第32話

お順は、得意げに語り終わると、八咫が差し出した鏡に頬を寄せ、うっとりと眺めた。

「これが八咫の鏡か、とうとう手に入れることが出来たわ」

そして、やせ細った清蔵に鏡を持たせて、語りかけた。

「お父っあん、ほら、八咫鏡ですよ。これで不老不死を手に入れましたよ」

清蔵にその言葉が届いたのか、痩せた手が鏡に触れ、やっとのその面を鏡に写した。その瞬間、魂ぎるような断末魔の叫び声が座敷に響きわたった。到底、人の声とも思われぬその声にそこに居た者は、皆、動く事が出来なかった。人を殺し悪事を働くことなど平気でやるような男達もその声には、度肝をぬかれた。お順だけが清蔵の名を呼び続けるが、それに応える声はなかった。泣き崩れるお順をよそに

後の者には悲しみも痛みも何もなかった。そして、清蔵が持っていた鏡は、その手を離れてコロコロと八咫のもとへと転がっていった。恋しい人を追うように、自分の場所に帰るように鏡は、八咫の手の内に収まった。

「どうやらほんまに、落ち穂のもんやったようやな。・・・その男には、どんな地獄が見えたんやろな。八咫の鏡をなんと勘違いしてたか知らんがこの鏡を持つもんが出来るのは、人の生き死にを見る事だけ、それより他の事は何もない。天下をとれるとか、不老不死とか、殺生与奪・・・笑わしよる」

あの日から始まった怨嗟の日々がこれで終わったと思った。

「お前は、何をした。それは、本当に八咫鏡か」

父親の躯を抱いたまま、お順が叫んだ。

八咫が、腰を上げながら呟いた。

「ほんまに、・・・何も見えんのやな。良かったな・・・」

鏡はすでに八咫の懐に収まっている。

「こいつを生きては、返すな」

狂ったようなお順の声に、ここにこれ程人が居たのかと思うほどの男達が飛び出してきた。八咫は、寄せ来る敵を前に笑った。

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