第14話

その後は、別段かわった事もなく箱根の山にさしかかった。難所と言えばここが一番の難所となる。険しい山道も彼らにとっては、さしたる事はないのだが出来るだけ普通に騒動を起こさずにするなら関所を通ることになる。そしてここを穏便に通り抜けるには、役人相手に半日は芸を見せなければならない。関所の方は、京、江戸でも評判の一座がここを通ると知って、大勢の見物人が彼等が来るのを待っていた。関所での見聞が終わる頃には

陽はとっぷりと暮れていた。役人達は、大層喜んで宿屋の用意までしてくれた。普通の宿で、食事もでるし、風呂もある。恐縮しながらこの山の中甘えてそこで泊まる事にした。

宿の中でもひと際変わった一団は、目をひき子供達がついてくる。八咫の者達は、子供には優しい、普段愛想のない芳一さえも懐刀で竹細工を作ってやる。

「このまま旅をすんのも楽しいかも」

「おお、そうやな。それもええかもしれんな」

「そうでしょう。ね、頭 江戸の仕事が終わったら北の方にも行ってみましょ」

「こら、キクあかんよ。栄西さんが、待ってはるやろ」

「あっ、二口のせいや。術といたやろ」

「お前、ってそれは・・・」

「キク、すまんな。俺が、頼んだからな」

「あっ・・・わかってます。そしたら、今度は栄西さんも一緒に行けばええですやん」

「それ、楽しそうやな。身の回りの事は、うちがするし。ええなぁ」

「キクも、乙ねいも・・・」

二口が、何か言いかけると芳一が

「栄西さんは、来やへんよ。あの人は、俺らが危ないもんやと身をもって知ってはる。まして、自分が足手まといになる事をよしと出来るような人やないやろ。俺らは、何をしてても八咫の者なんや」

「芳一さん、そこまで言わんでも」

「キクも乙も、二口、お前にしても直ぐに忘れてしもうてる。俺は、大山で起こった事が忘れられへんよ。いつでも、何処でも起こる事なんや。ここに居る者は、八咫さんの言う通り命の心配はせんでもええがな。命があるだけやったらどうしようもないやろ。何時、皆の足手まといになり下がるか、その時の事を考えたら俺は怖いわ」

キクが、何か言い返そうとしているので、二口と乙が止めようとしているが

「何時でもそうや。俺らは、楽しい事なんかする事も、考える事もあかんねんな。いつでも大山での事って・・・俺は、あんな事早う忘れてしまいたい」

その一瞬で、芳一から溢れるように殺気がこぼれだした。三人が息を飲んだ。すると静かに八咫が頭を下げた。皆が驚いて、八咫の方を振り返る。

「皆、すまん。俺が皆を縛っているんや。キクや二口、乙が自由になれんのも、芳一を大山から離してやれんのも。悪いと思ってはいるが・・・

俺は、皆を離してやれん。そこの所は、諦めてくれんか。そやから文句は全部俺が聞くで」

「お頭は、聴くだけやん」

キクが、泣き笑いの声で呟いた。後の者は、それを聞いて笑い出した。

「そうやな。聞くしか出来んって、なんもせんって事やもんな」

八咫が一番笑っている。人一倍の力と明晰な頭脳も胆力もあるのに、宿命と言うものにガッチリ抑え込まれ取り込まれているのは、八咫本人に違いない。それでも文句も言わずに、それに従っている事を他の者も知っている。自分の事より周りの者、特に自分達を大事に思っていることも。そんな八咫が、頭を下げればキクにしろ芳一にしろ揉めている場合では無くなる。

「芳一さん、ごめんなさい。ほんまにごめんなさい・・・」

最後は泣き出してしまってなにを言っているのかもよくわからない。それでも言い過ぎたと反省している事は嫌と言うほどわかった。芳一の方も肩の力が抜けて、いつもの冷静な様子に戻っていた。

「俺も言い過ぎた」

「よっ、仲直りできたようやな。よし、今日は飲むか。二口、酒頼んできて」

「はい」

「二口、私も行くわ」

夜遅くまで酒を飲んでキクと二口、乙の三人は潰れて寝てしまっていたが、八咫と芳一は縁側に座って、庭から続くその奥をぼうっと眺めていた。

「珍しいですね。三人とも潰れるやて」

「ああ、まあ潰れるように飲ましたんやがな。たまにはな、島を出てからずっとゆっくり出来んかったからな」

「そうですな。・・・先程は、申し訳ございませんでした。つい気が溢れてしまいました。・・・あの時、キクの話を聞いていてなんでか昔の自分を思い出してしまいました。俺ね、こんな事言うたらお頭にも他のもんにも嫌われるか知れんけど・・・里がのうなったあの時、なんや嬉しい思う気持ちがあったんですわ」

「・・・」

「里のもんがあんな目にあったのに、最低ですわ。ほんでも、里の外で仕事をしてても何処かでいつも俺の性根を掴んで離してくれへん楔みたいなもんからこれでやっと自由になれる思たら、乙を助けて逃げてた時も、先代のお頭の話を聞いてたあの時も・・・なんか浮き立つもんがあったんですわ」

「・・・それが十年で変ったんか」

「はあ、十年いろいろ見て聞いて・・・ああ、あそこに帰りたいて思うようになりました。あの日の事は、忘れたらあかんのやて思うようになりました」

「そうか。そうやな、そろそろ決着をつけなあかんようやな・・・それとおそらくな。お前が、気を上手う使われんのはここの土地のせいや。いくらお前でも、この状態は辛かったと思うで」

「この状態って・・・何か聞き逃してましたか」

芳一は、今までの無防備な様子ではなく。明らかに周囲に耳をそばだてている。

「そんな力いれんとき。いや、聞き逃すてそんなたいそうな事やない。ただなここの山の気配に俺もやけどあてられてるやん」

「山の気ですか。箱根は何度も来てますが、今までこんな事なかったやないですか」

「うん、そうやねんけどな。実際な今までも俺は、なんとなくやが感じとったんや。ここに来ると何か身体がむずむずしよるって。昨日は、とくに濃いような気がしてたんや」

「・・・そうでしたか。気配を読む力は、お頭の方が強いですからね」

「ああ・・・俺の出来損ないの神付が、山のこの気配の中に里の気を感じるんや・・・地脈って言うもんやろか。ここに来るとな見えるんや」

「えっ、お頭には、八咫の里が見えてはるんですか」

「ああ、見えるで・・・村の外れの大きな桜の木も川の溜まりも目覚めの大岩も全部見えるで・・・」

八咫が、芳一を振り返ると芳一は、さっきと同じように深い山の奥を眺めていた。

「芳一、こっちにおいで、多分大丈夫やと思うんやが・・・」

芳一が、八咫の方に膝を進めると

「目、つぶって」

眼をつぶった芳一の額の上に八咫は、ゆっくり手をかざした。芳一の身体が一瞬こわばっり、力がぬけた。閉じた目に、懐かしい故郷が見える。変わらない木々や川が、そして、館が見えた。あの時火の海の中、燃えた故郷が変わらず見えた。芳一の閉じた眼から涙が幾筋もこぼれておちた。

「月がでてるやろ」

「はい、館の上に出てますわ」

芳一は、声を絞って泣いた。

「もうええから、お休み。芳一」

芳一の身体から力が抜けてそのまま崩れるように横になると、直ぐに寝息をたてはじめた。八咫は、そんな芳一を優しく見てから、また一人ぼんやりと遠くを眺めていた。

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