第23話

今日は朝から館の中には、頭の八咫とスバシリの二人きりだ。屋敷で働く者はみな田植えの手伝いに出払っている。二人で、昔話をしながら館の掃除をし、食事もいつも通りの時間に二人で用意をして食べた。

「なぁ、頭。何刻ごろに始まるんや」

「う~ん、正確にはわからんが夕刻にはな」

「そうか。何かやっておかなあかん事は、あるか」

「そうやな、館の周りにちょっと仕掛けをしょうと思うてるんや。後で手伝ってくれるか。それより先にこれから長い旅になるやろから旅ごしらえしといたろかな」

「五人か。多いんか、少ないんか・・・」

「あいつ、一人でなくてよかったわ」

全ての準備が整うと、二人して館の正面の敷石の上に腰を下ろして何かが始まるのをじっと待つことにした。

「待ってたらええのか」

「ああ、俺らの仕事はもう待つ以外ない。そう長い話やない。もう少しや」

「そうか」

「あっ」

「どうした」

「あそこに、ほら燕の巣が出来とる」

「ほんまやな」

「あいつらは、来年もここに来てくれるかな。ならええのにな・・・」

燕の巣をぼんやりと眺めていると急に遠い目をして

「この巣は、大丈夫や」

「そうか。よかったな」

「ああ、それとお客さんがそろそろお出ましのようや」

そして二人は、ゆっくりと腰をあげた。


スバシリとサキヨミの付き合いは長い。子供の頃から兄弟のような付き合いをして来た。スバシリは、サキヨミの能力も凄いものだと思うのだがそれ以上に、サキヨミの智略が何よりの武器だと思っている。子供の頃のいたずらも大人もあっと驚くほどのものだった。スバシリは自分の脚力とサキヨミの知恵があれば何でも出来ると思っていた。大きくなって二人で組んで里の外で仕事をするのは楽しかった。このままずっとこうして暮らしていけたらどれ程よいかと思っていたが、その気ままな暮らしも五年前にサキヨミが八咫に選ばれて変わってしまった。あの日、先細るばかりの里をサキヨミの知恵を持って何とかしてゆくのだと、自分もその世話役に選ばれ、その手伝いが出来ればいい。友が頭に選ばれたことが本当に誇らしかった。だから、そのすぐ後に起こった事に心底驚いた。新しい八咫に代替わりして里全体が祭り気分だったのに、当の本人が姿をけしてしまったのだ。世話役で親友の俺にも何も告げずにサキヨミは突然消えた。先代の八咫が、里の外に挨拶に行かせたと言ったので周りの者は詮索もなくそれを信じたようだが、スバシリはそれを信じなかった。姿を消す前日、今まで見た事のない顔つきでぼんやりしている奴を見た。その時、声を掛けていればと思っていたからだ。そろそろ三ヶ月になろうと言う頃になって、スバシリは、我慢しきれずにテングの隠居所に乗り込んで行った。

「お頭、何があったんですか」

「もう、お頭やない」

「・・・先代。サキヨミに何が、あったんですか」

「サキヨミやない。頭やろが、まぁ八咫様でもええけどな」

「・・・そんな事はどうでもええ。何が起こってるか、教えてくれと言うてるんです」

「スバシリ、お前は失礼やろうが」

「フクミミ、ええねや。サキヨミの事が心配でここに来たんやろ」

「・・・」

「昔から、サキヨミの事になると後先がない。心配せんでも明日には、帰って来よるやろ」

「そんなサキヨミみたいな事、分るわけないですやろ」

「ああ、まぁこれは年の功で分かる事や。義理堅い男やからな。ちゃんと儂に会いに帰って来よる」

「儂に会いにて、もうお別れみたいな・・・」

ここで、スバシリは初めてテングの顔を改めて眺めた。三ヶ月前に代替わりの儀式の時は、大きな身体をゆすって、里の者と酒を飲み陽気に歌って踊っていたのに・・・今、目の前にいる男は、一回り小さくなっている。自分一人でそこに座っていることも出来ずにフクミミに体を支えられている。

「なんで・・・」

「そやからもう帰って来よるから心配するなて」

「いや、それも心配やが、お・・先代、身体は大丈夫なんですか」

テングとフクミミは、顔を合わせて笑っている。

「先代、ほんまにコイツ。今頃言うてますわ」

「フクミミよ。スバシリは、サキヨミの事になると頭に血が上りよる。なぁ、スバシリ。儂の事は心配せいでええ。サキヨミも今回はちゃんと帰って来よる。ただな、この先なにがあってもサキヨミの事を一番に考えてやってくれ。そんで、何も言わずに側におってやってくれ。なぁ、それでええ」

「それでええて・・・」

「後の事は、お前らで何とかし・・・」

テングの身体がゆっくりと傾いて行く。フクミミが身体を支えながら布団の上にそっと寝かせた。

「スバシリ、悪いな。先代にもう休んでもらうから帰ってくれるか」

フクミミは、断りながらも有無をも言わせんと言うようにスバシリを屋敷の外に追い出した。スバシリは、峠に足を向けた。桜の花には、まだ早いが春はそこまで来ている。ぼんやりと峠の向こうに眼をやると手を振る影を見つけた。見つけた途端に足が動いた。当の本人の前で足を止めると、どこで何をして来たのかボロボロのなりをした男が、満面笑顔で、笑っていた。

「ただいま」

「お帰り」

顔をみたら思いっきり殴ってやろうと思っていたのに何も言えずにただ涙がでた。

「ほら、帰ろう」

帰って来た男に手を引かれて、里への道を二人で歩いた。

「お前、なんか臭う」

「はは、そうかぁ」

「今度からは、俺を連れて行け。これからは、どこへ行くにも俺を連れて行ってくれ」

「そうやな」

サキヨミがテングの所に顔を出して、三日後にテングが亡くなった。サキヨミは、すっかり八咫になっていた。

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