第38話

芳一は、今回、仕事の前から妙な確信があった。里の惨劇から十年、仇を探すどころか自分達を執拗に追い続ける者達から逃げ続ける日々だった。それが、もしかすると終わるかも知れん。期待はせんが、妙な確信があった。四人して乙の命ずるままに火薬を仕掛けていく間も、その思いは強くなっていった。準備を終えて、八咫を待っていると・・・この世の物とも思えん断末魔の悲鳴と言うものを聞いた。耳に入れたくないねっとりと縋りつくような声を聞いた瞬間に、やはり仇は、ここに居ったのかと思うた。この十年どうして、里が襲われて皆があんな死に方をせなあかんかったのか、ずっと知りたいと思うてた。出来る事ならその相手に、一太刀浴びせてやりたいと思ったこともあった。だが、この叫び声を聞いて、片が付いたと思うた時・・・安堵の気持ちが強かった。もう、何がどうしてとか、誰がやったとか、お頭が納得する話やったらそれでええと思うた。乙の手伝いの手を止めて、芳一が話だした。

「三人とも聞いてくれ、もう始末が付いたようや。これは、俺からのお願いやねんけどな。何があったか、お頭に訊くのはやめへんか」

三人とも驚いて、芳一の顔を見た。

「芳一さんは、お頭らの話を聞いて、そんな事を言うてはるんですか?そりゃあ、芳一さんの耳やったら、こんなちゃちな隠し部屋の話なんか筒抜けやろけど・・」

「何言うてんねん」

大きな声をあげたのは、乙であった。

「芳一さんは、お頭の話を盗み聞きした事なんかない。何でもかんでも耳に入れてるわけないやろうが。芳一さんは、そんなずるはせん」

「乙、怒らんでええ。確かに聞こう思たらきけるけどな。世の中、聞いたらあかん話はようけある。聞き耳の者は、小さい頃から聞かん練習をするんや。俺は、お頭の話は聞かん、聞きとうない話やったら、どうしようもなくなるからな・・・」

「そしたらなんで急にそんな事言いはるんですか」

「・・・俺は、何で芳一さんが、そう思たか分らんが、お頭に任せるのには、賛成ですよ」

「二口、何を言うてるん」

「キク、お前もそうやん。余計な事はせん。それが悟りの者やて、何時も言うてるやないか。何で、素直に芳一さんの言う事きけんねん。俺は、ずっとお頭に任せようと思ってます。嫌な話でも聞くつもりもあります。聞かんでええならそれでええし・・・俺、この事に拘るのは、芳一さんやと思うてました」

「乙は・・・」

「うん、お頭に任せることには、文句はないけど・・・キクが、聞きたいと思うならそうせなアカンと思う。これは、皆が、納得せなあかん話やと思う」

「俺は、嫌や。何で里の皆が、あんな目にあわなあかんかったか知りたい」

「キク・・・」

二口が、キクに話しかけようとした時

「ここに、おったんか。話は着いたで、失礼しょうか。どうかしたか」

「いや、乙が、火薬を見つけて仕掛けを組んでますんで、ちょっとまって下さい」

乙が最後の仕上げをして、一か所に火をつけると、火は地を這い幾通りにも道を分け其々の火薬に至った。地面が揺れた。爆音と熱波が届くが、何故か全部が夢の中のように儚いものだった。五人してぼんやりと眺めていたが、火消しや大勢の野次馬が出てきた。他に類を及ぼすようには、仕掛けてはいない。そのうち鎮火するだろうが、ここには沢山の躯がある。このままここには、居れまいと外にでた。

「二口、すまんが頼む」

「はい、神付にやらせます」

燃え立つ渡海屋の屋敷を背に大勢の野次馬をかき分けるように五人は飄々と歩いて行く。にやにや顔の二口が、神付に自由気ままに喋らせている。

「凡夫よ、道を開けい。ここ行く者は、鬼神に御座る。構えば即座に命をおとす。知らぬ振りして、通すが上々」

周囲の者達は火事場の喧騒の中で、そこを通る者達に、構うことなく二つに分かれて道をつくった。

嘉平は、渡海屋の別宅で火がでたと聞いて店を飛び出した。様子を見に来て、嘉平は声をなくした。人の波が二つに割れそこを歩く五人の姿は、どこか嬉し気で、百鬼夜行のそれに似て、この世のものとは思えぬ程に美しかった。

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