第24話 〈清咲院真摘の場合〉
月城果歩は、私にとって憧れの存在でした。
果歩さんは本当に優秀な人。高校では生徒会長で、人望も厚く、皆の憧れの的だった。でも、最初から果歩さんを尊敬していたわけではありません。中学校のある時期前までは、完全に敵として見ていたのですから。
私にとって障害でしかありませんでした。正確に言えば、果歩さんではなく月城姉妹。長女と次女は血縁で、三女だけ血は繋がってないと聞いていましたが、三人とも頭が良く容姿も美しい。
自分で鏡を見ても、私は美しいと思います。それに、優秀な人材だとも思っています。通っている高校もこの辺では偏差値が高い。清咲院の息が掛かった学校だけれど、私は自力で合格した。
しかし、私は月城姉妹には勝てない。
今の家に住む前、小学校でも三姉妹と一緒でした。
気が付けば、あの人たちの周りにはいつも人がいた。人を集める魅力というのがあるのでしょう。それは三姉妹全員が一緒みたいです。
私が無意識世界を認識できるようになったのは小学生の頃でした。
「ボクは式。キミは清咲院マツミだね?」
「私をごぞんじなのですか?」
「ボクはこの世界の管理者なんだ。この世界はね――」
それから式は、この世界についてたくさん話をしてくれました。とても興味深くて、とても使えると、子供心にも思いました。
無意識状態の人に働きかけ、簡単なことならば精神操作がでいると式は言う。これを使い、月城姉妹を落として自分の評価を上げるということもできるでしょう。
イレギュラーをノーマルに戻し、式に言うことを聞いてもらう。ギブアンドテイクが成立している以上、私には未来しかありません。
徐々に、徐々にですが、彼女たちの周りは変わっていきました。当然、私の周りもです。
みるみるうちに衰弱していく彼女たち……ではありませんでした。長女だけは、一向に折れる気配がありません。妹たちを支えながら、自分の道を突き進んで行くのです。
だからでしょうか、中学校でも高校でも、彼女の人気は衰えることを知らないまま。
式いわく、鍵を持っている千影さんがイレギュラー、もとい魔法少女になったことにより自分が不幸になって、それは周りにも伝染すると。
なのになぜ、彼女はいじめにも遭わずにいられるのだろうか。
いや、最初はいじめられていたはず。それなのに、今はどうしてこうなのか。
私は何日も思い悩みました。
もしかして、この式という少年はいろんな顔を持っているのではないか。そういう考えが沸いて出てきます。
この関係を続けつつ、式の動向を探る必要がありました。
月城姉妹はとても厄介だと思います。けれど、このまま手の平で踊らされるのは、あまりにも慨嘆ですから。
「この世界にいる魔法少女って、一体どれくらいいるんですか?」
イレギュラーを数名排除し、私は公園のベンチに座り、そこで式に聞きました。
「そうだなあ……まず日本には四十人くらい。それを含め、全世界では五百人程度だね。結構多いでしょ?」
「そうですね。その中に男性は?」
「魔法少女は女の子じゃないとなれないよ? まあ一応だけど、魔法を使える男の子はいる。ただしそれは異端だ。理屈はどうあれ、若い女の子でなければ魔法は使えない。それに男子の場合、使えても一つだけだ」
「女の子でなければいけない理由は、明確にわからないのですか?」
「キミが知っているかどうかはわからないけど、男性と女性の脳にはかなりの違いがあるんだ。というか男と女は別の星から来た生き物だと言われる、。それもあながち間違っていないんだ」
「その脳の違いによって、こちらにも影響があると」
「そういうことだね。簡単に説明すると、男性の脳構造は左右の脳みそを繋ぐパイプが細く、女性はその逆だ。女性はパイプが太い分、情報処理能力が高いんだよ。それに感情的な部分も大きい。それが、この世界にとっては力となるんだ」
「結構現実的なんですね、その辺は」
「結局は現実世界に依存してしまうのだけどね」
こうやって、式から情報を得ていく。
他のこともいくつか聞いた。
DSという黒い魔法少女。かなり自分勝手に振る舞っているようですが、こちらは一応情報として仕入れた程度。別段興味を惹くモノではありませんでした。
そして鍵の話。鍵とはこの世界を存続させるモノ。鍵という名称の他に『グラス』と、式は呼んでいた。世界中に七本あるが、そのウチの三本は式が保持している。残りの四本は人間に埋め込み、外の世界を監視している。
人間に埋め込んだグラスは、引き抜いたとしてもその人間が死ぬことはない。グラスは人を構成する上で必要なものではなく、結局のところ後付けされたモノ。
それともう一つ。グラスには種類がある。
式の中にある三本はファーストグラス。一本一本が世界を揺るがす力を持ち、精神操作も容易に行えるようだ。無意識世界で物資が破壊された際、修復する機能もこの三本が持っている。
