第5話
「おう」
「島中 臭うてきたけど、あいつらが乗って来た舟位であとは、よそ者の臭いはせんかったです」
「そうか、ご苦労さん」
「俺も掃除手伝います」
「ああ、ここはええからキクは、荷物作ってくれるか。明日から旅に出るからな」
「えっ、何処に」
「まぁ 取りあえずは京かな」
「やった。仕事道具も持って行きますかぁ」
「ああ 裏のも、表のもな」
「承知」
キクがいそいそと屋敷の中に入って行くと島中に、二口の声が響く。低い声、高い声で幾度も同じことを繰り返す。
「八咫の者は、明日より消える。ぬしらが覚えにあらぬ者。よそ者来たりて、それを問うても知らぬ者なり」
掃除も終わって箒を片して待っていると、二口の姿が見えた。少し疲れたかふらふらしている。大勢の者に広い範囲で暗示をかけるには、それだけ力を使う。
「お、ご苦労さんと言ってやりたいが、付き合ってくれるか。もう一仕事、頼むわ」
「へーい、弁天様の所ですね。わかっております」
「久しぶりで疲れたやろ」
二人で話しながら坂を下ると赤い鳥居が見て取れた。社の中に入ると禰宜の寝所に潜り込む。
「よう、寝てるな」
「今の俺らは、この人にとって幻やから。・・・先程きこえし神託は、戯れ言、たわ言、聞き違い。すっかり忘れて、良しとなす」
二口が呪文のように呟くと、パンと一つ拍を打った。すると、禰宜がゆっくり問うた。
「八咫殿か、こんな遅うに何事や」
「二口、もうええ。後は俺がやるしな。先に帰ってんか」
「はいな。お先に失礼します」
「ああ、二口さんは、もうお帰りか」
「栄西、こっちや」
栄西は、起き上がり八咫の方に体を向けると、ゆっくりと瞼を開けた。開けた両目の瞼の下には翡翠の石が、収まっていた。
「八咫殿・・・」
八咫は、栄西の手を優しく握るとゆっくりした口調で
「明日から又、旅に出る事になった。島の者の記憶は、消してある」
「私の記憶は、置いててくれはりますか」
「ああ、覚えておいてくれ。世の中、変わった奴が多いから又どんなに俺らの事を知らん言うても信じんかもしれん・・・どうしても島の者を守らんといかん時は、奴等は京から江戸に行くと言うてたと伝えてくれるか伝え方は、栄西に任せるよってな。ただもう危ない事は止めてくれな。死なんにしても傷は負う」
一度、八咫達が島を留守にしていた時に盗っ人の一団が、島を襲った。貧しい島だが八咫達の所にお宝があると、島の者がうっかり話したものを真に受けた盗っ人達がやって来た。
八咫達の事は、島の者だけの秘事であった。栄西は、一人で盗っ人の相手をしながら八咫達のことを喋る事はなかったが、引き換えに両の眼を潰された。あと少しで命を取られるその瞬間に烈火のごとく怒り狂った八咫に助けられた。今、栄西の両の眼には八咫が贈った翡翠の義眼が入っている。それから島を空ける時は、八咫は必ず島の者の記憶を消し、栄西の所には無茶はするなと言いおいて行くことにしている。
「承知しております」
「それとな、太助の所の太一に好きなもん食わしてやってくれな」
「太一・・・ですか。まだ、七つですけど・・・」
「うーん、そうやな。そうなんや・・・すまんが俺にも助けては、やれんのや」
「わかっております。何をいうても八咫殿が、一番 お辛いのは知ってます。ただ、幼い者がと思うとそれが、やっぱり辛いもんです」
「そうやな。色々世話をかけるがよろしゅうな」
「はい、無事のお帰りお待ちしております」
栄西は、綺麗にそこに手をついた。身を起こした時には、八咫の気配は消えていた。
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