第11話

「先程からの失礼、お許しください。手前この一座の座頭を務めます。八咫と申します。金の話を聞いてもびくともせん、逆に断りを入れてくるその態度、感服致しました。誠に都合のええ話ではございますが、改めて此度の事、お引き受け願いたい。我らの生業は、先程も申し上げた通りの見世物一座でございます。それに嘘いつわりはございません。ただ一族の業を背負っております。正直その業の深さ故、何かと血生臭い事になる事も多ございます。それでも、天地天明に誓って間違うたことは、いたしておりません。どうか引き受けたの一言を・・・」

源治も座り直して、両手をつくと

「こちらこそ、不躾なことを申し上げました。主より言い使って御座いますし、何よりそちら様の事をお手伝いさせて頂きたいと本心思っております。此度の事、引き受けさせて頂きます。どうぞよろしくお願い申し上げます」

「有難い。こちらこそ、よろしくお願い申し上げる」

互いに顔を会わすと、八咫はにっこりと今度は子供のように無邪気に笑った。それを合図に後ろに控えていた男達が、足を崩した。

「もう、源治さんが気の毒やん。源治さんが悪い人やないて始めから解ってたのに」

男達の中で、一番年若く見える色白の男が八咫に向かって口をきいた。それを皮切りに皆口々に話し始めた。

「そりゃあ・・源治さんは、ええ人やと思うたけど、嘉平の紹介ちゅうだけで、俺は考えた訳よ」

「それでも、お頭 あれはアカンですよ」

「わかってる。そやから謝ったやろ」

「えっ、そんでも」

「キク、もうお頭にからむなよ」

「二口は煩い。黙って」

「二人とも、お黙り。お行儀が悪い」

「「乙ねい・・・」」

三人の男達がわいわい話しているのを八咫は、楽しそうに眺めている。源治は、そんな様子にどうしたものかと思っていると、もう一人の男と目があった。男は、軽く頭を下げると八咫に向かって声をかけた。

「お頭、俺らも源治さんにご挨拶をさせて下さい」

「そうやったな。ほら、キクからご挨拶し」

言い争っていた三人は、互いに顔を見合わせてから大人しく座り直した。

年若く見えた男は、鼻から口にかけて厚く布を巻いている。顔の半分ほどが隠れているが出ている部分だけでも美しい容姿が想像できる。髪は、白い肌の色と同じように薄い茶色で、話に聞く異人のような色をしていて、それを幼子のように切り揃えていた。

「キクと申します。一座では南蛮カルタを使うた芸をお見せしております。お見受けの通り五人の中では一番の若造です。何かご無礼がありましたら、若輩者のする事と大目に見てもらえば嬉しゅう御座います。以後よろしゅうお願い致します」

キクは、顔をあげて源治にニッコリ笑いかけた。源治は子供のような笑顔であるのに、そこに老婆のようなしたたかさを感じた。源治が思っていると、次の者が頭をさげて挨拶しだした。

「お次に控えしうつけ者は、二口と申します。手前は、一座で声帯模写をやっております。一度聞いたものでしたら、どんなものでも真似てご覧にいれまする。ご覧の通り何処の馬の骨かも分からんもので、ご無礼ありましたら平にご容赦くださいませ。以後よろしゅうお願い申し上げます」

次の男は、先程のキクとは違って浅黒い肌に短い髪をしていた。細身だが鍛えられた身体をしていた。変わったところと言えば、こちらは首に白い晒を巻いていた。キクと同じように顔を上げると、大きな瞳でじっと見つめられた。こちらも目をそらす事が出来なかった。そんな様子を一括で吹き飛ばす声が響いた。

「二口、何じっと見てんのん。源治さん困らはるやん」

「ああ、すんません」

「そうやで、二口」

「なにい」

「キク、二口ええかげんにしぃ」

次に控えていた者が、大声で怒鳴ると二人は直ぐに静かになった。

「ほんまにすいません。行儀が悪うて。ああ、うちの番でしたね。乙って申します。一座では、怪力で芸してます。まあ、それしか能がないので・・・それと、こんなにデカい者が気色悪いと思われますがよろしくお願い致します」

乙はそう言って、頭を下げた。乙は、五人の内で一番背が高く痩躯ながら立派な体格をしていたが、長い髪を後ろでまとめて赤い珊瑚玉の付いた簪をさしていた。たまに裾から見える着物の裏には真っ赤な地に桜の花を散らしていた。とんだ虚無僧がいたものだ。そして、なんといってもその風体が良く似合うほどに美しかった。源治は、不躾に声もなく乙に見入ってしまっていた。乙はその視線に気が付いて、恥じらうように笑った。

「いややわぁ。そんなに見られたら色々アカン所がばれてまう」

「いや、これは失礼致しました。あまりにお美しいもんでつい・・・申し訳ございません」

二人して、頭を下げ合っていると

「源治さん、そないに気にする事はないよ。乙、喜んどる」

「お頭、そんなん恥ずかしいやん。いややわぁ」

源治は、申し訳ないともう一度だけ頭を下げた。その時、横にいた男が聞きずらそうに耳を傾けて聞いている事に気が付いた。その男が、最後の一人が話し出した。

「最後になりました。芳一と申します。手前は、一座で短刀投げの出し物をしております。見ての通りこの四人の中では一番年嵩がいっております。座頭が居られん時は、手前に言って、頂ければ差配させて頂きますので、宜しくお願い致します」

源治が、今までよりも少し大きな声で、ゆっくりと挨拶をした。

「丁寧なご挨拶ありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します」

芳一は、一瞬驚いた顔をしたが、にっこり笑って

「申し訳ございません、要らぬご心配をおかけしました。それにしても、源治さんは、よう気がまわるし、その上優しいええお方ですな」

源治が、その言葉の意味をどう捉えてよいものか考えあぐねていると、八咫が口を挟んだ。

「ほんまにそうやな、嘉平がええ方を紹介してくれた。源治さん、芳一は別に耳が不自由な訳やないんや。ちょっと不都合はあるんやけどな、心配はいらん。芳一だけやない。俺にしても他の者も見た目何処か可笑しいわな。それでも何も聞かんと・・・今、少しそれに甘えさせてもらえませんか。まぁ、源治さんには、我らの話を聞いてもらう事になるような気がするが、もう少し先にさせて下さい」

「へんに気をまわして申し訳ございませんでした。あっそうでした。まだ、お聞きしてない事がございました」

皆が、身構えて源治の方をみるのを見て、嬉しそうな顔をして

「皆さんでもそんなお顔をなさいますのか。いや、ただまだ八咫さまがどんな芸をされるのか聞いてなかったと気がついたんでございます」

皆、ほっと息をつくと

「「お頭、ちゃんとせな」」

八咫が座り直すと、後の四人も同じように身を正して控えた。

「あらためて御挨拶させて頂きます。手前、南蛮奇術一座「幻想奇団」の座長を務めまする。八咫と申します。座では、軽業と南蛮の奇術をお見せ致しております。源治さんには、これ以後わたくしともども幻想奇団よろしくお引き回しのほどおん願い奉りまする」

大仰なふりを付けて五人共々頭を下げた。


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