第35話

芳一は、これから起きる事のあらましが既にわかっていた。別段未来が見える力ではないが、そこここで囁かれる内緒話が、聞こえてきてどう言う段取りになるか解っているだけのこと。そうそうに、酒に薬が入れてある事なども気が付いていた。それにその事に関しては、悟りでもない乙もちゃんと心得ているようで、こちらに目線を送ってきている。今回は、女が相手でなかなか気が進まぬが、仲間の為なら仕方がないこと。そう思っていると、二口が女に手を引かれて座敷を出ていった。そうとなれば、こちらも仕事に掛からん訳にはいかん。一人女がついた時に、キクの方に行きそうな女も手前の方に引き寄せた。

「こいつは、姉さん達のよさが解れへんね」

下卑たように言いながらキクの鼻をとんと指ではじくと、周りの女達も納得したようで、歌舞伎役者のような見栄えのする男がキクの隣に座った。乙は、いつの間にやら厳つい男達に周りを囲まれている。目線を送ることもできんので、膳を軽く叩いてこれから仕事を始めるので気を付けろと合図だけでも送っておいた。ここからは、自分の仕事や気合いをいれて、女二人にこそこそと耳うちをした。

「三人で楽しめそうな座敷はないのかな」

「いやあ、お兄さん。二人いっぺんに相手にしてくれるの」

「そうやな、楽しい晩になりそうや」

三人は、腰を上げえると奥の座敷に座を移した。芳一を案内してから二人は、酒と肴を用意するといって出ていった。一人残された芳一は、薄く笑った。女二人が戻って来ると、酒を飲みながら芳一は、一人の女の腕を掴んで膝に乗せ口を吸った。女は、甘やかな息をもらすと両腕を芳一の首に回した。もう一人の女は背から胸を押し付けると片手を芳一の肩に置いて、耳元で囁いた。

「お兄さん、せっかちだね」

声をかけながら背後の女は、芳一の肩を片手で掴み、反対の手に握っていた短刀で芳一の首筋めがけて切りつけた。芳一は、待ってましたと言わんばかりに、女を膝に乗せたままくるりとまわって女と自分の位置をかえた。短刀の切っ先は、膝の女の首を掠った。

「ぎゃー」

女が膝から転がり落ちると、芳一はゆっくりと立ち上がった。

「そんなに騒ぐほどの傷やないやろ。しかし、なかなか重かったで」

芳一は、軽く女に目をやると笑って声をかけた。女の傷は、深くは無かったが血管を割き周囲を血で染めていく。もう一人の女は、一瞬のことに目を見張ったがすぐに芳一に向きなおった。

「まあ、姉さん。気丈な事やな」

「ふん、せいぜいかっこつけてりゃいい。薬がもう直ぐきいてくるさ」

「ああ、さっきの酒やな。残念ながらあれではきかん」

「気がついてたの・・・」

「ああ、あれだけ大きい声で、話してたら嫌でも気が付くわ」

「大きい声って・・・」

「そう言うことや」

芳一は、そう言って女の側によると、あっと言う間にその手の短刀を取り上げた。いつも通りに握ったままニ、三度振ると、たまらず逃げようとする女の首をすっと一息に切り裂いた。女はそのままそこに倒れて、座敷は二人の女の血で真っ赤に染まっていった。

「二人がかりで、俺が何とかなるとは無理があるな」

芳一は、女二人が酒と肴を用意すると言って出て行きながら、自分を殺る算段をしているのを聞いていた。随分、自分の事を軽く見ていると思うと笑ってしまう、もう少し時間をかけて相手をしてやっても良かったのだが、他の者の事も気になるので、手早く片付けることにした。芳一は、何処に行こうかと暫く考えたが、耳を澄ました後、蔵の方に向かうことにした。そして、いつものように短刀を二、三度振るとゆっくり座敷を出ていった。

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