第20話
轟音を立てて地面に着地する。着地なんて生易しいものではなく、それはもう激突という方が正しい。
見上げるほど高く土煙が上がり、グラウンドには蜘蛛の巣状のヒビが入った。
「お待たせ、リン姉」
こちらが正体知っているのに、千影の声は低いままだった。転身すると必然的にそうなるのか。
「もう少しゆっくりしていてもよかったのよ?」
「真剣勝負でしょ? リン姉なら変な小細工をしそうだったから」
私は千影のことを理解している。しかし、千影も私を理解している。私が常套手段として使う姑息かつ狡いやり方を、彼女は見抜いていた。
「その辺の魔法少女になんて、私は負けない」
甲冑の向こうから覗く、あの赤い瞳が光を放っていた。
「最後に笑うのは私たちよ。姉の偉大さ、思い知らせてあげるわ」
千影が笑ったような、そんな気がした。
目の前の殺気が膨張し、知らないうちに身体が震える。頬が痙攣するような感覚があり、傍目から見れば笑っているようにも見えるかもしれない。頬が引きつるなんて初めての経験だが、今はどうでもいい。
「きますよ輪廻!」
一瞬だった。
「ぐあっ……!」
あの黒い大剣に、私が貫かれるまで。
「姉の偉大さが、なんだって?」
私の身体から剣を引き抜き、DSはバックステップした。
痛みは皆無なのだが、その衝撃があまりにも重く、肺の中にあった空気が全部吐出されてしまう。
「リンネ!」
「大丈夫だから、余計なことはしないで」
こちらに駆け寄ろうとする縁を制した。
痛みもないし、私は不死身だ。しかし、身体を修復するためには魔法力、もとい精神力を消費する。
手のひらと膝を地面につき、私は回復に専念。彼女たちにはそれまでの時間を稼いでもらわないといけない。
「雪割り!」
そう、思った。
だが、頭に血が上ったのは縁よりも真摘の方だった。
上空から人間の頭ほどの氷の塊が降り、容赦なくDSを襲う。しかしDSは気にした様子もなく、その氷を避けたり斬ったりして、私から離れていった。斬ったときに能力を使われなかったのが幸いか。
「風車!」
今度は、地面を裂くほどの強風が真摘から放たれた。カマイタチというやつか、四方八方からDSへと向けられた。
その強風に乗じて縁が突貫する。
縁はまだマーキングをしていない。それだとDSには攻撃が通らないというのに。
案の定、縁の攻撃はDSを捉えることなく、攻撃はすべて地面や木に当たった。
今度はDSから、反撃の狼煙が上がる。
大剣を下段から振り上げる。地面を切り裂いたその一振り。縁は大剣自体を避けるが、魔法による対象交換までは避けられない。いや、事前準備をしていたのだろうか、身体に付いた傷はかなり小さい。つまりダメージを抑えることが可能だということ。だがかなり難しいのだろうか、縁の動きが若干鈍くなる。
激甚な雷が落ち、巨大な氷が降り、鋭利な風が吹き荒れる。その中で、縁とDSが一対一で戦っていた。
DSの左手は魔法の強制解除を行える。一対一で戦った上でその能力を受けないのは、縁の戦闘センスの賜物だろう。
縁への攻撃があまり効かないとわかったDSは、ターゲットを真摘へと変更したようだ。
魔法少女は全員、魔装転身によって基本的な防御力や攻撃力は上がる。しかし、物質を斬った瞬間、相手にその攻撃を移動させるDSの攻撃は強力だ。真摘には耐えてもらうしかなかった。
DSが地面を斬る瞬間に空気を蹴り、一応の悪あがきはしているようだが、防御系の魔法がなければ切り刻まれるだけ。しかし、その悪あがきも無駄ではないのが幸いだった。
「そろそろ、かしらね」
いいかげん戦闘に参加しないと、真摘が限界を迎えてしまいそうだ。私と違い、彼女たちには痛覚がある。苦痛に歪むあの顔を見続けるということは、勝負を投げ出すようなものだ。
元はと言えば、私が一撃もらったことが原因。だが、二人のおかげで傷の八割は回復できた。すぐにでも前線に復帰しなければ。
