第28話

四幕

渡海屋と約束した日がやって来た。仕事で使う荷物を揃えて、指示された場所に向かう。

招かれた所は、店のある日本橋からずっと離れた大川に近い別宅の方であった。広い敷地に何棟もの蔵が立っていて、見るからに柄の悪そうな者がそこらをうろうろしている。普通の金持ちの別邸とは違った趣があった。宴席の前に主人に挨拶をしてくれと言われて通された座敷は、小ぶりではあるが調度品の一つ一つに金をかけた贅沢な設えであった。そして座敷の上座に座っているのは、この屋の主人夫婦と聞いた。屋に入ってからずっと屋内の隅々まで見ているが目当ての男は見付からない。そして主人夫婦をみてやっと当たりが外れたことを自分自身に納得させた。通り一遍の挨拶を済ませて控えの間に下がる時には、薩摩に行った方が良かったのかも知れんなと思っていた。それにしてもこの場所は、妙に嫌な気を持っている。芳一もキクも感の鈍い二口と乙も気がついているようで、にこにこ笑いながら用心して店の者の相手をしていた。控えに下がって、用意万端ととのえて今日の舞台となる屋敷で一番大きな座敷に移動した。座敷の上座に主の夫婦が席に着いたところで、乙が鳴らす木の音が響き渡った。それを合図に五人は揃って居ずまいを正すといつも通り八咫が口を開いた。

「とざい とうざい、皆さま方には、本日お召し下さり有難うございます。座員一同、心より感謝申し上げます。つたない芸ではございますが、最後までお付き合いくださりますようよろしく御願い奉り上げます」

そこからの演目は、各々自分の能力とは関係のない芸を見せていった。

それでも、ナイフ投げに、南蛮カルタ、紐や水晶玉を使っての曲芸と数々の演目を続けて見せ、最後に八咫の挨拶で無事に仕事を終えた。終わったところで、声がかかって、酒の相手をするのは何時ものこと。この日も、声が掛かった。

「座長には、別に席を用意しておりますので、こちらの方に・・・」

丁寧な誘い文句に、にっこり笑って、付いて行く。廊下に出ると商家には、不似合いな男達に囲まれながら奥まった地下の部屋に案内された。

その部屋の気は、重苦しく澱んでいた。広い座敷の上座の位置に敷かれた布団は、わずかに膨らんでいたが、そこからはなんの気配も無かった。渡海屋の女将のお順と主の平蔵が、その布団の側に控えていた。八咫が案内のままに腰を下ろすと、お順が布団のそばに進み出ると軽く布団に手をやる。現れたのは、もはや人とも思えぬほどに痩せた男が横たわっていた。そしてその男の顎の辺りには、眼玉がうつしたと同じ大きな黒子があった。お順は、干からびた男の口元に耳をよせると八咫の方を見てこう言った。

「お前が、八咫か。やっとじゃ。どうにか間にあった・・・だせ。ここに八咫鏡をはやうだせと父様が言うている」

「鏡をどうする」

八咫が聞くと、お順はまた男に顔を近づける。そして、八咫に向けて

「そんな事を・・・決まっている。貴様らだけが特別など許さん」

「・・・特別なぁ。まぁええわ、これを持ってどうなるか。見たらええ」

八咫は、懐から薄汚れた布袋を取り出した。

「こんなもん、いくらでもくれてやる。それより、この話どこで聞いた」

「そんな事か。もはや鏡はこちらの物、まあええやろ。父様から何度も聞いたこの話、お前にも聞かせてやろう。聞いてせいぜい驚いたらええ」

渡海屋の女房がゆるゆる話し始めた・・・全ては、父である渡海屋清蔵から聞いた話し。

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