第26話 〈霧ヶ谷護の場合〉
ちーちゃんはあの日から、俺以外の人間を避けるようになった。
鍵のせいもあって、孤立し、イジメの対象となった。
彼女は俺の教えを真面目に聞き、頑張って精神操作を覚えた。しかし、ちーちゃんができたのは、お姉さんたち二人の悪意を緩和する程度。自分の悪意までは、捌けなかった。
結局、小学校でも中学校でも、俺はちーちゃんを守れなかった。
イジメられている人間を庇うと、庇った方にもイジメが及ぶ。
男子生徒数名人羽交い締めにされてしまっては、俺も手は出せない。
あのとき、俺が決断を誤ったのか?
あのとき、俺はちーちゃんを見捨てるべきだったのか?
あのとき、俺があんなことをしなければ、ちーちゃんも式は無事だったのか?
何度も何度も、そうやって頭を抱えた。眠れなくなって、人を信じられなくなって、登校拒否の経験だってある。
葛藤に押しつぶされて、体重だって酷く減った。
だけど、その度にちーちゃんが言うんだ。
「私を助けてくれてありがとう。二人で、がんばろう」と。
こんなにボロボロになって、涙だってぼろぼろこぼしているのに、なんで人の心配ばかりするんだよ。なんで俺をもっと責めないんだよ。そう言いたくなるけど、言ってはいけないんだ。
「ああ、がんばろう」
そう言って、俺も泣くんだ。
抱きしめられると、その温かさに安堵する。ちーちゃんの胸は、とても温かかった。
高校に入って、俺はちーちゃんを家に招いた。両親の説得には、何年かかったかわからない。
姉ちゃんはあまりいい顔はしなかったけど、そんなことは気にしていられない。一刻も早く、この状況を打破しなければいけないから。
俺の家に住むことも、魔法少女を倒すことも、ちーちゃんも最初は拒んでいたけど、目的を遂行するためならばと頷いてくれた。
情緒不安定な部分も多く、放っておけなかった。しかし最近は、果歩さんを討ったことで気持ちの切り替えができたようだ。果歩さんを倒したとき、もっと不安定になるかと思ったけど、ちーちゃんは俺が思うよりも強かった。
「でもこれで、カホ姉は現実の苦しさから解放される。あとは私がアルバートを倒して、吸収した精神を元に戻せばいいんだから」
と、なかなかに前向きだった。
それもちーちゃんの魅力の一つであり、守りたいものでもある。
俺とちーちゃんは、現実でも無意識世界でも一緒だった。
独りじゃ上手く眠れず、あの日から毎日寄り添って眠った。
俺の理性はよく頑張っていると思う。ちーちゃんは昔から可愛かったが、成長した今、また別の方向で素敵だ。白くて長い脚が俺の脚が絡まるとちょっと困る。自称Cカップのふくらみが押し付けられると、またちょっと困る。そんな風にして、俺たちは一緒にいた。
そんな俺たちだが、魔法少女と戦うときだけは少し離れる。
彼女はノブレスオブリージュを持っていない。それを分け与える相手も、今となってはアルバートしかいない。だから相手の魔法少女は、ちーちゃんの能力で昏睡状態にするしか手はなかった。
アルバートの動向をうかがうことはできない。しかし魔法少女を見張ることで、アルバートを視認できるようになった。
そう、基本的には空気に溶けているアルバートだが、魔法少女と会話するときだけは姿を現す。
アルバートを無効化するなら、魔法少女と一緒のときしかない。その上で式を元に戻すには、鍵がもう一本必要だ。
輪廻さんたちと一度対峙したが、どう見てもちーちゃんの方が強い。その時は様子見程度の戦闘なので、わざと見逃した。
ちーちゃんは強い。でも、どれだけちーちゃんが強くてもアルバートは倒せないのだ。
「ちーちゃん、式が誰かに鍵を渡す状況を作らないとダメだ」
「ちーちゃんはやめてもらえる? 千影にしてって言ってるじゃない」
「わ、悪かったって……。んで、どうするよ」
「――戦うしかないかな」
「戦ってどうする? その先考えてんのか?」
「一応ね。アルバートは私から鍵を奪いたい。となれば、力が拮抗する状況さえ作り出せれば、アルバート自らが魔法少女に鍵を貸すと思う」
「千影を倒せると、そう思わせるのが重要ってことか」
