第29話
それから、私たち三姉妹の日常は急変した。
クラスメイトは普通に接してくるし、昼休みや放課後に呼び出されることもなくなった。
いや、正確にはそうじゃない。いじめられるために呼び出されなくなった、だ。
私たちをイジメていた女性徒は退学しなかった。けれど、干渉されることもないので問題はない。いや、問題ないわけではないか。自分をイジメていた人たちが同じ空間にいる。当然嫌な気持ちにはなるし、視界に映るだけで「消えてくれ」と思うことだってある。それでも、昔よりもいいかと思えばその気持ちも和らぐ。
お昼には当然のように縁が迎えに来る。あんなことがあっても振る舞いが変わらないというのはさすがとしか言いようがない。
「三年生のアナタが、なぜ私のクラスに来るの?」
「どうせリンネのことだし、クラスメイトに誘われても上手く立ち回れないでしょ? だから先輩からのお節介だよ!」
「いらないわ……」
縁が言うことは事実だし、結局私はひとりぼっち。でも別に独りなのは嫌いじゃないし、静かにできるのであればなんでもよかった。
それを壊しにくるというのはどうかなと思うけれど。この人と付き合うと本当に頭が痛くなる。
「そう言いなさるなー」
「どさくさに紛れて胸を揉まないで。太ももを触るのもなし」
「だって、リンネってめちゃくちゃスタイルいいんだもん。お肌も綺麗だしさわり心地がすごくいいんだー」
その触り方がまたイヤラシイ。胸は下からすくうようにして揉み、ゆっくりと左右に揺らす。太ももは擦るようにして触り、徐々に恥部の方へと上がってくる。こういう趣味なのかと勘違いしてしまうほどに手慣れている。
「それより、千影に変なちょっかい出してないでしょうね」
「してないから安心してよ。ボクがチカゲを嫌いだった理由は、そもそもマモルに危害があったからだ。マモルが平穏に暮らせるなら問題はないよ」
「って言いながらパンを握りつぶすのはやめてもらえる? とんだブラコンね、本当に」
わかってはいるけど、まだ完全には受け入れられないか。
まあ、それは私も一緒だから、否定はできないわね。
こうして毎日縁に呼び出されるのも悪い気はしない。自分でもわかっているが、私はまだ適応できていないだけ。今までの生活が長すぎて、順応するにはまだ少し時間がかかりそうだ。
しかし学校が終わっても、縁の呼び出しは続く。
数日前に携帯電話を買ったのだけど、真摘も縁もなにかと人を呼び出したがる。ワクドナルドのテーブルで、どうでもいいような雑談をするだけなのに。
ほぼ毎回、果歩や千影、それに護も一緒だ。
「なぜ私がこんなところに……帰って勉強させて欲しいのだけど……」
「リン姉の頭ならもう充分じゃん」
「って言いながらマモルの腕を抱き込むの、やめてもらえない?」
嫁姑かお前たちは。
「果歩さん、あーんしてくださいあーん」
真摘がパフェを掬ってスプーンを果歩に差し出す。
「もう仕方ない子ね。はい、あーん」
パクっと、果歩は果歩で躊躇なく口に入れた。
「なんなのもう……」
果歩も大学生だというのに真摘とこんなことをしている。女同士で恥ずかしくないのだろうか。かといって千影や護のように、男女だからいいというわけではないけれど。
「よし、カラオケ行こうカラオケ!」
縁が私の右腕を掴み上げた。
「ちょ、ちょっと! 私はカラオケなんて――」
「輪廻さんにも、たまには必要ですよね」
真摘が同調するように、私の左腕を抱きかかえた。
こうなってしまっては、もうどうすることもできない。他の三人も楽しそうに見ているし、なによりも強引だ。
カラオケなんて生まれてから行ったことがない。流行りの歌も知らないし、そもそも歌が上手いかどうかも自分でわからない。人前で歌うという経験も、学校での合唱くらいしかないのだ。その合唱も真面目にやったこはない。
「わかった。わかったわよ……」
諦めるしかないと、ため息を吐きながら言った。
なんというか、こういうのが普通の女子校生というのだろうか。
顔に出さないようにしているが、悪くはないと思っている。
「リンちゃん、今笑った?」
「そう見えたのなら、眼科にでも行った方が賢明よ」
「リン姉って普段が普段だから、少しの変化でもわかりやすいんだよね」
一つ屋根の下で暮らしているというのは、とても厄介なものだ。
悪い気は、しないけれど。
それから私たちはカラオケに行って大いに盛り上がった。盛り上がったのは周りだけだったけれど。
順番に曲を入れて、順番にマイクを回した。皆歌が上手く、一生自分の番が回って来なければいいとさえ思った。
知っている歌を歌った。洋楽だ。
思った以上に好評だった。これが友人というものなのか。これが遊ぶという感覚なのか。
私は今、自分が思っている以上に「普通の女子高生」をしているのだなと改めて思った。
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