第27話

後ろの扉が閉まると、同時に真っ暗になった。八咫の者は、闇の中でも動けるように訓練されている。五人は、気にも留めずに足をすすめた。長い間、使われていなかった抜け穴は湿った匂いがしたが、大きな乙以外は腰をかがめる事なく進めるほど大きなものだった。そんな抜け穴が、崩れるかと思うほど一瞬揺らいだ。全員、足を止めたが誰も何も言わない、その原因が何か皆うすうす気が付いていたからだ。誰ともなく何処に出るか分からない一本道に足をすすめる。その一本道が突然二つに分かれた。サキヨミが大丈夫と言うのだからどちらを選んでも自分達は助かるのだろう。だが、ここで安全な道を選んでの事に違いない。どちらかを決めるのは、自分達だ。

「そうやな、この先が行き止りやったら帰ってくればええ。崩れていれば乙もおるし、ゆっくり進めばええ。ただ難儀なんは、出たところにあいつらが居ったらかなんな・・・芳一、何か違いはないか?」

芳一が、耳を澄ますと

「静かなんですわ。お山全体が息を潜めて・・・すんません」

「そうか、考えててもしょうないな。片方ずつ潰してゆこか」

アオメが片方の道に足を踏み出そうとした時、乙の背のキクが声をだした。

「待って・・・ください」

そう言うと、乙の背から降り、アオメに向かいあって

「俺がキキます。さっき襲われた時にあいつらから微かやけど変わった香の匂いがしたんです。俺、覚えとります。そやから俺やったら奴らのおらん道がわかると思います」

二口が、キクの身体を支えるように側によると

「キク、大丈夫なんか」

「二口、俺も世話役に選ばれたんよ」

「・・・そやったな」

キクと二口は、同じ歳ではあったが幼い頃から仲が良かった訳ではなかった。二口は神付で背も高く喧嘩もつよかったが、キクは小柄で病弱で悟りの能力も十分に使いこなす事もなかなか出来なかった。そんな二人が、サキヨミが八咫になってからバッタの家に預けられることになった。陽気で元気なバッタのもとでキクは元気になり、二口は他の者を気遣うことが出来るようになった。それと同じく二人の関係も変った。常に二人で行動し互いに相手を第一に考えるようになり、里の外で二人で仕事をする事が二人の目標になっていた。

そんな中で、襲われた。キクが外の物音が気になって不用意に扉を開けると、いきなり襲われて身をかわす事も出来なかった。やられたと思った瞬間、敵と自分の間にバッタが飛んで入った。相手の振りかぶった屶がバッタの頭を捉えると、そのままバッタは頭を割られて飛ばされた。キクは、バッタの血を浴び強烈な匂いに気が遠くなった。その後、二口の神付のおかげで助かった事は記憶にない。アオメに背負われながらやっと気が付いたものの悪い夢の中にいるような気がして、気分が悪かった。アオメが気に掛けていてくれるのに、それも上の空で、そのまま世話役云々の話を聞いて流れのまま承知してしもうた。ほんとにこれは、あかんよね。乙の背に背負われて、バッタとの事を思いだす。俺と二口が、世話役になったて知ったらきっと凄い喜んでくれたやろな。赤飯たいて、きっと・・・。お前らは、俺とちごうて凄いなって言うよな。いつも言うてたよね、それ聞くたびに俺、二口はなって思っとたよ。バッタのおちゃんは「キクやて凄いんやで」ともよく言うてた。俺、どうしたらいいってバッタのおちゃんには、もう訊けん。・・・俺も、ちゃんとやるよってな、お荷物にならんように・・・。

二口は、キクがいきなり乙の背中から降りたのを見て驚いた。小さい頃は、キクは何処にいるかもわからない位大人しくて、自分と一緒に遊ぶ事はほとんどなかった。それが五年前いきなり一緒にバッタさんの所で世話になるようになった。ほんとに始めは、どんくさい奴やなって思うてた。それが一緒にすむようになって、細かい事に気がまわる優しい奴やねんなって思うようになったんや。俺が、力任せに仕事してその後をちゃんと片してまわるんやから。最近は、はっきり自分の考えも言うようになって、俺も頼りにしてたんや。もうちょっとしたら里の外で仕事さして貰える年になるよって一緒に行こ言うたら、キクも二人で行くの楽しみにしてた。さっき襲われた時、バッタのおっちゃんが、キクをかばった。おっちゃん、ごめんな。俺な、おっちゃんのことも馬鹿にしとってん。人がええだけが取り柄の人やてな、違とったな情けないのは俺の方や。五年も世話になったのにな・・・おっちゃんが飛び出した後は、どうしてええか分からんかった。恐なって身が竦んでな・・・神付が勝手に喋りまくってたわ。そのおかげで助かったがな。今度は、俺がちゃんとキクを守らなと思ってた。そやのに、あいつ自分から進んで仕事しようとしてる。大丈夫なんか、ここでは俺は役に立たんが、俺を頼ってええんやからな・・・世話役なんて糞くらえやからな。俺には、お前の方がずっと大事なんやから・・・。