「あと一歩で倒せる状況なら、誰だって出し惜しみしないでしょ?」
「まあ、確かに。でもそんなに上手くいくか? あっちは輪廻さんに姉ちゃん、それに真摘さんがいる。かなりクセが強そうな魔法持ってるみたいだぜ?」
「手加減すればやられそうなのがネックなのよね……」
二人してあぐらを掻き、知恵を絞る。
「やってみなきゃわかんない部分があまりにも未知数だ。それでちーちゃんがやられたら、アルバートの思い通りにことが進む」
「悟られたら負けの一発勝負ね」
「きっとあっちだってそう思ってるだろうな」
DSと戦って勝つ見込みはなく、あるとすればワンチャンスだと。
どれだけ考えても策はこれしかなかった。
正直なところ、式を元に戻さないと始まらない。アルバート討伐には、彼が必要不可欠だ。式さえ具現化できれば、アルバートだって具現化せざるを得ないだろう。
そうやっているうちに、俺たちは輪廻さんと再戦することになる。
前回もそうだったが、あの感じだとアルバートは俺のことを話してはいない。
それならばそれでいい。俺が動きやすくなるだけだ。
予定通り戦闘は始まり、ちーちゃん優勢の状況が続く。が、ちーちゃんは輪廻さんをかなり警戒していた。あの人はなにをし始めるかわかったもんじゃない、と言ってたな。
一番最初に輪廻さんを貫いたとき、嫌な予感がした。それから輪廻さんが動かないのも気になる。
輪廻さんの魔法は、絶対破壊と絶対防御、それに不死身の肉体。そんなわかりやすい魔法でできることなんてあるのだろうか。
いや、そういえば魔法付与なんてものがあったな。
よくみれば、輪廻さんが座っている地面が若干光っていた。
「盾? 絶対防御をグラウンドに付与したのか。しかしそんなことしたら……」
もしも、ちーちゃんの魔法を逆手に取るため、グラウンド全体にその効果を適応させたとしたら。
「かなりの精神力を消費する。魔法の付与だけでも結構精神力を消耗するってちーちゃんは言ってたけど……」
ちーちゃんは精神力を吸収しているから、普通の魔法少女よりも精神力は高い。彼女が言うんだから、普通の魔法少女にとっては相当キツイんだろう。
予測通りと言ったところか、黒い大剣が地面に食い込んでも魔法は発動しなかった。それを好機と見た輪廻さんは、一瞬でちーちゃんに迫って切り伏せた。
黒い甲冑は砕け、その隙間を縫うように、今度は姉ちゃんの一撃が決まる。あの光はノブレスオブリージュか。
「って、楽観的に見てたらヤバイだろ……」
ちーちゃんは地面を転がって、土埃で見えなくなってしまう。
作戦は完全に失敗。かと思われたそのとき、左右に揺れながらも立ち上がるちーちゃんが見えた。
まだ終わってない。俺から見える彼女の瞳は、そう言っているみたいだった。
けれど、かなり不安要素がある。
ノブレスオブリージュを食らっても平気とは、一体どういう状況なのか理解できなかったからだ。
ちーちゃんは顔をゆがめ、今までの鬱憤を晴らすかのように喚き散らした。
高慢で剛毅なちーちゃん。
気丈でしたたかなちーちゃん。
だけど惰弱で泣き虫なちーちゃん
最後のちーちゃんが、本当の彼女なんだ。
気付いてたし知っていたけど、泣きながら叫ぶちーちゃんを、俺は見ていられなかった。
「ごめん……ごめん……!」
握り拳を地面に叩きつけながら、俺は謝り続けた。
守るって言ったのに、俺は全然守れてなかった。むしろ俺の方が助けられていたくらいだ。
事故に遭ったときだって、ちーちゃんが悪いわけじゃないのに、ずっと俺に謝っていた。俺は何度も「気にしないで」って言ったのに、彼女は泣きながら謝るんだ。この事故は、俺の責任で起きたことなのに。
そういう、優しい人なんだ。
俺にとっては守りたいと思うだけの価値が十分にある。
好きなんだ、彼女が。
好きなのになにもできない自分に、不甲斐なさで涙が出てくる。なんでこんなに弱いんだろうって、奥歯を強く噛み締めた。
俺が心の中で葛藤していたとき、周囲の空気が変わった。
ちーちゃんを中心にして渦巻く黒い霧。式はこんなの、俺には教えてくれなかった。