DSは真摘の天候操作を、今も軽々と避け続けていた。その上で縁との戦いも優勢を保っている。対象交換の魔法は強力だが、DSはそれ以上に戦い慣れしていた。
私はしゃがんだ状態から足に力を込める。地面が割れるほどに踏み込んで、一気に跳躍した。
一歩で懐に入れるくらいの位置で着地した。そしてもう一度飛ぶ。
DSを挟んだ向こう側に、縁の姿を捉えた。
「これで終わりよ!」
間合いは完璧だと、私は剣を振り下ろした。
しかし、世の中はそこまで甘くない。私の攻撃は黒い甲冑にかすりもしなかった。それどころか、DSは私の攻撃を躱し、その勢いを利用して地面に剣を叩きつけた。
対象交換の魔法で、私は斬られる。
「――プロテクションアイギス」
はずだった。
「アンド」
私たち三人は誰も攻撃など受けていない。魔法がきかないことにひるんだDSの隙を、私は見逃さなかった。
「フレイズ!」
私の攻撃は確かに避けられた。だがそんなのは初めからわかっていたこと。二撃目が勝負と、そのつもりだったのだから。
最初の攻撃で沈んだ上半身だが、その分だけ重心が前に出る。二回目の攻撃への移行もスムーズ行えた。
完全破壊のフレイズを発動し、リンネセイバーを横に薙ぐ。相手に魔法を発動させる前に鎧を貫通。黒い甲冑がはじけ飛び、白い肌があらわになった。
「無拍葬!」
縁の声を聞いたからか、DS体勢を崩しながらも後ろを向いた。すぐさまガードの体勢に入り、縁の攻撃を防ごうとした。
しかし縁は一瞬でDSの前から姿を消し、そして一瞬で私の前へ。
「食らえ! ノブレス!」
今まで一度も当てられなかった攻撃だが、その攻撃はちゃんと機能していた。ずっと攻撃を続けた成果として、地面にマーキングできたのだ。本来攻撃として使う魔法を、移動手段として利用するために。
縁の拳が、千影の白い肌に食い込んだ。
「がはっ……!」
「ぶち抜け!」
縁の拳は、DSの身体を吹き飛ばした。
祠龍も祁龍も使用しない、ただの攻撃だ。ノブレスの恩恵を受けてイレギュラー排除の力しか持たない攻撃だが、魔法少女としての基礎身体能力だけでもこと足りる。
DSの身体は四回ほどバウンドし、地面を転がる。
「よくやったわ、縁」
「作戦成功ですね」
「ボクだってやるときはやるってば」
DSが転がっていった先を見つめながら、私はワクドナルドでの作戦会議を思い出した。
DSに対してマーキングを直接行えないことはわかっていた。だからこそ、物体にマーキングすることにした。物質にマーキングした場合、その場所まで誘導しなければいけない。なので、それは真摘の担当だった。
本当ならば私がDSを引き付け、その間に縁がマーキングする予定だった。だが、一撃であんなことになってしまったので、作戦の変更を余儀なくされた。そのおかげで、グラウンド全体にリンネシールドの効果を付与できたのでよしとしよう。
「まだ……まだよ……」
苦しそうな、千影の声。いつもよりトーンが低く、無理矢理に絞り出したような、そんな声だ。
土煙の中から千影が姿を現した。鎧は半壊状態で、甲冑の残骸がぼろぼろと崩れ落ち続けていた。腕を押さえ、足を引きずっている姿は、痛々しいと言わざるを得ない。
もう戦えないことなど明白だった。
「ぐ、ああああああ……」
喘ぐように苦しむ彼女は、左手で頭を抑えた。自身の髪の毛を力一杯掴み、もはや頭を抑えるという生やさしいものではない。今にも髪の毛を全部引き抜くんじゃないかと、そう思ってしまうほどだ。
「千影は中途半端にノブレスの影響を受けてしまっている。意識と無意識の狭間でもがいてるんだ」
式は小さな声でそう言った。
千影の身体から、黒い鎧が剥げていく。それは卵の殻のように脆く、ガラスのように儚く、地面に落ちては弾けて消える。
「カホ姉がそうだったように、リン姉だってイジメられたんだろ。私のせいで……」
