第10話

この男達と初めて会ったのは、もう三年も前の事になる。

源治はもともと、江戸の相模屋の番頭をしていた。相模屋の主である嘉平に仕事を手伝って欲しいと請われて、大店の手代であったのに暇を貰い嘉平の仕事を手伝った。世の先を読む力とその度量に惚れて十年程経って隠居を考えていた時に、主人の嘉平から京で飛脚問屋の主人にならないかと言われた。細かい仕事は、仕事に慣れたものを雇えばよいのでと言わて、家族もいない天涯孤独の身の上には、有難い話だとこの話を受けることにした。ただ受けるに当たって、京の情報が欲しいので、相模屋の商売に関する事を聞いたら何でも直ぐに知らせてくれと言われた。ああ、なるほどと合点がいった。このご時世上方の事が、江戸での商売に大きく響くのは当たり前の事、旦那様の考えることは違うなと思った。だが、嘉平の言ってきた条件がもう一つあった。

「源治、すまんがもう一つ頼みたい事がある。これは、相模屋の仕事とは別の事や。断って貰っても構わんが、出来れば引き受けてもらいたい」

「断るなど、今までお世話になった旦那様の事 どんな事でも引き受けさせて頂きます」

「そうか、有難い。ただ、命に関わる事になる。引き受けたあとで、断って貰ってもかまわん」

命に関わると聞いて驚いたが、それと同時にどんな事かと興味がわいた。

「承知致しました。どれ程、お役に立つかは分かりませんが出来る限りやらして頂きます」

「そうか、あのな ある者達の世話をしてもらいたい」

女、子供のことが頭に浮かんだ。顔にも出たのだろう。

「ふふ・・そんな色っぽい話やない。男が五人。金や暮らしの事やあない。仕事の手伝いをしてやってほしい。南蛮奇術のような見世物を流しでしているんやが、そこそこ人気があってな。色々お呼びがあるんやが、商売に向いている者がいなくてな。私が面倒を見ていたのやが、私の方も忙しくなってきたし、奴らの人気も上がってきた。出来れば、専門に面倒を見てもらいたい」

「興行師をやれと」

「いや、そんなにかたく考えてくれなくてもいい。商売の片手まで十分や。なんせ何の売り込みもせんのに、向こうから金を積んで見たいと言ってくる。源治には、気ままな奴らに代わって日時と場所、金の受け取りをやってほしい。大きい金が動く、取り分は奴らが六で、こちらが四。けっこう儲かる」

「はい、でその方達はどちらにおいでで」

「源治の店があきしだい、こちらから店の場所を伝えて会いに行かせる。そいつらに会ってお前が、いいと思えば引き受けてくれ」

「あの、旦那様さきほどの命にかかわるとは、どういう事でございましょう」

「ああ、それも会ってもらえれば分かる」

主人の嘉平からその話を聞いてからとんとん拍子で話が進み、三月もかからぬ内に京に大鹿屋と言う飛脚問屋を開いて、商売を始めることになった。そこにある日、虚無僧姿の五人の客がやって来た。

「ご主人の源治さんに取次をお願い致します。江戸の相模屋さんからのご紹介で参りました」

と丁寧な挨拶をされた。店の奥に招き入れて、天蓋を脱いだ姿をみて驚いた。明らかに五人が五人とも姿形からして、普通の者ではなかった。小柄な男が一人座敷に座り、後の四人は廊下に控えている。話し始めた男は、小柄で細身だが見るからに強靭な様子で、何より顔の片側を隠す程に大きな眼帯に気がいった。

「主、相模屋 嘉平の方から話は聞いております。てまえで、お役に立てる事が御座いましたらどのような事でもお手伝い致します」

小柄な男が、少し驚いたような顔をして笑みを浮かべた。

「有難いお言葉、感謝申し上げます。で、私共のことを嘉平さんから何とお聞きですか」

「色々なところで、南蛮奇術をお見せになってそれを生業にされていると、そのお手伝いをしてくれと聞いております」

「そうですか。他にも何か聞いておられませんか」

優しい言葉使いなのに有無を言わせぬ含みがある。蛇に睨まれた蛙のように全身からいやな汗が出て来た。しかし、他に嘉平が自分に言ってきた事と考えて思いだした。命に係る事とは、覚悟を決めてその事を訊くことにした。

「・・・主の方から不思議な事を言われました。もしやすると、命に係ることになるかもと・・・」

男は、ニヤリと笑った。

「ふふ・・そんな事を言うておりましたか、ではまず我らが生業は、仰せの通り南蛮奇術の見世物。これでも色んな方からお声がかかります。見たいと仰せのお客様と手前どもの橋渡しを源治さんにお願い致したいのが、第一。お礼の方は嘉平の時と同じ稼ぎの四割をそちらで取って頂いてけっこう。我ら相場は、一人一芸切り餅が一つ。お客様は金にいとめは付けない方々で、一つの興行四、五百両はざらでそんな悪い話ではございません」

話しているうちに、源治の表情が曇ってきた。

「このお話、お断りさせて頂けますでしょうか」

男は、さっきからのニヤニヤを崩さないで、たたみかけるように続ける。

「どうしてですか。ええ話やと思いますけど・・・」

「へぇ、有難い話やと思います。けど、長いこと商いをしていると、勘みたいなものが身に付きます。初めは、嘉平の旦那様から頼まれた事まず間違いはないと思っておりましたが・・・私のその勘と言うやつが、ざわざわしおります。これは、旦那様が仰っていた命に係わる事やと・・・手前は、もう歳ですし、身内もおりません。死んでも惜しい事はございません。それでも、何の話も聞かずに金に釣られて命を売りとうはございません」

源治がきっぱりと断ると、男はニヤニヤ笑いを止めた。居ずまいをただすと、後ろに控える男達もそれに合わせて座り直した。五人が共に深々と頭を下げた。

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