大声を上げて彼女に近付きたい。けれど、それはできない。
今は堪える。ちゃんと目を開けて、ちーちゃんを信じるんだ。
「作戦はまだ終わってない」
俺の存在を悟られるわけにはいかないから。
黒い霧は龍となり、二回戦へと突入。その際に、アルバートから輪廻さんへと鍵の譲渡が行われ、輪廻さんの装備が一新される。
鍵の譲渡を目撃した俺は「準備が整ったぞ」と、心の中でちーちゃんに呼びかけた。
霧の中では、強制的に転身が解除されたりと、DSの魔法が見え隠れしていた。
ピンチに陥った魔法少女の面々だったけど、果歩さんの登場でなんとか逃れたようだ。さっきノブレスオブリージュが当たったから、果歩さんも解放されたのかもしれない。
俺は涙を拭う。
ちーちゃんの意識はなさそうだけど、戦力はかなり拮抗している。
あの龍はDSの能力を使う。しかし本来の形ではなく、霧を利用して行使されるものだ。魔法の強制解除が周囲に漂う霧なだけあって、輪廻さんの魔法も上手く機能しないだろう。けれどあちらには果歩さんが加わったことで、戦力に差がなくなったように見える。
あの万能な果歩さんだ。魔法少女が単純に一人増えたと考えるのは早計だと思う。
ちーちゃんから果歩さんの魔法は聞いている。戦闘も見ていたし、間違いはないだろう。
四人プラス式で話し合ったようで、輪廻さんが一人で突撃していった。真摘さんが風を起こして道を作った。霧をすべて晴らす必要はなく、輪廻さんが近付くのに必要な分だけ空間を空ける。
あの黒い霧は魔法を強制解除する。しかし輪廻さんはかなりの速度で進行していた。真摘さんの魔法で道は出来ているが、それなりの精神力を使っているはずだ。長くは保たないと、輪廻さんは考えたのか。
近くまで接近し、龍に背を向けた輪廻さん。なにをするかと思ったが、姉ちゃんが果歩さんを連れて瞬間移動した。そして最後に、果歩さんだけがちーちゃんに向かっていく。
果歩さんの槍が光り輝き、ちーちゃんを貫いた。
一瞬で黒い霧は晴れ、ちーちゃんも解放される。
鍵はちーちゃんから離れたが、まだ終わりじゃない。
アルバートが鍵を回収する前に、鍵は黒い影に包まれていく。人型を形成し、地上に降り立った。
黒い影と対峙するのは輪廻さんだった。さすがに他の人たちは限界だろう。けれどあの人はなぜあそこまで気丈な振る舞いができるのか。鍵を有しているとはいえ、状況だけ見れば劣勢なのに、疲れも顔に出さないなんて。
そこでようやく、チャンスが巡ってきた。
考えが正しければ、あの黒い人型は俺たちの味方なのだから。
黒い人型が突進し、輪廻さんはそれを迎撃する。高速で衝突しようと、二つの影は相手に向かっていった。
また戦いが始まるのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだった。黒い人型がギリギリのところで輪廻さんを避けた。
二つの影はすれ違い、彼女は後ろを振り向いた。
「よくやったよ、ちーちゃん」
俺は前方の集団に右手をかざす。
ホルダーであった頃、俺は魔法が使えた。
どうしてかはわからないが、鍵を失った今でもその力を行使できる。
どれだけ遠く離れていようとも、俺の視界内であれば効果対象。攻撃型ではないので戦闘には不向きだが、今はこの魔法がすべての意図を一本の糸に繋げるんだ。
「
視界内の人間を指定して、記憶を相互疎通させる。その際、俺の記憶は必ず相手に伝わる。例えばAという人物とBという人物の記憶に互換性を持たせたい場合でも、俺の記憶も一緒に転写されてしまうのだ。
俺が指定するのはアルバート以外。効果範囲は広いけれど、八人以上指定できないのが難点だ。しかしまあ、ここにいる人間は全て指定できるからよしとしよう。
あいつなら空気に溶けたまま見ていたと思う。けれど、彼女たちに記憶を分け与えるのなら、あいつも対象に入れる必要があった。
俺は六人に向けて、己の魔法を解き放った。
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