第31話

そこで一旦、話を切るとお順が、八咫を見た。八咫は、何ぜだか笑っていた。

「何が可笑しい。寛英とか言う男のことを、知っておるのか」

「いや、知らん。そんな男とは、関係ない。・・・俺は、笑うておったのか」

「気色の悪い・・・まあ、ええわ」


知らぬと答えながら、八咫はその男の存在に心当たりがあった。そうだ、きっとあの・・・

ああ、あの時はカイバが自分を慰めてくれる為に話してくれたと、男の事など気にもとめなんだ・・・そうか、そんな里抜けをした老人がな・・・それが里の不幸を招いたのか・・・悲しすぎて、笑うてしまうわ。


八咫の事などお順は、気に止めることなく懐かしそうに過去の話を続けていった。

清蔵は、寛英との一件をすっかり忘れていた。最初の頃は、ぞわぞわと興味もあったのだが、日が経つにつれ日々の仕事に追われて、あの日のことなど思い出す事はなかった。そう、もうかかわる事など無かったはずであったのだ。そんな時、清蔵の妻のお美代がわけの分からぬ死病にかかった。その事を医者から伝え聞いた時、幾ら金を積んでもよいので助けてくれと言ったが、人の寿命はどうすることも出来ぬと言われた。なるだけ苦しまぬように送ることの手助けをすると言う。そんな事は望んでおらん。金があるのだ、助けられんわけがない。そして清蔵は、思いだした。あの日老いた僧が自慢げに語った言葉を・・・八咫の鏡を持つ者は、殺生与奪を左右できると、我がそれを持っておれば・・・お美代を助けてやれる。

古い行李の中から寛英の荷物を探す事から始まった・・・金を使い、人を操り少しでも八咫と言うもののしっぽを掴む為に力をつかった。そして、その里の者が、京で呑気に商売をしている事を突き止めた。仕事のうえとして、何食わぬ顔で懇意になったが、親しくしながらも何処か一線を引く男であった。そして遂に、南蛮渡来の薬を使い酩酊状態の男を捕まえた。その頃には、お美代の為にと言うよりも万物の命を気ままに操る神のような者になる事に執着していた。捕まえた男を屋敷の地下に閉じ込め、薬と痛みで思いのままに操った。男からは、色んな話を聞き取った。里の場所、人数、能力、総じてその場を責める手立てを清蔵は、喜々として考えた。ただ、その男に八咫の鏡の事を訊くと、男は必ず「お頭だけが、知っている。八咫と名乗るものだけが、鏡を持ち、その秘密に触れることが出来る。だから、何も知らんのや」と判で押したように応えた。寛英から聴いたあの甘美な話をもう一度、聞きたいと何度も尋ねるのだが男は、死ぬまで八咫の鏡の話をする事はなかった。だが、そんな事は、もうどうでもよい事でもあった。実物を手に入れる計画が、もうそこまで出来上がっていたのだから・・・

清蔵は、京の町に噂をながした。渡海屋の主人が病気の女房の快気を祈って講を組む。金は全て渡海屋が持つので女房の快癒祈願に伊勢に詣でてくれと言うもの、伊勢詣がタダで出来ると京の町は、大騒ぎとなった。清蔵は、毎日毎晩出掛けては集まった者に酒を飲ましては、話をした。日を変え、場所を変えて集まった大勢の男達は、清蔵の悪意に気付くことはなかった。そして彼の力の前に組していった。

清蔵は、その席で伊勢参りと称した行き先を、旅の目的を、後に開く玉手箱のように深く細かく言ってきかせた。

「お前らは、皆、儂の人形や。なんも考える事はない。その時が、来るまで楽しゅう待っておればええ。それでその時がくれば・・・八咫の里に行って鏡を手に入れるんや。抵抗する者は皆、化け物や遠慮せんと殺せばええ・・・」

清蔵の言葉通りに、男達は八咫の里に入りそのままの事をおこなった。時間が経つにつれあの時どうして、悟りの者が、皆なにも気付かずにおったのか不思議であったが、これなら解る。里と言う場所での油断もあったやろ・・・それと、奴等が清蔵の人形やったと言うことか、清蔵の人形であったから気配も無しに、悟りの者に気付かれんまま、里に押し入り、数を持って制したんや。ああ、あの時、我らは逃げるのに必死やったが、あの連中は何も知らんままにやらされ、我らの手にかかったのか・・・八咫の心は乾いていた。怒りも、哀しみもおこらない。知り得た十年前の信実は、男の見栄とつまらん欲が起こしたものであった。

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