第16話

八咫の里に家族と言うものはない。同じ歳か、年上か年下か、女か男の区別があるだけ。男と女がその時々で相手を変えて子供を作る。赤子は其々年長の女が育て、少し大きくなると男女構わず里にいる大人に振り分けられる。子供は、里人がみんなで育てる。たまに蔓役が代替わりで里に戻って来るときに外で出来た子供を連れ帰ってくる事がある以外、皆産まれた頃からの知り合いであった。そんな中でアオメは、よそ者だった。アオメは、外から蔓役に連れて来られた子供であり、ましてその親が何処の誰かもわからない者であった。蔓役の仕事は、里の者が外で仕事をする手伝いだが、まれに里の外で産まれる八咫者を拾ってくる事があった。長い年月の間、外に逃れた八咫者の血がひょっこり出る事があって、その子らを里に連れ帰るのだ。里の人間は、長く続くしきたりの中その人数を減らしていたので、里にとってもそんな子らは大切な者であった。アオメもそんな子の一人であった。

「神付の子が拾われて来たって、ほんまか」

「おうよ、都の橋の下におったのをサキヨミが拾うてきよった。大したもんや」

「神付が、増えるのは里にとって善きかな善きかな。で、なにが出来るんやろ」

一目で神付とわかる青い目に、最初みなどんな力があるのか期待を寄せていたが、その子には、何の力も無かった。

「あれは、ただの飾りやったな。そんでも今さら子供を追い出すこともでけんし・・・。お頭の差配に従うしかないわな」

「まぁ、そうやな」

里中で囁かれる話を当の本人も、知っていた。特別な力がなくても他人の顔色をみながら過ごしてきたのだ人の気持ち位わかる。自分が邪魔者だと言う位のことはよくわかる。だが、出て行こうにもここが何処かもわからないので出て行く事も出来ずにいた。それに拾って連れて来てくれた男と話をしようにも男は、自分の家に案内して次の日には食い物を残して出て行ってしまった。橋の下にいるよりはましだし仕方ないので男が帰って来るまで大人しく待っていよう。それまでの間だけ、誰の邪魔にもならないようにしていよう。

「お頭、サキヨミが拾うて来た子ですが、どうしたもんでしょうなぁ」

「ああ青い目の子か。今は、何処におるんや」

「サキヨミとスバシリの家に居りますが」

「サキヨミ・・・スバシリもふたりとも仕事で里をあけておるやろ」

「あっ、そうでした。こりゃいかんわ」

「行くぞ」

「どちらに」

「どちらも、どうもサキヨミの家にや」

お頭の八咫と世話役のフクミミが、あたふたとサキヨミの家に行くと、暗い部屋の中でじっとしている子供を見つけた。フクミミが、突然涙を流しながら

「ここにおったらええ。このお頭が、お前をよそにやるわけがない」

「なんやお前、何か聞こえたんか」

「お頭、こん小さい子が可哀想に・・・」

フクミミには、声に出さない声が聞こえる。じっとして話もしないその子が、自分は邪魔者だから早くここを出て行かねばならないと言う声が聞こえた。幼い子の悲しみがフクミミの涙を誘った。その話を聞いて、頭の八咫がすんすんと鼻をならす。八咫であるテングは、人の匂いをかぎ分ける。外側につく匂いではなくその人の匂い、良い人の芳しい香り根っから腐った者の鼻の曲がりそうな臭い。その子の匂いは、清々しい木々の匂いがした。

「ええ匂いがする。辛い事が多かったやろうに、よう我慢したなぁ。坊主、名前はなんや」

「名前・・・おいとかコラとかって呼ばれとった」

「・・・そうか、また分かりにくい名前やな。アオメやな、坊の名前は、アオメや。その綺麗な眼にぴったりや」

「綺麗な眼・・・アオメ」

眼を褒められたのは、初めてだった。名と言うものを付けてもらったのももちろん初めてだった。

「ここの奴等は、仕事でな当分帰って来んからな・・・一緒においで」

八咫は、アオメの小さな手をとり、後ろにフクミミを引き連れて館に向かって歩き出した。里の者達は、それを見てアオメはこの里の者になったと理解した。

アオメが、館に引き取られてからひと月程して、仕事から帰ってきたサキヨミがやって来た。

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