第23話 〈霧ケ谷縁の場合〉

 二週間くらい前から、ボクの家には居候がいる。


 弟のクラスメイトらしいのだが、弟と彼女は小学校からの付き合いだという。確かに、小学校や中学校で何度か見かけたことがある。


 両親は放任主義な上に、両方とも朝は早く夜は遅い。


 両親曰く、ただれた関係にでもならなければ、居候は問題ないと言った。それに彼女の家は、この辺でも有名なほどに家庭崩壊している。


「んじゃ、行ってくるわ」


 弟のマモルは、ボクが通う高校よりも遠い。ボクは自転車で十分ほどだが、マモルは電車で十分だ。


「行ってらっしゃい! おみやげよろしくね!」

「んなもんあるわけねーだろ」


 無邪気に笑い、マモルはリビングを出て行った。


「行って、きます」


 彼女は控えめにお辞儀をし、マモルの後についていく。


 その後ろ姿を見て、なんとも言えない感情がこみ上げてくる。


 マモルはひいき目でなくてもカッコイイ。全体的には童顔なのだが、高い鼻と二重瞼、大きな瞳が異性を引き付けるだろう。


 彼女の方も、とても美人だと思う。染めたわけではないと思うが、少し赤みがかった髪の毛は、とてもなめらかで光を綺麗に弾く。鼻はそこまで高くないが、ツンと上を向いていて形が良い。目は切れ長で堀は浅く、アゴも細かった。


 彼女に対しては挨拶を返さない。なぜならば、ボクはまだ納得していないのだから。


「月城、チカゲか……」


 玄関のドアが閉まった音。二人が出て行ったのを確認し、ボクも立ち上がった。


 なんとかしたいな、とは思う。でも、マモルがあそこまで言うのは珍しい。


『こいつはずっといじめられてるんだ。ようやく気が付いたんだ、これじゃダメだって。だから俺は千影を守りたい』


 基本的に自分の意見をあまり言わないマモル。優柔不断な弟の主張は、ボクも聞いてあげたかった。


 マモルの前からチカゲを消す方法を考えなければ。無理矢理でなく、あたかも偶然であるかのように、そして合法的に。


 自分自身を客観視した場合、頭は悪くないと思うけど、こういう犯罪的なことは苦手だ。


 そんな日の夜、眠ったあとで異変があった。


 手の感覚、足の感覚。視覚聴覚嗅覚。すべてが現実みたいな、そんな世界にボクはいた。


 ベッドから立ち上がり、周りを見渡す。私の部屋なのだが、少し違う気もする。なんというか全体的に淡色だ。


 なんだか身体が軽いな。そう思ったら、パジャマからジャージに変身していた。


「な、なんだこれ……」


 朝練の要領で素振りをしてみたが、拳も脚もやたらと軽い。もっと軽くならないかなと思った瞬間、温かな光に包まれた。


 今度は鎧だ。太ももや二の腕の防御力は薄そうだが、それ以外の防御力や攻撃力は高そうだった。


 外に出ていろいろと試してみたのだが、この鎧には不思議な力があるみたいだ。


 ジャージ姿でも鎧の力は出せるようだが、どうやらかなり劣化する。


 この鎧の性能を確かめたりしているうちに、若干眠くなってきた。パジャマ姿に戻り、時計を見た。


 時刻は朝五時半。いつもボクが起きる時間だ。


 なるほど、この眠気は現実に戻るときのものか。


 最初は気にしなかったが、家には両親もいた。目の焦点が定まらず、フラフラとしている。しかし、チカゲとマモルの姿が見えない。あの二人は一体どこに行ったのだろう……。


 その考えを到達させるよりも早く、ボクは現実に引き戻された。


 マモルは小学校くらいから、怪我をよくするようになった。生傷が絶えないとは、このようなことを言うのだろう。なんて、悠長なことを言っている場合ではない。


「これ、誰にやられたの?」


 毎度のことだが、怪我の治療をしながら、私はそう言った。マモルはボクと一緒に、いろんな格闘技を習っている。そのとき、どちらかが怪我をした場合は、怪我をしていない方が治療するというのが暗黙の了解だった。


「転んだだけ――」

「チカゲを守ったせいでこうなったんでしょ?」

「……まあな」


 この子は優柔不断だが、それ以上に正直者だ。


「いつまで続けるつもりなの? まだ入学したばっかりで、あと三年間ずっと守り続けるのは不可能だよ。それに男子と女子じゃ、いろんな隔たりもあるはずだ」

「できるだけだよ、できるだけ。人間なんて結局一人だ。本人でない限り、百パーセント守りきるなんて不可能だしね」

「それをわかってて続けるんだね」

「それをわかってても、正義を貫きたいんだよ。俺はねーちゃんに似たんだ」


 軽く笑ってはいるが、この青あざの多さは異常だ。


 ボクはブラコンなんだろうと思う。後ろ指を指されても受け止められるくらいには。逆に、マモルはシスコンだと思う。


 マモルが格闘技を始めたのだって、ボクの影響が大きい。いつまでかはわからないが、今まだボクの後ろを付いて回る子供だった。


 そんなことを考えていると、余計にチカゲが許せなくなってくる。彼女さえいなければ、ボクもマモルも平和な生活を送れていたんだ。


 傷が増えていくマモルを見ていると、もっと酷いことが起きるのではないかという懸念が頭をよぎった。


 そしてそれが現実になるのも、そう遠くはなかった。


 マモルが交通事故に遭った。幸いにも脚の骨折だけで済んだが、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。


