第34話

乙は渡海屋の蔵に一人で、居た。


無事に仕事を終えて、控えに与えられた部屋に下がると渡海屋の店の者が

「座長、主人がご一緒に食事をと申しております。こちらにお越し願えますか」

「何から何まで、ありがとうございます。それでは、遠慮のうご相伴させて頂きます」

「そりゃ、ようございます。主人も喜びますのでささこちらに、それと一座の皆さんにも別の座敷に一席を設けておりますので、そちらの方にお願いいたします」

皆が、一応に八咫の顔をのぞき見ると

「ぬしらも、遠慮のうお相伴さしてもらい。それではな」

八咫が席を外すと、どこからか見知らぬ男や女が座敷に現れた。導かれるままに席を移すと、そこには既に膳の用意がしてあった。やたらと食事や酒を勧められて、男や女がまとわりついてきた。普通色を売るのは芸人の方であるのに、八咫の一座の者はみな見てくれがよいので、この様な事はよくあることで別段変わった事ではない。が、そのうちに勧められている酒の味が、少しかわった事に気が付いた。皆のように神がかった力はないものの乙も常人よりは味覚も感もいい。顔には、出さずに芳一の方をのぞき見ると、よう解ったなって言うように笑ってくれた。この十年の間に、死なぬ程度の毒には慣れるよう鍛錬した。それが当たり前の生きざまであった。ああ、眠り薬の類のものか。どうしたものかと思っていると、二口が艶っぽい女と二人で座敷を出ていくのが見えた。ああ、仕事にかかるのかと思うと芳一も女二人を両脇に侍らして、何か話をしている。その刹那に芳一の指が、かるく膳を叩いた。芳一は静かな男だ。音に対する感度が人並み、いや神がかっているので、わずかな音も煩わしい。それが、何度か膳を叩いていた。乙は、それが自分への合図であると気が付いた。

コレカラハジメル オトモキオツケテナ 

それとなく芳一の方を見て周りにわからぬように頷いてみせた。それから直ぐに芳一は、両手に女二人を抱いて座敷を出て行った。キクは、役者のように綺麗な男と差し向かいで飲んでいる。自分の側には、何人かの男が綺麗だ何だと耳障りの良い事を囁いてくる。

「何やろ。今日のお酒は、よう回るわ」

「姉さん、大丈夫かい。あっちの座敷でゆっくりするといいぜ」

まるで、神輿を担ぐように座敷のそとに連れ出された。そのまま連れていかれたのは、座敷ではなく庭の一角にある蔵の一つだった。手足を縄で縛られて身動きできないようにされている。今すぐ、これぐらい引きちぎるのは苦も無く出来るが眼をつぶって薬が効いているふりをしていると、男が一人、屈みこんで身体を撫でまわしながら

「姉さん、って男だったのかよ。まぁ、そんなのはどちらでもいいんだけどよ。今すぐにでも相手をしてやりたいんだが、ちょと仕事があるんで、もう少し待っていてくれよ」

言い残すと、さっさと出て行った。周りの気配がきえたのを確認すると、眼を開けてみた。暗闇でも別段困ることはなかった。


一人蔵の中に残されていることが分かったので、ちょっと体に力を入れると縄が紙くずのようにパラパラとちぎれた。闇に慣れて蔵の中をうろうろすると、ご禁制の品物が山のように積まれていた。異国の女神の像が、蔵に差し込む月の光に浮き上がっている。

「綺麗なこれ」

ぼんやりしていると、嗅ぎ憶えのある匂いに正気にかえる。

「火薬や」

匂いの元を追うと多量の火薬と銃が置いてあるのを見つけた。

火薬か・・・乙は、自分の能力が好きではなかった。ただ力が強いだけで八咫者としては、自分は普通の者と代わり映えがしないと思っていた。

八咫の者は、その力から三種にわれる。剛の者と悟りの者、その二つの上位である神付の者の三種。剛の者は、身体が強く並外れた運動能力を持っている者。乙もその一人だ。足が速いだの高く飛べるだの色々な能力がある。乙は、不満に思っているが、乙の持つ剛力はその種の中では優秀な能力の一つと言えた。

乙は、その事をいつも八咫や芳一に愚痴っていた。二人とも話を聞いてくれたし、その力は凄いし役に立つと言ってくれるが自分自身やっぱり納得出来なかった。そんな時に、八咫が

「乙が、そんなに納得出来んのやったら火薬の使い方でも教えたろか」

「えっ、火薬の使い方ですか」

「ああ、俺みたいとはいかんかもしれんが、他の者は誰も出来んし。乙が言う、特別な感じがするやろ」

「・・・はい、お願いします」

そんな事があって火薬の使い方を教えてもらったが、今まで使う事はほとんどなかった。ものを破壊するにしたら自分の力でやった方が早いので使うことはなかったのだ。八咫からは、その後

「ほらな、乙の力は便利で役にたつもんやとわかったやろ」

「そうですねぇ」

と頷いたもののそう言われてもなぜだか納得は出来なかった。出来れば、悟りとは言わないまでも、もっと違った事を教えてほしかった。しかし、習った事はちゃんと身についている。ここに来てこの火薬と銃器をこのままにしておく事はない。

・・・これは、少し楽しめると乙は思った。

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