第19話

 勉強を一通り終えた私は、十時には就寝していた。いつもより就寝が早いのは、少なからず私の心に余裕がないからだ。


 無意識世界に来てすぐに家を出た。もしかしたら、もう私はこの世界に来られなくなるかもしれない。そう思うと少しだけ寂しくなってしまった。


 気がつけば、隣町の公園まで来ていた。


 先日、女性と会ったベンチに座った。


 鳥の鳴き声などない。空は紫や青が無秩序に塗りたくられてる。本当に、よくわからない世界だ。


 いつからだ。世界征服という目標が霞んでしまったのは。いや、少なからず縁と会った日に霞み始めていたのだ。


 自分以外の魔法少女がどれだけいるかもわからない。結局、自分だけではどうすることもできないと知ってしまった。自分よりも強い魔法少女はきっといると思ったから。


 そしてDSと出会って、世界征服という目標が折れてしまった。


 ああ、自分ひとりではどうすることもできない。どうあがいても、なにもできはしないのだ。


「今日は一人なんですね」


 そう言われて顔を上げた。一人の女性が立っていた。どこかで見たことがあるような、ないような。黒い髪の毛は肩まで。カーディガンに長めのスカート。スカートの前で組まれた手。立ち振舞いは淑やかで、大人の女性というに相応しかった。


「アナタは……」


 最初は気づかなかった。が、しばらくして気がついた。あの時、私と縁に相談を持ちかけてきた女性だと。化粧はしていなくても、元々持っている気品のようなものが感じられた。


 彼女が私の横に座った。


「先日はありがとうございました」

「私はなにもしてないわ。やったのは縁よ」

「あの人は縁と言うんですね。でも、アナタにもお礼を言わなければいけないから」

「だから、なにもしてないって言ってるじゃない」

「いいえ」と、彼女が首を横に振った。

「話を聞いてもらいました。私には友達というものがほとんどいません。いても、距離が近すぎて話すに話せなかったのです。その話を聞いてくれた。それだけでも、充分だったのです」

「まあ、アナタがそう言うのであれば、その礼はありがたく受け取っておくわ。それで結局どうなったの? 和解した?」

「うーん、そうですね。ケンカしました」

「ケンカになったの?」

「はい、なんでお姉ちゃんはいつも優しいんだって、私より頑張ってて、私より出来がいいお姉ちゃんが苦労して、私が楽をしていることになんて文句の一つも言わないんだって言いました」

「言って、どうなったの?」

「怒られちゃいました。「私はお母さんが好き。アナタが好き。だから疲れることはあっても、辛いと思ったことは一度もない。今もそう。お母さんがいて、お父さんがいて、そんな中でアナタがいる。それが私の幸せなの」って。やっぱり、お姉ちゃんはすごいなって思っちゃいました」

「いい、お姉さんなのね」

「はい、自慢の姉です」

「私も、そんな姉ならよかったのに」

「アナタにも妹がいるんですね」

「義理の妹だけれどね。可愛かったわ。でも今はほとんど会話もしなくなった。私は、姉としてどう振る舞っていいのかわからないの。なにをしてあげたらいいのか、わからないのよ」

「妹さんのこと、好きなんですね」

「それすらもわからないのよ。血がつながっていないからなのか、義父に贔屓されている妹に嫉妬しているのか」

「それも含めて、アナタは妹さんのことを好いているんですよ。好きの反対は無関心って言うじゃないですか。妹さんのことを考えている。それがなによりの証拠です」


 言われて、気がついた。


 私はどんな時でも果歩と千影のことを忘れたことがなかった。あの二人がいるから今の私がいて、果歩に守られて、千影を守って生きてきた。


 それがどういうふうに転んでも、その事実が変わることはないのだ。


「そう、そうだったのね」


 私は千影を倒さなければいけない。彼女にどういう事情があったにせよ、その事情に介入するためにも倒さなければいけないのだ。


「結論、出たみたいですね」


 スッと、彼女が立ち上がった。


「どうしたの?」

「私は意識があってはいけないんでしょう? スパッと、やっちゃってください」

「怖くは、ないの?」

「怖くないと言えば嘘になります。でも、これでいいんです。アナタたちのお陰で私の悩みは解決した。その代わりにケンカというか、言い合いをするようにはなりましたが、それはそれで幸せなので。だから、お願いします」

