第7話

「どこの誰に仕掛けるんや。我らに喧嘩を売るとは、命知らずにもほどがある」

「二口、三猿やで」

キクが先程の言葉を言うと、傷が応えた。

「・・・しょうもないが、主の命には背かんわ」

しばらくすると、脇道からどこの家中か分らぬ一団の姿が見えた。中の一人に声をかけられるその瞬間、あの奇妙な声が響いた。

「命がほしくば、見ざる聞かざる言わざるや。そのまま行け」

立ち止まって声をかけようしていた者も、そこにいた他の者達も何もない事のように通り過ぎて行く。

「おおきにな、二口。もうええで」

「はい」

「おやすい事で・・・」

二口は、ニヤリと笑う開いた口を先程とは逆に右から左になぞってゆく、口はまたもとの傷にもどって白い首を飾っていた。二口は、そこに緩く首巻を巻いた。普段の二口も暗示で人を動かす事など簡単な事だが、首に浮かぶ口はそれ以上の力がある。聞いた者は逆らう事がまず出来るものではない。今のように必須の折に二口はこれを使う。四人は、また黙って京の町を静かに進んだ。商家の並ぶ通りに出て大鹿屋の看板が上がった店の前で足を止めると、潜り戸がふいに開いた。

「早かったですね」

にっこり笑って出迎えたのは、先に京に入っていた芳一だった。

「聞いてたやろ。二口のおかげで、すんなりいった」

「そうでしたな。濯ぎの用意してもらってますよってどうぞ」

四人が店の中に入ると、店の奥から主と思える人物が出て来た。そこそこ歳はとっているものの偉丈夫な男が、八咫の顔を見るとその場に手を付き畏まった。

「お久しぶりでございます。ようお越し下さいました。昨日、芳一さんがお見えになって

お出ましやと思うと嬉しいて・・・ほんにお待ちしておりました」

「久しぶりやな源治さん、変わりなくて何よりや」

「相模屋の旦那様には、早飛脚でお知らせしております。ゆっくりとお休み頂きたいところでおますが、明日こちらをお立ちになる手筈も整えております」

「そうか、おおきにな。取りあえず今日は、ここで休ませてもらうよって」

「はい、もちろん何よりでございます。風呂も食事も用意しておりますので、おつかい下さいませ」

食事をとり、商家には珍しい大きな内湯を貰ってから芳一を入れて五人で、部屋の中で

落ち着いて顔を合わせる。

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