「そんな心配そうな顔をするなって。大丈夫だ、すぐに帰るよ。だから、チカゲのことはお願いしたい」


 病院のベッドの上で、マモルはそう言った。足には太いギブスをしている。


 強く、強く拳を握りしめた。


 ボクがあの子の面倒を見るのか。弟をこんな風にした女を、ボクが。


 そんな時、ふと思い出す。先日、夢の中で式という少年に会ったことを。


 式は言っていた。


『ボクの言うことを聞いてくれれば、キミの願いを叶えてあげてもいい』


 式が欲している鍵をチカゲから奪い取ること。鍵を奪ったあとならば、チカゲはどう扱っても構わないと、そうとも言った。


 式はこの世界を『無意識世界』と言った。夢を見ることでこちらの世界に来る。ノーマルだとかイレギュラーだとか、その辺は面倒だから流しておいた。が、一つだけよく覚えている。


 基本的に、こちらで死んでも現実には影響がない。こちらで死ぬと向こうで起床するだけ。しかしイレギュラーの場合は例外らしい。


 身体を両断されれば死に、起床する。そこまでは同じだが、意識がある分腕や脚が失われれば痛みを伴う。身体が一瞬で分解されたり、溶解されたり、粉々にされれば別の話だ。その際は現実に戻っても、意識は戻らない可能性が出てくる。そして意識不明のまま、一生を終えることにもなりかねない。


 この世界では身体を意識で作り上げる。そのため、イレギュラーがイレギュラーとして形を保てなくなるということは、意識も保てないことになる。


 つまり、チカゲを一瞬で塵にできればいいんだ。


 鍵を回収した上で、あの子を葬る。


 問題があるとすれば、この世界でのチカゲが凄く強いこと。私一人では絶対に敵わないと、式も言っていた。そのため、イレギュラーをノーマルに戻す力『ノブレスオブリージュ』はあれど、ボクにはまだ与えられないとも。もしもここで『ノブレスオブリージュ』を取得した場合、勝手に戦うかもしれないと、そう思ったのだ。


 そんなことを考えていたとき、汚らしい口調での話し声が聞こえてきた。


「せっかくなんだ、一人くらいヤっちまおうぜ?」

「いいねー! どうせ誰も損しないだろうしな!」


 フラフラしている女性の腕を掴む男たち。そして服を脱がせ始めた。


「待ちなよ」


 これからなにが行われるのか、それくらいボクにだってわかる。


「あ?」

「大の大人がそんなことして、恥ずかしくないの?」

「んだとてめぇ。正義のヒーロー面でもする気かよ」

「この人にイカガワシイことしようとしてただろ!」


 正義、正義か。


 正義とは、自分のうちにある正しさという概念。世間がいくら正しいと言っても、自分の正義とはまったく別物。


 正義とは、貫くに値するだけの高い意識。信念が潰えぬ限り、否定され蔑まれようとも諦めない心。


 そして正義とは、誰にも負けないこと。


 やってやる。


 ボクの正義は、ボクのモノだから。


 チカゲを殺し、マモルを救う。それが、ボクの正義だ。。


「別に関係ねーだろ!」

「関係あるよ! どう見てもよくない!」

「ここは俺の夢だ! 夢の世界でなにしようが、俺の勝手だろ!」

「それでも、正しくないものは正しくない」

「うるせーやつだな!」


 男の右拳を避けた。左拳で相手の腹を軽く叩いた。


「これで終わりだ!」


 左右に身体を揺らして一撃を見舞う。


「はいストップ」


 黒くて長い髪をなびかせて、一人の魔法少女が割って入った。ボクの拳を受けたのはこの盾か。魔法は発動してないはずなのに、よく止められたなと思う。ボクがジャージ姿というのもあるか。


 こちらを振り向いた魔法少女に、ボクは思わず息を呑んだ。


 似ているわけではない。彼女と彼女の姉はまったく血が繋がっていないはずだから。それでも、見覚えがあった。


「だ、誰か知らないけど、なんで止めるの?」


 息が詰まってしまいそうだ。


 それはなぜかと聞かれたら、今この状況がボクにとって僥倖であると言わざるを得ないからだ。


 同学年ではないけど、小学校も中学校も一緒だ。それに、いろいろと有名だから知っている。


 確か名前は、月城リンネだ。


「アナタが彼を殺しても、意味がないからよ」

「誰かしらないけどありがとうな!」

「閃け、ノブレス」


 リンネに笑いかける男たちだったが、それもつかの間。一瞬で切り捨てられてしまった。リンネの瞳は無機質で冷たい。人を人と思っていないかのような、そんな冷血ささえ見て取れた。


「な、なにしたの? 他の人と同じになっちゃったけど……」


 知らないフリをしよう。悟られないように、仮面を被るのだ。


 それから、リンネには簡単に話を聞いた。そうかこれが式の言っていた『ノブレスオブリージュ』か。


 向こうには式の姿も見える。きっと彼が誘導したのだろう。


「ってことは、ボクも浄化対象なの?」


 ここで消されても困る。上手くやらないと、計画が台無しになってしまうから。


 ボクの胸中を、リンネは知らないんだろうな。こんなにもドス黒くて、こんなにも狡猾で、こんなにも汚らしい私の真意を。


 さあ始めようか、目的達成のための、くだらない茶番劇を。

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