第24話
そんな事があってからは、別段かわった事もなくゆるゆると時間が過ぎていった。先代から言われた言葉もすっかり忘れていたのに、半年程前に突然ガンプクが消えたのを機会に止まっていた物が動き出した。いや、今まで持ちこたえていたサキヨミの心が悲鳴あげたんやろ。
ガンプクが消えたと知らせが入った日の夜、またサキヨミの姿が見えなくなった。里中駆けまわってやっと見つけたのは、峠近くのお堂の中で膝を抱えて座っているところだった。
「ここにおったか」
「・・・」
「いたずらして、ようここに逃げてきたよな。前の時もここ探しに来たんやで、あん時は居らんかったな」
「・・・おるやろ」
「・・・なぁ、もう教えてくれてもええやろ」
サキヨミは、顔を伏せたまま
「聞いたら後悔する。やめとけ」
「なんで後悔せなあかんのじゃ。お前の先読みでそんな事が見えてるんか」
「・・・みてない」
「お前、なんやねん。見てみいな、俺がどんな顔してるか見てみ」
暫くじっとしていたサキヨミが、いきなりばっと顔をあげるとスバシリの顔をじっと見つめた。
「お前は、ほんまに・・・アホやな」
スバシリは、文句を言い返そうとして止めた。サキヨミが、泣いているのに気が付いたからだ。子供の頃から何があっても飄々として、どんな時でも前を向く、泣いてる姿など見た事もなかったのに、その男が泣いている。
「泣きなや、な」
「えっ、あっほんまや泣いてるわ。はは・・・何でやろ」
そう言って涙をぬぐうと
「長い話になる。屋敷に戻ろか」
屋敷に戻ってからサキヨミは、八咫を継いだあの日の事を話し出した。
八咫に選ばれて当然と言う思いもあったし、これで先細って行く一族を盛り上げて行く自信のようなものもあった。スバシリも世話役で側にいてくれるならやりたいことが出来るやろ、そう考えていたあの日。先代から八咫の鏡を渡されて、一瞬にしてこの鏡の力を知らされた。目の前のテングの余命が目で見える。生きているのにこの人は、もう死ぬ事が決められてる。それは、いつ何日と分かるわけではなく、漠然と感じるのだ。自分の頭のなかに感じるのだ。
「驚いたやろ。お前には、どんな風に見えてるかは、知らんがな。八咫になった者だけが見えるんや。・・・八咫の鏡は、不老不死を与えることも、天下をとる道具でもない。何の占いも出来ん。ただその人の先、寿命を見る事が出来るただの鏡や」
「頭は、あと・・・」
「頭はお前やろ。そうや。あと三ヶ月や」
「先が、わかるならその間に、何とかしたら」
「鏡に出た事は、変えられへんのや。八咫さんの言う通りや。こんまい頃から知ってるやろ」
「そんでも、こんな事、何とか・・・」
割り切れんまま、先代に連れられて行った宴席でサキヨミは、驚いて動けなくなった。そこに座っている者すべてが、五年したらこの世にいない。先代の顔を見ると小さく頷いてって笑っていた。気持ちが悪くなって、外にでてすれ違う者が全て五年の余命と知った。
この里の者が、五年のうちに亡くなってしまう。里そのものが無くなるのか、先代は、このことを知ってどう思っていたのだろう。一晩、峠の近くのお堂で過ごしてそのまま里をでた。知らなければならない。八咫鏡と言うものの力が本当のものなのか・・・
「俺は、その為に非道な事をした。里の者を助ける為と言い訳しながら八咫の鏡の寿命に逆らって人を殺そうとした。死なんのやったらこれは嘘や、噓にしとうて何の関係もないもんを手にかけた。・・・それがな、死なへんねん。不思議やろ」
スバシリは、背筋に寒いものを感じたと同時にそんなサキヨミが哀れに思えた。手をださんでもお前には見えたやろ、そいつが近々どうなるかぐらい。きっとそんな事もわからん位になってたんやろ。
「それで、どうしたんや」
サキヨミがもう一度じっと顔をみるので、スバシリは苦く笑った。
「これは、あかんと思うてな。京の橋の下にな病人を投げ捨てる場所があるんやが、そこで死にそうなもんの世話したが、何をしても死による。まれに元気な者を見付けてかまうんやが、どんなに気付けてても八咫の鏡通りに死んでいく。そこにきて初めて、なんか納得したんや。それと先代がもう直ぐ、居らんようになるて思いだした。ああ、あの人は、俺に時間をくれたんやて・・・無性に顔がみとうなって帰って来た」
「そうやったんか」
「あんまり、驚かんねんな」
「いや、驚いてる。でも、しょうないねんやろ。お前が決めたことに付いて行く。もし、なんもかんも捨ててどっかに行くねんやったら、俺も一緒に行くからな・・・二人でアホやって死んでもええ」
「なんやねん。・・・俺はこの里を終いにする。次の八咫に無茶をふる。全然何も出来ん能無しの俺になる。そんなアホに最期まで付きおうてくれるのか」
「お前が、アホなんはよう知っとる。いまさらや」
その後、何人かの者が生き残る話も聞いたが、具体的に何が起こるかは、サキヨミでも、まだ読めんと言われた。この三日ほど前にやっと読めたようやったが、やっぱりなんも変わらんようやった。ほんでも言える事は、今こうやって二人で、最後の仕事をする事が、俺には何よりうれしいちゅう事や。
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