうと思うた・・・自分にどれだけの時間があるのかと・・・あぁ奴等は、気にせんでええ。知らんのや、この鏡がどんなもんか。こちらも教える気はないがな・・・で、教えてくれんか」
「・・・八咫の鏡は、占いの道具では、ございません。真でございます。それは変える事の出来ない事でございます」
「しつこい、先程から言うておるやろ、そのことは先より承知や。・・・やり遂げる為には、時間が掛かる。余に残された時を知るのに何の不都合がある。それを知って、余は、生きて行かねばならん。それはな、死ぬることを見せつける道具やない。期限を知って、己に出来る事を極める為に必要なものなんや・・・」
八咫は、一瞬、顔を上げて無礼と知りつつ帝の顔を凝視した。固い決意を秘めたその顔を見て、気持ちを決めると居ずまいを正して返答した。
「・・・おおよそ50年に欠ける位の時がございます。さきが長うございますので、確かな日時までは、わかりかねますが・・・」
少年は、にっこり笑って頷くと
「大儀であった。余は、取りあえず死には、せんのやな」
「はい、ただ今、直ぐには・・・亡くなられる事はございませんが、病や怪我を負うことはございます。その辺りの事は十分にご注意下さりますよう」
八咫は、そう答えるともう一度深く頭を下げた。
「ようわかった。礼と言っては何やが、良い物を見せてやろ。叢雲、あれを見せてやってくれ」
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