第9話

朝になって、店の裏手に出ると大きな大八車に大小幾つもの行李が積み重ねられていた。皆で荷の確認をして、其々自分で持参した物をその中に片付けていると、そこに源治が顔を出した。

「おはようございます。一応いつも通りに荷を拵えましたが、足りんもんがございましたら直ぐに用意いたしますよって、お知らせ下さい」

八咫が他の者の顔をみると、みな頷いて見せた。

「源治さん、毎度の事ながら何から何まで用意してもろて、ありがとうございます」

「よう御座いました。本当のところお食事でもと思うておりますが、おそらくもう、お立ちやと思いまして弁当の用意もしてございます。・・・でお急ぎのところ、爺の我儘を一つ聞いてやってもらえませんやろか」

「何から何まで・・・どんな事でも聞かせてもらいますよって、言うてみて下さい」

八咫も他の者達もその表情は、優しい。源治が、遠慮がちに口にする。

「衣装とは別の物、用意致しまして・・・気にいって頂ければ良いのですが」

裏手に面した座敷に、五つの桐箱が置いてあった。

一番近くにあった桐箱をキクの前に置くと、蓋を開けてその中身をみせた。額から目の部分と口もとがない能の面が入っていた。

「これは、何ですか。面ぼですか」

「へい、面ぼです。能の面の職人に頼んで、特別に作らせました。普通のもんやとキクさんには、武骨な気がしましてな。小面を作ってもうてそれにちょと手を入れました」

キクが顔にかかっていた布を払うとその面を付けてみるピッタリと顔にはまる。隙間もなく普通に生活できる程の匂いで、息をするのが楽に感じられた。それに微かに伽羅の匂いがする。

「伽羅ですか」

「へい。って言いたいところですが、流石にこの身代では無理でございますよって小さい欠片を一つ埋め込んでもらいました」

「ああ、それでもええ匂いです。なあ二口、似合とるかな」

キクの白い顔に無機質な小面が、妙に艶めかしい。

「ええんとちゃうか」

「へへ・・・ おおきに、ありがたく頂戴します」

「気にいって頂き、よう御座いました。ささ皆さんにも、ございます」

源治は、そう言って各々に桐箱を渡していった。

二口には、唐物の更紗で出来た首巻きを

「二口さんには、藍がお似合いですな」

乙には、鋼のはいった靴を

「これ、あちらの履物でしゅうずって言うらしいんです。抜け荷の品やなくちゃんと長崎で手に入れて細工しました。普通の者には、履けんものですが乙さんやったら大丈夫ですやろ」

芳一は、桐箱をそっと源治に返した。

「今回の物は・・・」

「そんな遠慮しはらんといて下さいな。ああ、お気に召しませんでしたか・・・」

「いや・・待ってくれ。違うんや」

「そうやあ。芳一さんは、気にいったんよ。芳一さんの仕事は、荒事が多いから着てる物がよう汚れるねん。うちとちごうて、きれい好きやからな。好きなもんは、汚しとうないんよね」

「・・・」

「そうでおましたか、そんならこれは、仕事が終わってお帰りになる時にでもお持ち下さい。それまでは、この源治がお預かりいたしますよって」

「・・・すんません。そうして頂けると有り難い」

「へい、喜んで。で」

八咫の方をみると、八咫がちょうど眼帯を外している所だった。長い付き合いではあるが、そう拝むことのない青い瞳がこちらを見ているのに驚いた。そして、自分が送った西洋の眼鏡をかけようとしているのに気が付いた。

「八咫さま・・・」

源治が用意した色の付いたガラスは、八咫の青い瞳をおおい隠したが、そこから漏れる微かな光にさえ何から何まで見透かされたような気がした。八咫の青い目を初めて見た時その光に心底驚いた。仲間の者達もお頭のあれは、神さんやからな。意味が解らず聞いてみたが、笑ってその時は聞き流された。

「お頭、青いの漏れてる」

「何がや」

「あかんです、それはあかん・・・」

「あかんか。残念やな」

「座敷の小物で使ったらどうですか」

「そうやな。ちょっと見た目は、面白いかもな。源治さん、すまんがこれは仕事の時に使わせてもらうわ」

「いやいや、申し訳ございませんでした。八咫さまに失礼を致しました」

「何がですか。俺らも楽しませて貰ってますよって気にせんといて下さい」

源治は、この様に男達と話す事が出来るとは思ってもみなかった。

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