第18話

あれからアオメは、朝はやくカイバの所で一人教えをこい、昼はほかの子に混じって習練所に通った。通いだすと館の方に子供達がやって来ては、アオメを遠目で見る日が続き、ぼちぼちと話掛けるようになり、一緒に遊ぶようになっていった。

そんなある日、アオメは、子供同士の言い争いで「神付でもないなら出て行け」と言われて言い返すことも出来ずに逃げ帰ってきた。里に来て、食う事と寝る場所に困らない。知らぬ者に追い回されることもなくなった。こんな生活が送れる事など考えた事もなかった。だが、そうなればなっただけ今まで感じたこともなかったような不安を感じるようになっていた。神付の力が付かない時はここを追い出されてしまう。皆の期待や、手にはいった生活を失う事が何よりも恐ろしかった。カイバの書庫に忍び込んで膝を抱えてじっとしているとカイバが書庫に入って来た。カイバは、アオメがいるのも気にせずにいつもの文机の前に座ると、いつものように仕事を始めた。無駄口をきかぬ偏屈な老人は、里の者には少し距離を置かれている存在であったが、アオメには優しい師であった。書き物をしながらカイバが口を開いた。

「アオメ、そこの巻物を持って来てくれ」

アオメが自分の脇にあった巻物を運ぶと

「お、すまぬな・・・」

「・・・」

カイバは、顔を上げずに話を続ける。

「それ、ちゃんとアオメは、儂の役に立っておる。お前は、儂にとって要のある人間や。それでええ」

「そんでも・・・」

「まだ、不満があるのか。アオメ、ここにお出で」

カイバは、顔を上げてアオメをみると自分の膝に座れと促した。アオメがおずおずと膝に座ると、カイバはゆっくりと話だした。

「アオメ、儂にも幼馴染と言う者がおってな、名をタリキと言うんや。儂のようにただものを覚えるだけの者とはちごうてな。この里でも稀な力を小さい頃から持っておった。ゆくゆくは、八咫となってこの里を率いていく男やと皆が思うておった」

「すごい、そんでその方は八咫さまになったのですか」

「いや、タリキは里抜けをして、ここから消えた。あ奴は自分の力に溺れよった。自分の力が一番やと奢って、怠けて、その先は酒に溺れて大きいしくじりをやらかしたんや。そんでも里の者は、誰もタリキを里から追い出す事などせんかったぞ。・・・そやのに勝手に自分を追い詰めて里から出て行ってしもうた」

「そんな・・・」

「産まれ持っての力は、大事な事や・・・がそれよりも生きて行く先は長い。この里は、一度受け入れた者は、追い出したりせん。八咫者の力がなくとも、普通の者の力を鍛錬で伸ばすことは出来る。そこはサキヨミやスバシリに付いて、怠りなく励め、でな、どうしても上手くいかんのなら儂の跡をついでこの書庫の世話をしてくれ。ここの者は、知恵や知識を軽んずるとこがあるが、これがお前を救うてくれる時もきっとある。そやからな心配せんとここにおれ。おっておくれ」

アオメは、その言葉にうなづく事しか出来なかった。涙が止まらず、返事をする事が出来なかった。

居場所と決めてからは、子供たちにも里の者にもなじんでいった。その中で一番に優しく声を掛けてくれたのが自分とは逆の右の眼が真っ赤に染まったアカメと呼ばれる子だった。アオメは自分の眼は、綺麗だと思ったことは無かったが、その紅い眼は夕焼けを閉じ込めたようで本当に綺麗なものだと思った。

「綺麗な紅い眼やな」

アオメがぽそっと声に出したのを聞いてアカメはじっとアオメの顔を覗き込むと

「お前は、ええ奴やな。お前の青い眼も綺麗やで、一緒やなぁ。友達な、今日から友達やからな」

アオメは、驚いた。ここに来て驚くことばかり起こる。自分に名前が付き、今まで忌み嫌われて来た青い眼を褒められ、友達も出来た。どう返事をしてよいか分からなかったがやっとの思いで

「うん」

と一つ頷くと

「うん、やっぱりええ奴や」

アカメの能力を知ったのは、そこからあとの話だがそれからずっとアカメはどんな時も良い友達でいてくれた。


アオメは、もともと八咫の里人ではない。アカメの言う通り今さら八咫者ではないと言う事も嫌と言うほどよく分かる。だが里者ではない自分が誰よりも里の事に拘っている事が、今の自分の生きがいなのだ。これがなければ自分は、たとえ生き物としての命はあっても生きているとは言えない者になってしまうような気がしていた。

「アカメそれでもな、もう終いに出来そうなんや」

「渡海屋か」

「まぁ、それもあるが・・・それよりも物事の起こりに、返すのが一番やと気が付いたんや。・・・それでもな、その相手が悪そうなんや。俺の寿命はまだまだあるが、二度とお天道様の下には出れんような事になるかもしれん・・・その時は他のもんの事を頼む。どちにしても御鏡は、俺の手で何とかするしな」

「何を言うてる」

「まあ、今日明日の話やないが、終わりが近い気がするんや。先代みたいに先読みの力があればもっと詳しく分かるんやが・・・ただな相手が悪いことだけは、確かやな」

「誰や」

アオメは、小さく首を振る。

「お前に嘘は、付けんやろ。せやからすまんが、口にはだせん」


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