人間に植え付けた四本はセカンドグラス。基本的には世界を支える程度の力しか持たない。一応、簡単な精神操作くらいはできる。しかし本来の目的は情報入手なので、強力な力は持たないと言う話でした。
グラスを持った人間も、イレギュラー化すれば精神操作ができるとのこと。その代償として、他人の悪意を受け取ってしまう。
悪意を止めようとするならば、精神操作を行えということなのでしょう。
きっと、式はまだ全部を話してはいない。というよりも、ここまで話したことにも多少の疑問があります。
どれが真実でどれが虚構なのか。
今の段階では推し量れない。逆に、葛藤させること自体が目的なのかもしれない。
真実と虚構を見極められないのは、なにも無意識世界だけではありません。現実世界もそうです。
現実は嘘ばかりが横行している。私にすり寄る人たちも、所詮は地位とお金が目的です。あの笑顔という仮面の裏は、真っ黒な嘲笑しかないのでしょう。そんな人たちにおだてられても、面白くもなんともありません。
そう思っていた中学二年生のある日、私は初めて果歩さんとお話をしました。
貧血で倒れそうになった私を支え、優しく介抱してくれたではありませんか。無意識世界であんなことをしている、そんな私のことを彼女は知らない。
果歩さんの笑顔は、太陽のように耀っていました。
私は自分を恥じました。
しかしその反面、私は悔しくて仕方がなかった。やはり私はこの人には勝てないのだと、そうも思いました。
「あ、ありがとう、ございます……」
「具合が悪いの?」
「昔から貧血気味で……」
「そういうときは休まないとダメよ? 家まで送るわ」
「いいえそういうわけにも行きません。貴女も遅刻してしまうでしょうし……」
「たまには遅刻くらい大丈夫よ」
そのほほ笑みは表も裏もないように見えて、優しく、そして強かった。
美しいと、素直に感嘆してしまいました。。
それはそれは、輝いて見えてしまったのです。
「貴女、清咲院真摘さんでしょう? 家なら知っているから、連れてってあげるわ」
それに彼女は私の名前を知っていてくださいました。
嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、悔しくもあり。
果歩さんに介抱されながら、あの頃の自分はなんと未熟だったのかと思い知りました。
たった一つの出来事、されど一つの出来事。私の心を揺らすには、充分すぎるほどでした。
その夜、式に言いました。
「今すぐに、月城果歩を貶めるような精神操作をやめて欲しい」と。しかしそんな私に、式はこう返してきたのです。
「それはできない。これはキミが望んだことで、そのためにイレギュラーを倒してきたんだから。もしもやめさせたいのであれば、もう一度ゼロからスタートすることだよ」
「今度は別の精神操作を上書きするため、ということですね」
「そういうこと」
貰ったモノは返せない。上げたものは返してもらえない。ならば一からやり直せ、ですか。理屈は通っていますね。
「――わかりました」
ここは大人しく従っておこう。
いつものようにイレギュラーを狩り、少しずつ元に戻していく。
が、そこで飛び込んで来たのは、果歩さんが意識不明になったという事実でした。
DSと戦い、精神を吸い尽くされたようです。
黒い甲冑を身に纏った魔法少女。彼女はかなり強く、魔法少女の十や二十が束になったところで勝てない相手だと、式は言っていました。それと同時に、吸収された精神力はDSを倒せば元に戻るようです。
私は勝算のない勝負はしません。ですが、果歩さんを元に戻すためにはこの方法しかない。なにを利用してもいい、なにを犠牲にしてもいい。私を助けてくれた果歩さんを、取り戻すため。
「ボク個人としてはね、好き勝手にやってるDSを倒してくれるとありがたい」
「でも強いのでしょう? どうすれば勝てると思いますか?」
「まずは仲間だね。キミと相性が良さそうな二人がいる。上手く会わせよう」
「名前くらいは教えてもらえますか?」
「接近戦に強い霧ヶ谷ユカリ。それと全ての攻撃を防御し、全ての物質を砕く、月城リンネ」
「月城、輪廻……」
果歩さんの実の妹。彼女も美しく、そして聡明だ。
黒い感情が、沸々と胸を侵食する。
なにをしていたのだろう。実の姉が、あの果歩さんがこんなことになっているのに、輪廻さんは、一体なにを。
「ちなみに言っておくけど、DSの正体は月城チカゲだよ?」
「今、なんと申しましたか?」
「DSは月城チカゲ。つまりカホを倒して意識不明にしたのは、妹のチカゲだ」
一方は姉を昏睡状態にし、一方は我関せず。
胸中を、嫌な感情が渦巻いていく。果歩さんの顔を思い浮かべても、その感情が消えることはありませんでした。
「どちらも許せない?」
「当たり前です。こんなの、こんなの……!」
なにもかもが許せない。
それと同時に、なにが正しくてなにが間違っているのかがわからなくもなりました。。