「キク、この場所でかまへんのか。位置変えるんやったら俺に言えよ」

「大丈夫や。気散るから黙ってて・・・両方とも変な匂いはしませんが、こっちの方が土臭いから崩れてるかもしれません」

「そうか、ありがとうな。崩れてるのは、あんまり使われて無かったんやろう。土臭いのは、水脈が近いかもしれん。こっちに行こう。キク、また頼むは」

「はい、おやすい御用です」

途中何度も道が分かれたが、芳一とキクの悟りの力を借りて、抜け出たのは里から随分離れた山の中腹だった。穴から出た時は、辺りは明るくなってた。皆で周囲に気を付けて敵はいないと確認した頃には、五人は疲れ切って腰を落とした。しばらくして乙が立ち上がると、遠くに里の辺りを眺めていた。キクも二口も芳一もただ遠くを眺めている。

そんな四人を横目で見ながらアオメは、懐の鏡の重さを感じていた。よく考えることもせずに受けた物の重さがずっしりと身にこたえる。そうして身を起こしたその時に、小さな道祖神が目に入った。入った瞬間に視界がぐにゃりと曲がって、目の前に背に幼児を背負った若い男が見えた。男は、背の子に語りかける。

「もう少しやからな、今日からそこがお前の里になる。いっぱい食べて、友達作って、いっぱい遊べ。そんで、大きなれ」

楽しそうな男の声に、子は小さく頷いている。幼い俺と若いサキヨミ・・・

あっ、これが俺の力と言うものか・・・出来損ないの神付の力が後読みとは・・・

サキヨミさんはなんて言うてくれたやろな。

「俺と同じような力やな。先と後や対になった力やな」

って喜んでくれたかもしれんな。

他の者におずおずとこの力の事を話そうとして、里の方をみると又視界が歪んだ。

よそ者の群れが里に入って行く姿や、幼い子供をかばいながら俺が言った通りに相手の急所を殴るウンデの姿が、それが押し寄せる相手に飲み込まれていく姿が・・焼け落ちそうな館の中で大勢の敵を相手に抜け穴の前でお頭がスバシリと二人で、笑いながら起爆札をふるう姿が・・・そして、顎に黒子のある男が薄ら笑う口元が・・・一瞬にしてそれらの事が通り過ぎた。初めて知った自分の力は、絶望しかなかった。過ぎた事が見えても何の役にも立たんやないか、お笑いやな。アオメは、誰にも自分の力について言う事を止めた。ようわからんままでええ。サキヨミが鍛えてくれた気を読む力で十分や、たまに訳も分からず何かがみえる出来損ないの神付でええやないか。

その後、誰にも自分の力に付いて話してはいない。里をでて何年かして、この力があれば里を襲った相手が分かると気がついたが、やはり誰にも言えなかった。あそこに立って何も出来ん自分がまともで居られる自信がなかった。黙ったまま真実を知る事もなくここまで来た。

あれから十年、ことの真実も仇のことも分らない。ただサキヨミが、どうにかこの運命を変えようしていた事は鏡を触るたびに痛い程わかった。残った自分達になにをして欲しかったのかが分からないまでも、それでもその心中がわかるような気がする。あの人はきっと自分達に穏やかな生き方を望んでいる。別段過去を見て知った訳ではない。幼い頃から接したサキヨミが、我らの不幸を望むはずがないと言う確信であった。その為には、どうすればよいか、考えて考えて・・・やはりこの鏡と別れるしか手はないだろうと行きついた。自分には、それが出来ないならせめて他の者達だけでも自由にしてやりたい。それは、自分と他の者との別れとなっても。そして、その前にこの十年抱え込んだ里への思い、あの日、自分達だけが生き残ったことへの罪悪感と同胞が受けた恐怖と苦痛を返さなければ、皆、自由にはなれないだろう。・・・その為に積もり積もった気持ちと折り合いをつけて、一人で、里に入って真相を掴もうと思っていた。そこに、偶然見せられた過去の片鱗であった。これも何かの縁と言うなら乗るしかない。ここで決着をつけようと・・・気持ちは、決まった。



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