第15話

翌朝は、いつも通りわいわいと朝から騒がしい。八咫が、ごろごろしていると

「お頭、いつまで寝てますのん。早う起きてくださいよ」

「そうですよ。一人でずっと飲んでたんでしょ。ずるいな」

「ああ、ごめん ごめん。二口と…芳一は」

「二人は、荷造りしに行ってくれてます。昨日、遅なってそのままやったから、これで何時でも主発つできます」

「そうか、ほな飯食っていこか」

話していると、二口と芳一が二人子供を連れて帰ってきた。

「もう、お前しつこい」

「あんたには、なんにも頼んでない。そっちのひとに頼んでんだ」

「あんただと、おまえなぁ」

「二口、やめとき。お前らも人にものを頼む時には、礼儀ってもんがあるやろ」

「・・・ごめんなさい。でも、昨日 作ってもらったこれ、俺が壊しちまって・・・なおらなくって」

「兄ちゃんもういいよ。帰ろうよ」

芳一は何も言わずに、その子の手から細工物を取り上げると懐から取り出した。小さな刀で直してやった。

「ありがとう」

二人は、頭を下げて出て行った。にやにやした他の者の目線に気付いて、芳一は咳払いを一つする。と、突然キクがポロリと涙を流した。

「俺にもこんな事があった。なぁ、二口も一緒におったやん」

「なんやどうしたんや」

「小さい頃、バッタのおっちゃんが二人にって細工物作ってくれた。んでも、俺と二口と取りっこして壊してもうたん。二人で泣いてたら・・・おっちゃんまた直してくれはった。あそこで、俺らは大きなったんやな・・・」

キクは、遠くを見るような目をした。芳一は、優しい顔でそんなキクの肩を抱いていた。


箱根の山を越えると後は、そう日もかからず江戸に入れるようになる。品川の宿に入って今まで引いてきた荷を全て、相模屋の出先に預けて相模屋の荷として江戸に入れてもらう。

幻想奇団は、ここからすでに始まっている。人を欺き、惑わす。

五人は、いつもここで虚無僧のいでたちに着替えて江戸の舟問屋である相模屋に向かうことにしている。相模屋の裏口に回るとごく自然に勝手口から入っていく。店の者も常の事のように軽く頭を下げて皆を離れの部屋に案内していった。旅装を解いていると、相模屋の主人嘉平が部屋に入ってきた。大店とは、言わないまでもそこそこ江戸で羽振りのよい舟問屋の相模屋嘉平は、恰幅のいい大柄な男であった。商人と言うよりも剣客のような隙のない振舞いと雰囲気を持っている。それと八咫とは、逆の眼が白そこひで白く濁っている。日に焼けた顔にその部分がやけに異質に見えていた。

「こんなに早くお出ましになるとは、意外でしたな」

八咫以外の四人は、嘉平の姿をみて居ずまいを正して頭を下げて挨拶をし、嘉平も静かに会釈を返した。それでも八咫は、着替えの手を止める事もしないで

「意外も何もこれが仕事やからな。呼んでもらえば何処でも行く」

相模屋で内湯を貰い食事をすると皆同じ座敷で床をとった。夜中になって一人で、縁側にでてぼんやり月を眺めていると声が掛かった。

「今回は、どうした。ここまで仕事もせずに江戸いりか」

嘉平の声に振り向きもせずに、八咫が応える。

「おおよ、今度ばかりは意中のお人の気がしてな」

「また、なんでや。あれから十年もたってんやで・・・」

「十年か。なかなか尻尾を掴ませてくれへんかったが、やっとや」

「渡海屋がそれやと言うのか」

「まあそんなとこかな」

「・・・」

嘉平の顔が月明かりに照らされると、そこにはおさまりよく赤い瞳がみてとれた。普段薄いガラスを入れて白そこひのように見えるようにしているが、同じ八咫者の前では必要のない事。嘉平は、アカメと言う八咫者であった。八咫者の中には、江戸や京大阪で世俗の仕事を持って里人の仕事の手伝いをする蔓役と呼ばれる者たちがいる。蔓役は、里と言う内と外界を繋ぐ者。外で仕事を受けて八咫者を手配する。四年を切りに入れ替わることになっていたが、アカメに付いてはもはや帰る里もなく相模屋嘉平として生きている。里でおこった凶事の折嘉平は、蔓役として江戸に出る旅の途中にあった。先の蔓役と引き継ぎをして違う店を興す決まりであったが京の蔓役ガンプクが姿を消した事から先代の江戸・大坂の蔓役は有無も言わぬ間に里に返されていた。京、大坂はもう少し様子を見る事になったが、江戸には急ぎおく事になって次の蔓役に決まっていたアカメが主発した。其れゆえ他の所の蔓役は、もうこの世になく。八咫者と呼ばれる者は、今ここにいる六人をおいて他にはいない。

「アオメ、いつまであの事に拘るつもりや」

「・・・」

「ええかげん、八咫の鏡でもないやろ。あれはほんに不思議な鏡や。人の寿命を教えてくれる。そやけど、それだけのもんやろ。もう八咫者もここにいるだけや。家族や子を作るような者はおらんやろ。お前らが自由に生きてそれでええやないか」

「アカメは、賢いからな。お前の言う通りやと思う。確かに俺にとっては、八咫者はどうでもええ事やが、あいつらにとっては、八咫者である事は大きいことやし、あの夜の事は俺にとっても忘れられん事なんや。それにな、これのせいで俺らは今でも見も知らん奴に狙われる。俺はこんなもん誰かにくれてやってもええんやけどな・・・そうもいかん。この凶兆を誰に押し付けろと言うんや。俺には、出来ん」

「お前がそれを手放してもええなら・・・ええお人が居るんや。その方やったら・・・」

嘉平が話を続けようとすると、八咫が口に指を立てた。それで嘉平もはっとすると静かに頷いた。暫く二人してぼんやり月を眺めていると

「まず、もう大丈夫やろ」

「芳一か。俺もだいぶに焼きがまわったようや。気が付かなんだ」

「ああ、別に聞かれて困ることやないが、聞いてしまったと言う気がのこるやろ。寝ている間に無意識に耳が開くみたいやからな。まぁ、わざとやない。勘弁してや」

「まぁ、さっきの話は、今度の件がすんだらでええ・・・。渡海屋は、一代前の主が大きいした店でな。表向きはただの呉服問屋なんやが、裏では抜け荷から人殺しまで、なんでもござれで儲けてるようや」

「調べてくれたんか」

「まぁな。これでも蔓役やからな。まぁ、もうこれ位の調べはついているんやろ」

「いや、ありがたい。こうやって泊めてもらうだけでも感謝してるのに」

「相変わらず、噓がないな」

「お前のまえで、嘘つくほどアホやない」

アカメの眼には、他人の真が見える。

子供のころ、どんな風に見えるのかと聞いた事があるがそんなもん見ればわかると言う。そしてつくづく顔を見られて、

「アオメはいつも変わらんな」

「ええことなんか。褒めてるか」

「うーん、どうやろな。ええことやけど、お前がアホやていう事や」

「なんや。褒めてへんやんか」

「ほんでも、俺の友達やからな何処へも行くなよ」

子供のころからアカメは、ずっとそう言っていた。

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