黒い渦は消えないけれど、私は不思議なくらい冷静でした。
最初は激昂に身を任せていましたが、なぜこんなにも冷静なのかと考え始めてしまったから。
そう、私は果歩さんに魅入られる前から式を疑っていた。
今まさに手引きをしている式を、このまま信じてもいいのだろうか。
それこそが冷静さの原因だったと、気が付いたのです。
一度呼吸を整え、式を見据えた。
「DSを倒した場合、果歩さんは元に戻る。そしてDSを倒したのが私だった場合、式は私にどこまでしてくれますか?」
「どこまでとはまた難しい質問だね。そうだなあ、キミに鍵を授けてもいい。チカゲから鍵を取り出し、キミに植え付ける。しかし悪意はボクが処理しよう」
「デメリットなく精神操作を簡易に行える権利。それを私にくれるというのですね」
「それで満足してもらえるかな?」
「いいでしょう。縁さんと輪廻さん、彼女たちと協力してDSを倒します」
式の口端がつり上がったのを、私は見逃さなかった。
しかし、だからといってなにをするわけでもない。今は式に従うほかないのですから。
式から話を聞いた数日後、DSと対峙する機会が訪れました。すでに縁さんと輪廻さんは戦っているようです。
私が到着したとき、輪廻さんとDSが対峙していました。縁さんは膝を突き、攻撃のチャンスを狙っているのでしょう。しかし状況は劣勢。劣勢というよりも最悪という言い方の方がしっくりくるほどです。
月城輪廻。昔から綺麗な方でしたが、今はぞっとするほどに美しい。だけれど、それ故に敬遠されそうなほど、冷たそうな印象を受けました。
戦いの中で縁さんが消え、完全に二人きりになりました。ここが好機と、私は雷を落とす。そして、輪廻さんの元へ。
「大丈夫ですか?」
彼女の前に降り立ち、言葉をかけましたた。
その瞳から戦意は消えていない。ですが、このままでは共倒れの可能性もあります。
「退きなさい」
私はDSにそう言いました。
「命令される言われなないが?」
「貴女もかなり消耗しているようですが、まだやるのですか?」
「そっちの一人もかなり厳しいだろう? お前と一騎打ちみたいなものだ。怖くなどない」
その通り。一人や二人くらい、、DSという魔法少女にとってはどうということは
ないのでしょう。しかし、私も退くつもりはありません。
「先ほど消えた彼女がもう一度眠ったら、貴女は三人と戦うことになりますよ? それでもいいのですか?」
「来ない可能性だって当然ある」
「それでは、来る可能性だって当然ありますが」
DSと私たちでは格が違う。けれど、DSの力があるのなら、彼女たちを一瞬で葬ることもできたはずです。
ではなぜそれしなかったのか。それはDSにいも理由があるからではないでしょうか。手加減をして戦った理由など、それくらいしか考えられないのです。
彼女は私の取引に応じる。そう、絶対に。
「お前は私と取り引きがしたいのか」
「ええ、こちらは貴女を追いません。なので貴女もこちらを見逃して欲しい」
「取り引きにもならないと思うが?」
「先ほども言いましたが、私と貴女では精神力の残量が違います。それに、私の帯は相手の魔法を無効化します。貴女の爪と同様の能力を持っています。それでも、やりますか?」
「仕方ないな。ここはお前に免じて見逃そう」
黒い甲冑を微動だにさせず、彼女はそう言いました。
踵を返すDSの背中から、少しだけ寂しそうな雰囲気を感じ取りました。
「次はないぞ、月城リンネ」
DSが戦場を後にし、残ったのは私と輪廻さんだけ。
「月城輪廻さんでいいのでしょうか?」
つい先ほど知ったと、そういう演技を心がけなければいけません。
「え、ええ。問題ないわ。アナタは?」
「私は清咲院真摘です。式に呼ばれて、馳せ参じました」
私は少しだけ笑みを浮かべる。それは「安心してください」という意味ではなく「準備が整いました」という笑み。
それにしても、輪廻さんは本当に慧眼で聡明な方だと思い知りました。果歩さんの妹というのも、納得のいく話です。
DSの正体を当てたこともそうですが、ちゃんとこの状況をわかった上で発言している。
心強い仲間であるのと同時に、いつ尻尾を踏まれてもおかしくない。私はそうも思いました。
でもまあ、私の目的は果歩さんの救出ですから、特に問題はありません。輪廻さんもお姉さんを助け出せるのであれば、その限りではないでしょう。
最初は月城三姉妹こそが我が宿敵と思っていました。
でも今は違います。
次女と三女はこんな感じなので放っておいてもいいかもしれません。ですが果歩さんだけは私がお守りしなければいけないのです。
式よ、私を謀ったように、他の人たちも欺いてきたのでしょう。
私は思い通りになりませんよ。
病院で果歩さんの顔を見たときに、私はその気持ちをより一層強くするのでした。
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