第17話
「おお、俺の読み通りや。坊、ええ顔になっとる」
「何が読み通りや。お前の先読みはせいぜい二三日のことやろ。ええかげんな事しおってからに、お頭や儂を便利につかいおって」
「フクミミさん、そやからさっきから謝ってますでしょが。それが一番はように里のもんを分からすのにええと思いましたんやて」
「まぁまぁ、そんな怒ったるな」
「ほんまにお頭は、サキヨミに甘いからこいつがええ気になるんです。それにサキヨミ、坊やないアオメて言うんや。ちゃんと呼んだれ」
「名前付けてもろたんか。よかったな、なアオメ」
「はい」
「おっ、返事も出来るようになったんか。凄いな」
サキヨミは、アオメの頭を何度も撫でてやった。それから八咫に頭を下げて
「お頭にお願いしたい事がございます。アオメをこのままお館に置いてやっては貰えませんでしょうか。私が見てやるのが筋ではございますが、私も同居人のスバシリもこの先まだまだ仕事で里を空ける事が多いと思います。たった一人であの家に残して行くことは出来ることならしとうはございませんし、他の者に任せることもできません。何卒宜しくお願い致します」
「ほんに我儘な奴やな。そやけど、儂の返事などお見通しやろが」
「・・・」
サキヨミは、頭を下げたまま動かないでいる。八咫は、アオメの方に向きなおり
「アオメは、ここに居ればええ。ここに居って、これから生きて行く為にいろいろ覚えて行けばええ。ちょっと辛いかもしれんがな」
サキヨミは、その言葉を聞いていきなり顔をあげてアオメの顔を覗き見た。アオメは、サキヨミと八咫の顔を見て、一度頷いてから八咫の方を見て返事をする。
「はい。ここに居らしてください」
言って小さな頭を下げた。それを見たサキヨミがつられるようにもう一度、頭を下げた。
「お前よりアオメの方が行儀がええは」
フクミミが、サキヨミの方を見ながら笑っている。
「フクミミさんって」
「サキヨミ、アオメはここに住まわすが、お前やスバシリにも頼みたい事があるんや」
「スバシリにもですか」
八咫が優しい眼でアオメを見ながらそう言った。その横でフクミミは、ただ頷いている。
そんな事を聞いて、サキヨミが暫し遠くをみるような眼をすると
「お頭、カイバの爺様は引き受けてくれるようですが。俺とスバシリがすると言う事がいま一つよう分かりません。説明して頂けますか」
「そうやったな。二三日先が見える位やったな。便利かどうかわからんな」
「まぁ、今からお頭が言わはる事位は分かるんですが、その事の真意って言うか、肝は眼では見えんのでお願いします」
「そうか。ああ、儂なこの子にアオメに色んな事を教えてやりたいんや。儂ら八咫者は、何かと言うと持って生まれた力に頼りがちやろ。せやから何でも出来るようでなんも出来ん。この子には、何でも出来るもんになってほしいんや」
「それでカイバの爺様や俺らですか」
「そうやカイバの爺様から知恵を、スバシリからは身体の作り方使い方を、サキヨミからは・・・」
「俺からは・・・」
「お前からは、気の読み方と起爆札の使い方を」
「起爆って、ご存知でしたか」
「知っとるは、うるさい奴らが多いからそれこそ気をつけよ」
八咫の者は各々に持っている能力が何よりも優先される。それぞれの仕事も概ね決まっていて、剛の者は身体を使って、悟りの者はその力を使って仕事の段取りをする。仕事も御公儀からの忍びの真似事や商人からの抜け荷の手伝い。中には口封じのための殺しも入る。
雑多な事を皆の力でこなしてゆく。名は、知れ渡っている一族だがその実態は謎が多いと言われているのが八咫者であった。自分の能力にみな拘るので、能力以外の事を認めようとはしない者が多い。悟りのサキヨミが、火薬などを使って力技を仕掛けるのは剛のもにとっては職分を荒らすことになるので、普通はいい顔をしないどころか、罰を受けても文句は言えない。
「十分、きを付けております。なるだけ里では使うておりませんでしたのに」
「鼻がきく連中には、わかる事や」
八咫が自分の大きな鼻を指さした。
「あぁ、以後気を付けます。それでも、アオメにそれを教えろと」
「そうや、教えてやってくれ。きっと役にたつ。スバシリにも頼んでくれ。あいつが身につけてる体術を教えるように」
「そちらもご存知でしたか」
スバシリも剛のもと言いながら足の速さが本分であるのに、体術を持って相手を倒す事を目標に鍛錬している。
「お前らが何を思って、そんな事をしているかはわからんがな。サキヨミからもスバシリからも相変わらず嫌な臭いがせんから思うところがあるんやろ。儂からは、なんも言わんが里にも色んな者がおるから気を付けることや」
八咫は、この後アオメを連れて館の隣にある習練所の方に出向いた。習練所は里の者に読み書きと算術、里人のあり方を教える学校のようなもので十五になるまで皆ここに通うことになっていた。その習練所にカイバと言う老師が住み込んでいた。
「カイバの爺様、居られますかな」
明り取りの小窓の前で背を丸めている嵩の低い老人が、書き物をしたまま返事をした。
「誰じゃ」
「儂じゃよ。爺様よ、ちょっと頼みごとがあってな」
「お頭か、何の用じゃ」
そう言いながらまだ、顔を上げようとしない。八咫はそれを咎める事もなく話を続けた。
「ここに居る子に、お前様の全てを教えてやってくれんか」
「儂のすべてとは、大きくでたもんやな」
老人は、怒ったようなに八咫の方に顔を向けた。そして、そこに幼い子がいるのに気が付いた。
「その子が、お頭が館に住まわしている神付擬きか」
「ほう、ご老人の耳にもこの話はいっておりましたか。それは何より、話がはやい」
萎びた老人は、大きな眼でアオメを一瞥するとオイデオイデと手を振った。それに気付いたアオメは、八咫が頷くのを見てから老人に近づいた。
「ほう、名前は何という」
「アオメです」
「アオメかええ名やな」
「はい。や 八咫さまに 付けてもらいました」
「そうか。ここにおいで」
カイバは、膝にアオメを座らせると、一緒に筆を持ち、紙にアオメと書いてやった。
「これを何と読むかわかるか」
アオメは恥ずかしそうに小さく首をふった。それを見てカイバは優しく一文字ずつ声に出して教えてやった。
「これはな、あ お め と書いてあるんじゃ。なんも恥ずかしがらんでもええ、わからん事をわからんって言えるのは、ええことや。わからん事をわかったって顔してる奴よりずっとええ」
アオメは、紙に書かれた。あおめと言う字をじっと見て目を離す事が出来なかった。
「これから儂が、色んな事を教えてやるさかいにな。ようさん知ることは、お前のお頭にご飯を食べさせる事やねん。しっかりした身体を作るのと同じや。しっかりした考えは、己を守る盾になる」
アオメは、カイバの顔を見てしっかりと頷いた。
「お頭、そう言う事や・・・」
カイバは言いおくとアオメの手を引いて普段は誰も通す事のない古今東西の書物であふれかえった書庫の中に入っていった。
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