第39話
六幕
渡海屋での一件が終わって、その日は嘉平の持つ別宅で休むことになった。嘉平が酒の用意をしてくれていたが、いつもの賑やかな宴ではなかった。四人は何も話さず、ただじっと八咫が話し出すのをのを待っていた。
「こんなに静かにされると話しにくいもんやな。聞きたい事があるんやったら、聞いてくれ。その方が、話しやすいわ」
四人は互いに顔を見合わせると、芳一がついと一人前に出て
「お頭、あの件は終わりましたか」
「そうやな、気になるわな・・・十年前のあの事も、得体の知れんもんに追われ続けたこの十年も全部、終わった。まぁ、綺麗な体やないからな小さいいざこざに巻き込まれることもあるかも知れんが、もう大丈夫やとおもうわ」
「渡海屋が黒幕やったってことですか」
「そうなるな。あそこで会うたんは、そいつの娘とその婿で、本人はやせ細って枕から頭もよう上げんような男やった。そいつのみた悪い夢が、ずっと俺らを八咫の鏡を追いかけとったんや」
「・・・そうでしたか」
「・・で、聞きたい事はもう終わりなんか。芳一、他になんかないんか」
「ないですよ。俺は・・・お頭が、納得しはった話なんやったらそれでええです」
「そうか、後の者はどうや」
「俺も、芳一さんと同じです。お頭が、終わった言いはるんやったらそれでええです」
「乙とキクは?」
「・・・お頭、一つ聞いてええですか。仇は、取れたんですか。皆をあんな目に合わせた奴は、ちゃんと罰を受けたんですか・・・」
「すまんが、俺が、仇をとったわけやないんや」
「それって・・・」
「うん、それでもな。多分やが、そいつは、生きてる最後に地獄を見たと思う。八咫さんが最後にそいつに地獄をみせて仇をとってくれはったと、俺は思てる・・・キク、これでは納得出来んかな」
「・・・ええんです。本当は、何も文句なんてないんです。それでもこれで、終いやて何か、悲しいて・・・悲しいて」
「キク・・・」
「乙は、どうや」
「私は、なんも、皆と一緒やったらそれでええです」
芳一が、改めて八咫の方に向き直る。
「お頭が、全部終わった言いはるんやったら、この話はこれで、終いですわ。キクや乙の言うように、旅芸人の一座としていろんな所に行きましょうや」
「そうや、もうどこでも行けますやん。芸見せて皆で旅にでれますよ」
「そうですやん。お頭、五人で、いろんな所にいきましょ」
「・・・そう、やな」
それからは、皆が一斉に話だした。やれ仕事をするなら何処がいいとか。あそこは、食い物が旨いからあちらの地方に行きたい。ええ温泉があると聞いたことが、あるのでこちらに行きたいとか、いつも通りの賑やかな宴となった。やがて八咫と芳一を残して他の者が、その辺で横になりだした頃、八咫は一人で話だした。芳一に、横になってる三人に向けて・・・
「なぁ、終わりにせんか。もう、八咫者でもないやろ。世話役なんか辞めてええで・・・一生、八咫の側におらんと死んでしまうて、嘘やからな・・・」
横になっている者達の身体がぴくりと動いた。芳一は、一瞬息を詰めてから顔を伏せたまま八咫に応えた。
「・・・俺らは、邪魔ですか」
「・・・そうやな」
その言葉に芳一が、他の者達が、八咫に詰め寄ろうとした。が同時に、皆が一気に気色ばんだ。周囲に言い知れぬ気配を感じたのだ。皆、直ぐに臨戦態勢に入ったが気持ちの箍が外れていたのか、構えて外に出ると、屋敷の周りをみっしりと取り囲む新政府の官軍がいた。新型銃の何十もの銃口が、五人を捉えて放さない。その緊張の中で八咫は、楽しそうに笑った。
「ははは・・・気が付かんもんやな」
八咫が笑っていると、世話役四人がその周りを取り囲むように身構えた。
「四人とも、もうええ。さっき言うた通りや、八咫者は終いや。お前らは、もう世話役やない。俺を守る必要はないで、ここは、俺が何とかするよって、四人とも大人しいして。話が着いたら何処にでも行けばええ。ああ、とくに二口、神付の方も黙らしておいてくれよ」
そう言うと今度は逆に四人を背に隠すように立つと、大きな声で口をきった。
「この様子やと、我らを八咫者と知っての酔狂。なかなか面白いことで、がこのまま大人しいに捕まるかどうかはそちら次第。ここに居られる一番のお偉いさんと話がしたいんやけどな」
八咫が話をしている間に、大人しくと言われていた芳一が、銃を構える男の腰からすかさず洋剣を奪い取ると二、三度振って周囲を見渡した。そのまま洋装の制服姿には、一瞥もくれずに少し離れた所からおっとりと眺めている白い狩衣の少年めがけて突き進んだ。制服の連中は、一瞬の事に銃を構えようとするも、近い距離で瞬時に動かれ標的を追う事が出来ない。芳一を止めたのは、その少年の横に控えていた真っ黒な束帯姿の男だった。男は、前に進みでると優雅に刀を引き抜いた、神事に使われるよう刃止めの刀を・・・。それを見て八咫が顔色を変えて、叫んだ。
「芳一、やめい」
「もう、俺は世話役やない。指図は聞きませんよって」
芳一は、大声で言い返し、止めようとはしない。この声に従いたい、従わなあかんのやと思いながらも・・・今ここでこの少年を人質にとって、逃げねばならん。仲間を守らなあかんのや。
芳一は、一番偉そうな制服姿の男が、少年に伺いを立てているのを聴いた。
「上手い具合に鏡だけ取り上げて、一生何処かに閉じ込めておけばよろしいかと」
「ふっ・・・」
話す声を聴いて、この場の首領を認知した。そして、こいつ等の考えていることも・・・八咫がやる気がないのなら、自分がどうにかせねばならない。今は、八咫にこのことを告げる暇はない。芳一は、一人で動いた。もう少しで、少年に手が届くと思ったところで、黒衣の男に行く手を遮られたのだ。男の手にあるのは刃止めの刀・・・恐れることは何もないのに、先が読めるはずもないのに、一瞬その場に死んで躯になる自分が見えた。そんなはずはない。お頭が自分の寿命が尽きるのは、ずっと先やと言うている。気力を奮って、打ち込もうとしたその時、天水桶が自分めがけて飛んでくるのが眼にはいった。
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