第6話

八咫が屋敷の前に戻ると、キクと二口がそれぞれ小さな荷物を振り分けて持ち、乙が大きな風呂敷包みを背負って待っていた。

「お頭、もうよろしいか」

「ああ、もうええで。いこか」

まだ、暗い道を歩いて湖畔に出ると、キクが先程の連中が乗って来た舟を引き出した。

「わりあいとええ舟でしょ」

「そうやな」

皆が船に乗り終わると、乙が一人で櫓を漕ぎだした。

「いつもの浜でええですか」

「それでたのむ」

「はーい」

舟は静かに湖面を進む、二口がふざけてキクを怒らせては、乙が二人をたしなめる。そんな話しを聞いているのかどうか八咫が静かに眺めている。ほんのり周囲が明るくなる頃、人気のない浜に舟は着いた。荷物を持って、浜に降りると乙が手刀で舟底に穴を開けてそっと沖に舟を押した。舟は、ゆっくりと沈みながら浜から離れてやがてすっかり姿を消した。

それを見届ける事無く四人はそれぞれに荷物を持って、藪をはらって街道沿いの道なき道を行く。獣も通る獣道を行くが彼等の力を素直に感じる野生の物達は、息を潜めてその歩を邪魔する事はない。休むこと無く京の近くまで来ると、里山沿いに建つあれ寺に慣れたように入って行く。

「ここで、一服ですね」

「ああ、お疲れやったな。キクは、悪いが少しだけ気いつけといてくれるか」

「はい」

キクは、鼻の上まで巻いた布を少しずらした辺りには紫檀の香りが微かにかおるが、そんな事など無いように周りの匂いを一つ嗅ぐ。

「ここらの在の者が、逢引きに使うてたぐらで怪しい者の匂いはないです。ちゃんと気つけておきますよって、ゆっくりして下さいね」

じっと潜んで夜になるのを待つと、四人は闇の中に出て来た。キクが布を元に戻すと代わりに八咫が左目の眼帯を静かにずらした。現れたのは、夜目にも鮮やかな青い瞳だった。先をじっと見つめて、歩きだした。神付ではあるが、皆その力がよく分からない。八咫自身、出来損ないの神付やから俺もよう分らんと言う。

しかしその青い眼は、仲間を勇気づけるには十分で、何かはわからない力ながら皆、信用していた。

「この先は、取りあえず大丈夫そうやけど、何かの時は・・・二口頼むわ」

「三猿でよろしいか」

「見ざる聞かざる言わざるやね」

「ああ、それでええ。何処の奴が来てもそれでええ」

八咫の青い目を先頭に、京の町中を目的の店を目指して歩く姿は百鬼夜行の怪しの者のようだった。そのうち急に八咫が、二口の方を振り帰るとにっこり笑った。二口は、首に巻いていた首巻を少し緩めた。その首は、浅黒く張りのある肌に何かですっぱり切られたような傷が横一文字にあった。二口が指でその傷を左から右になぞると傷は、まるで人を馬鹿にしたように歪んで奇妙な声で呟いた。

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