「それがアナタの決意なのね。わかったわ」


 立ち上がり、転身した。


「私の名前は月城輪廻。アナタの名前は?」

「久我山祥子です」

「ありがとう祥子。アナタのおかげで決心がついたわ」

「力になれたのならば幸いです」


 祥子が目を閉じた。


 剣を抜き、両手で握りしめた。


「閃け、ノブレス」


 そして、祥子に向かって剣を振り切った。


 転身を解いて祥子を見た。目に生気はなく、一瞥くれることもなく、公園の出口へと歩いていってしまった。


「よし」


 そう言って、私も公園の反対側の出口に向かった。


 そこでは縁と真摘が待っていた。彼女たちが無意識世界に来ていることは気がついていた。私たち三人はリンクしている。祥子と話をしている最中にこちらに来たようだ。


「遅いぞリンネー」

「ごめんなさい。いつもよりは早く寝たのだけど、ちょっといろいろあってね」

「深くは聞かないことにしましょうか」

「でも五分前行動は基本だよ!」

「縁の五分前行動は、一時間前行動とかになりそうね」

 戦闘の前に疲れてしまいそうな、そんな戦友たちだ。

「待ち合わせは私が通っていた中学校よ。ここからは歩いて五分くらいね」

「妹とちゃんと話はできたんだね」

「やると言ったらやるわ」


 私が歩き出すと、残り二つの足音がついてきた。


「勝てそう?」


 宙を漂う式が、私の横に並んだ。


「どうかしらね。正直言えば、勝算はゼロに等しいわ。果歩が言うように、チャンスは一度きりだと思う」

「大丈夫ですよ」

「私たちがいるって!」


 心強い仲間だこと。


 しかし私は、まだ彼女たちのことを完全な仲間として見てはいなかった。


 明確な理屈はないけれど、元々私は孤独で、そう簡単には割り切れない。今まで他人と接してこなかったものだから、自分の気持ちを上手く整理できないのだ。


 自己分析は完璧なはずなのに、分析結果を解消する手だてが見付からなかった。


 それに彼女たちと一緒に戦ったとしても、負ける可能性の方が高い。弱い仲間には意味がないとは思うが、弱い私が言うのも少し違う。それこそ、意味なんてないだろう。


 学校に着き、グラウンドへ。


 障害物があるとそれだけでこちらが不利になるので、戦うのならばやはり広い場所がいい。大剣の魔法を発動させないための措置だ。自分よりも格上相手なのだから、できることは全てやる。


 校舎から見て、グラウンドの向こうにはテニスコート、左にはフェンスを挟んで道路があり、右にはプールがある。


 広いグラウンドには、サッカーで使うゴールが四つ。フェンスの近くには等間隔で桜の木が植えられていた。


「DSはまだなのですね」

「あまり早く来てもらっても困る。こちらにも準備というものがあるの」

「準備って?」

「式、私たちの魔法を物質に付与したいのだけど、できるかしら」

「うーん……できないこともないけど、かなりの精神力が必要だよ? それに、キミたちの中で物質付与ができる魔法は少ない」

「誰のどの魔法ができる?」

「リンネの盾、ユカリの両拳、マツミの帯。それくらいかな。しかも、付与一回につき一回しか魔法は発動しない」

「付与ができるできないというのも、ちゃんとした理屈があるの?」

「基本的に攻撃系の魔法は無理かな。リンネシールドは物体に反発能力を付与し、相手がそこに攻撃をしかけた場合、勝手に発動する。マツミの帯も同様。だけどユカリの両拳の場合、付与とはちょっと違うかな。マーキングを物体に付加しておいて、あとで使うってだけの話だから。だからユカリだけは、消費する精神力が変わらないね」


 罠として仕掛けられるのはこの三つのみ。しかし私と真摘は精神力を大きく消費してしまう。できるだけ多くの場所に魔法を付与したいけれど、それはできないか……。


「考えている時間は、もうないと思うよ……」

「これだけの殺気を放つのは、DSしかいないわね」


 仕掛けをする時間は与えてくれない、ということね。


 前回と同じように、DSは空から降ってきた。

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