ひゅーひゅーと、苦しそうな息を吐きながら千影はそう言った。
「ええそうね。だけどその話は、現実に戻ってからにしましょう」
私は剣を構え、ノブレスを宿した。
ここから解放しなければ。いや、解放してあげたい。だってこの子は私の妹だから、苦しんでいる姿は見たくない。
「まだ負けてない……!」
「そんなになってまでやる必要がどこにあるの?」
「わからないでしょ……」
「わからないってなにが――」
「お前らにわかるのか!? 好きでもない男どもに蹂躙されるあの痛みと恐怖が! 血が繋がった実の父からなめ回されるあの嫌悪感が! 私はもう、女としても人としても終わってるんだよ!」
吐出される言葉は、にわかに信じがたい真実だった。正確には信じたくない出来事だろうか。悲痛な叫びは、耳を刺すようにして胸をえぐった。
千影は目を見開き、口は限界まで弧に歪んでいた。笑っているのか、それとも泣いているのか。私には判断できない。
「私だってずっと蔑まれてきたんだよ! 新しい母ができる前から! 全部全部あの女のせいだ!」
あの女とは、きっと私と果歩の実の母。義理の父と実の母が婚約する前から、千影は母に暴力を振るわれていたというの……?
そう考えると、私や果歩が現実で辛い目に遭う前から、千影は一人で戦っていたんだ。家族とも、学校とも。
「なぜ、言わなかったの?」
「カホ姉も同じことを言ったわ! でもね、お前もカホ姉もあの女にべったりだったくせに! 私のことを本気で見ようとしなかったくせに! 今更遅いんだよ!」
どこからともなく、千影の周囲に黒い霧が出現した。その霧は彼女を中心にして渦を作り、千影の姿も見えなくなった。
「う、うううう……グオオオオオオオオオ!」
千影の叫びは、獣の叫びに変わる。
「式、これはどういうこと?」
「覚醒する……魔法少女から、魔神に……!」
もう、私の知っている千影ではないというのか。
黒い霧の渦は徐々に大きくなっていった。空気中に突如として黒いもやが現れて、その渦に吸収されていくのだ。
大きくなる黒い渦。巻き込まれまいと後ろに飛んだ。
私たちが校舎の近くまで避難したとき、渦は徐々に収縮し始める。そして、グラウンド半分ほどを覆う黒いドラゴンが現れた。巨大な翼をはためかせ、大きく咆吼した。木々を揺らし、大地を震わせ、空気から伝わるその衝撃に、私たちは耳を塞ぐ。
ドラゴンの頭には光り輝く鍵。そして胸の辺りには、一糸まとわぬ姿の千影がいた。千影はうなだれ、遠目からは意識がないように見える。
「相手の精神力を肌で感じるなんて、こんなの初めてです……」
そう、咆吼による衝撃だけではない。肌に突き刺さるような、強烈な魔法力だ。
ドラゴンは天に向かって吼えるばかりで、こちらに攻撃してくる様子はない。
「こんなのと戦うの? ボク、怖いよ……」
「あの翼はなにかを排出しているの……?」
「なにかはわかりませんが、悪い予感がします」
「二人とも、やるしかないよ」
あの背中に生えているのは翼ではない。黒い霧を排出し、空を覆っていく。少しずつだが、ドラゴン自体も黒い霧を出していた。そちらは私たちの方へと向かってきている。
私は剣を振り、黒い霧の正体を分析した。
「わかった?」
「あれはノーマルもイレギュラーも関係なく溶かす。いわば酸性霧。あのまま霧を吐き続けて雨にでもなったら、もう手はつけられないわ」
「でもどうするのですか?」
「もう一度千影を斬る。元々DSなのだから、本体さえ止めればなんとかなるはずよ」
剣を斜に構えた。
「準備はいい?」
「できてるわけじゃないけど、行くしかないしね」
「いきましょう」
三人同時に踏み込み、霧の中に突入した。
狙うのは千影のみ。意識はなさそうなので、このままいけばすぐに終わる。
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