第21話
翌日、言われた通りに日暮れ前には館に着くよう家を出る事にした。出掛けに一歩外に出て、何かは解らないが空気が重い、殺気とまでもいかないが不穏な気がした。何かを察する悟りの様な力はないが、普通の者より気を感じる力は幼い頃からの鍛錬で身に付けていた。踵を返して、屋内にむけて声を掛けた。
「ウンデ、気を付けろよ」
「何をや。ここは里やで、外やない。それより早ういかな、遅うなるで」
と笑われた。そうだなと言ったが何か分からぬ不安が付きまとう。もっと修行が必要だなと思いながら館を目指す途中で異変は起こった。里の中に半端ない数のよそ者が居る。そしていきなり襲ってきたのだ。どうして今まで誰も気づかずにいたのだろう。もはや八十人程の里人であるが、悟りの者もまだ大勢いるのに誰も気づかず今あちらこちらでその者達に里人が襲われている。道から少しはいった竹林の陰になっている家の方から叫び声が聞こえた。このまま取りあえず館に向かおうとも思ったが、放っておく事もできずに道端の石くれを何個か懐に入れてそちらに走る。暗がりに十数人の男達が家を囲んでいるのが見えた。殺気はないが、群がるように進んでくるかわった襲撃者だ。何も考えずに懐に手を入れて其々の急所を目掛けて石を投げた。群がろうとする者を容赦なく倒して家の中に足を踏み入れると、人形のように動きを止めた男達と睨みあっている者が二人いる。
「大丈夫か」
声をかけると、二人が飛び込んできたアオメの方を振り返った。二口とキクだった。
二口とキクは、ウンデよりも年若くまだ十五にもなっていない少年達で、この屋で剛の者のバッタと共に暮らしていた。バッタは、年老いて外での仕事は出来なくなったが足腰は健在で野良仕事に精をだす元気な老人だった。そのバッタの姿は見当たらない。
「二口、坊主。ここが潮時じゃ。こいつに付いて逃げろ」
野太い声が二人に呼びかけた。バッタの声ではない。二口は、神付と聞いている。得体の知れない者に声をかける。
「二口の神付か」
先程の低い声が答えた。男の声は口もとではなく、首から聞こえる。
「ああそうや。二口は、意識をとばしとる。あいつら位、いや今、里に入っている奴らの暗示ぐらい吹っ飛ばせるが、依代が子供でどうにもならん。助けてくれ」
「やはり、あいつら何かに操られてるのか・・・。助けられるかどうかは、わからんがやれるだけの事はする」
「二人だけか。バッタはどうした」
「はように殺られた。気のええ奴やったが。そのへんに転がとる」
もう一度、周囲を確認すると戸口の影に躯が一つ転がっていた。キクは、怪我をしているのか動けないし、口もきけないでいる。アオメはそれを背に負って懐から縄をだすと無造作に結びつけた。
「俺の背中かから落ちんようにしがみついておけ。お前は動けるな、そこの屶を持って俺に続け館を目指す」
周りにある物を片っ端に懐に入れながら声を掛けた。
「二口に屶を持たせたが大丈夫か」
「おうよ。自分の身い位はまもらせる。それよりその眼でどないして助けてくれるんや」
「眼って・・・」
「眼帯してるその眼の事や、神付やろ。わざわざ里で眼帯しとるて珍しい奴やな」
「これは・・・使わん・・・」
「はぁ・・・お前、それで大丈夫なんか」
「行くぞ。離れんと付いてこい」
「ふふ・・おもろい奴やな」
アオメがキクを背負って土間に降り立つと、二口は屋内で人形のように動かない男達に
「共に殺し合えばええ。死ぬまでやれや」
低い声は容赦なく呪いの言葉を言い切った。アオメの方に向き直ると
「待たせたな。いこか」
二口本体は、ぼんやりとした表情で何も考えていないようであったが、右の手にしっかりと屶を握りこんでいた。アオメは、外に出て驚いた。里のあちらこちらから火のてが上がっている。先程までの静けさが嘘のように喧騒と怒号がとびかう。ウンデの様子がきになって今すぐとって帰りたいと思ったが、ウンデよりも年若い背に負うキクや二口を連れて行く訳には行かない。取り敢えず二人を館に預けて、ウンデを救けにいくしかない。アオメは家の方に眼をやらず、ただ真っ直ぐ館の方をみて進みだした。途中いたるところ手に得物を持った男達がふらふらと湧き出て来る。アオメは、懐に入れた火箸で眼を突き、石榑を投げて鼻柱を折り、折れ釘で気道を潰した。一度の攻撃で致命傷を与えて進んで行く。
アオメの後ろでは、二口の神付が敵を操り二口自身を操って敵を倒して付いてくる。
「神付にしては、いや八咫の者にしては変わった闘い方をする」
アオメの闘い方をみて、神付の口が揶揄うようにいった。
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