第33話
五幕
渡海屋での仕事は、無事に終わった。お頭は、別の座敷でもてなしを受けることになり他の方々もと言うながれで、其々に酒を勧められた。そして二口は座敷で酒の相手をしてくれていた女に、小ぎれいな店の二階に連れ込まれていた。
「お兄さん、ほんとにいい男だよね」
「そうか。そう言う、お姉さんもええ女やで」
「ね、今日は」
女が、次の間を覗くように目線を流すと、床がとってあるのが見えた。
「へー、ええのん」
「そんなの言わなくてもね」
「って、その前に厠に行きたいやけどええかな」
「もう、色気ないのね」
「おうよ、腰落ち着けてやりたいやん」
二口が、厠から帰ってくると、女が唇を合わせてきた。二口は僅かに口を開けてその舌を受けると長く口付けた。その時、女の舌が小さな丸薬を押し込んできた。苦味をはらんだ丸薬が口から喉に落ち込んだ瞬間に二口は喉元をかきむしりその場に突っ伏した。そして僅かに痙攣してそのまま動かなくなってしまった。女は、二口が動かなくなったのを見てとると座敷の外に声をかけた。
「なんや、ややこしい奴等とか言うから、気をはったけど大した事なかったわ。片付けはどうするの」
「そのままでいい。行くぞ」
「先に行って、着替えてから直ぐに行く」
「・・・わかった、直ぐ来い」
座敷から男の気配が消えると、とうの二口がゆっくり動きだした。
「動くな」
二口の一言で、女の身体はびくとも動かせなくなった。目の玉だけが、きょどきょどと泳いでいるが声も出せない。
「姉さんひどいなぁ。ちょっと口が痺れよる。そんで即効性の毒物やないやろうに直ぐに効くて、おかしいって思わなあかんやろ」
「・・・そんな事より、目玉が動いとるな」
「ちっ、こまかい事いうなよ」
「はよこれ取ってくれ。口の周りがべたべたして気持ちがわるい」
「ああ、悪かった」
いきなり二口が一人で、声色をかえて喋りだした。女の目が不安に揺れる中、二口は見せつけるように首の布を解いてゆく。現れたのは、浅黒い首に歪んだような大きな傷。傷の周りは、べったりと濡れていて女が二口の喉に落した丸薬がポロリと落ちた。その傷が女に向かって薄ら笑っている。女は口がきけたなら大きな声で叫んでいただろうと思った。
「残念やったな。こいつらは、小さい頃から毒の味を覚えとるんや。そうそう毒はきかへんでぇ。・・・なぁ二口よ、もう好きにしてええか」
「いや、この子には色々聞かなあかん。少し辛抱して」
「なんや。待たなあかんのか」
首の口は、下卑たように歪んでいる。
八咫の者は、大勢の中で闘うのが不得手だ。命を惜しいと考えぬ者達が一時に大勢でかかって来たら、どんな使い手でも怪我をする。現に里を襲われた時、雪崩のように襲い掛かってくる人の群れに抗することなく大勢の里人が命を落とした。手練れであった先代の八咫もスバシリも・・・八咫の世話役は、命の保証は受けている。だが、決して怪我を負う事がないわけではない。動けなくなり、そのまま働けなくなる事が何より怖い。
世話役は、常時も戦いの時も八咫に使える事が、仕事であり生きている証でもある。だからどんな事をしても身を守らなければいけない。たとえそれがどんなに卑怯なやり方であっても、それが八咫やひいては我が身、それよりも大事に思う仲間の命を守ることになる。
渡海屋に来る前に、五人で今回の事に関して話し合った。実際の相手が誰なのか目的もよくわからない状況で、相手の方から声をかけてきた。本来なら、じっくり調べ上げてから乗り込むのだが、今回は相手の招きにあえて乗ってやることにした。油断していると見せかける為、相手の誘いには嵌って見せる。危険ではあるが早くに相手の本性を知る事が出来る。行動全てにおいて自己責任、危険回避は自分でしろとそれだけが今回の作戦内容であった。二口が黙って女に付いて来たのは敵の罠にわざと嵌ったふりをして、様子を見ることにあった。早々に尻尾を出してくれたので、後は女からじっくり話を聴けばよい。
「さあ、俺の質問だけに応えてもらおか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます