第12話

 私はリンネアーマーの能力によって不死だが、転身さえ解けば死ねるだろう。しかし、ここで現実に戻っていいのか。ここで、取り逃がしてしまっていいのか。


「リンネ! これ以上は駄目だ!」


 式の叫び声に反応した私は、DSから距離をとった。


「イレギュラーが強烈なダメージを受けて死ぬと、脳に損傷を負う可能性があるんだ。だからダメージは極力控えないといけない」

「なぜそれを早く言わないの!」


 縁の方を見れば、すでに多量の傷を負っていた。


「現実世界のように、腕や脚を失うことはない。けれどこっちの世界でのダメージは脳のダメージに繋がってしまう。最悪の場合、一生眠ったままの可能性も否定できない。こんなことになるなんて思ってなかったから言わなかったけど……」

「口上は後で聞くわ。今すぐ縁を離脱させたいのだけど、どうすればいいの?」

「その必要はないよ」


 縁が私の横に並ぶ。数十メートルくらいの距離なら、あの傷でも一瞬で来られるか。


「でもこのままだと……」

「DSはキミの目的なんだろう? だったら、今やらないでいつやるのさ。ボクが囮をやるから、キミはその剣で攻撃して」

「リンネセイバーが完全破壊を行うには、一撃だけ通常攻撃をして相手の魔法を分析しなければならない。一度隙を作ったからといって、勝てる見込みはない」

「でもそれは次に繋がるだろう? いくよ、リンネ」


 腹をくくるしかないか。この瞳には、逆らえそうもない。


「いいわ」


 縁が突き出した右拳に、私は左手の盾を合わせた。


 二人同時に大地を蹴った。


 縁が先に突出したので、私はその後ろにつく。彼女が作った隙に、私が鎧を斬って分析する。この陣形からそういう戦い方がいいのだと判断した。


 DSの大剣が、下段から縁を襲った。刃が地面を這い、縁の傷がまた増えるのをこの目で見てしまう。だが躊躇っている時間などない。


 この機を見過ごすわけにはいかないのだ。


 剣を両腕で受けた縁。その脇から、一歩でダークストーカーの懐に飛び込んだ。


「捉えたっ!」


 胴を斬った感触が、腕に伝わる。


 伝わる?


 斬った瞬間に、アーマーの能力を把握した。いや、把握してしまった。


「がっ……!」


 距離を離して、縁を見た。腹部から胸部にかけて、大きな傷が開いている。


 間違いない、あれは今DSに向けて放った一撃だ。分析のための攻撃であっても、物理的な攻撃に代わりなかった。


「アナタの剣といい鎧といい、悪趣味な魔法を持っているのね」


 自分でも唇が震えているのだとわかった。


 もしこれで縁の脳がダメージを受けてしまったら。もしこれで縁が眠ったままになってしまったら。


 考えるだけで頭が痛くなった。


「縁!」

「大丈夫だ――」


 微笑んだ縁を、黒い大剣が一刀両断した。縁の身体を貫通した黒い剣が、深々と地面に刺さった。


 彼女は光の粒となり、空気に溶ける。


「アナタ……!」


 私がどれだけ睨んでも、そいつはひるむ気配もない。こちらはもう精神力が底を突きそうだというのに。


 DSの鎧。それはあの黒い大剣の真逆の性質を持っている。つまり、受けたダメージを対象にすげ替えるという能力だ。とことんサディスト気質のようだわ。


 DSが重心を落とした。


 来る。


 アイギスの力を使うにも、精神力の枯渇が目前に迫っていた。


 どうする。


 どうしたらいい……。


 気が付けば、黒くて大きな塊が目の前にあった。


蒼桔梗あおききょう! 鳴神なるかみ!」


 次の瞬間、目の前から剣が消え、稲妻が降ってきた。


「大丈夫ですか?」


 ひらりと舞い降りたのは巫女装束の女性。髪は長く、女性らしい豊満な体つきをしていた。右手には帯、左手には大きめの扇を持っている。


 この人が私を助けてくれたのだろうか。


「退きなさい」

「命令される言われはないが?」

「貴女もかなり消耗しているようですが、まだやるのですか?」

「そっちの一人もかなり厳しいだろう? お前と一騎打ちみたいなものだ。怖くなどない」

「先ほど消えた彼女がもう一度眠ったら、貴女は三人と戦うことになりますよ? それでもいいのですか?」

「来ない可能性だって当然ある」

「それでは、来る可能性だって当然ありますが」


 両者の視線が交差する。思考もまた、交錯していた。


 私はただ、二人の会話を聞いていることしかできないでいた。


「お前は私と取り引きがしたいのか」

「ええ、こちらは貴女を追いません。なので貴女もこちらを見逃して欲しい」

「取り引きにもならないと思うが?」

「先ほども言いましたが、私と貴女では精神力の残量が違います。それに、私の帯は相手の魔法を無効化します。貴女の爪と同様の能力を持っています。それでも、やりますか?」

「――仕方ないな。そこまで言うのなら、ここはお前に免じて見逃そう」


 甲冑を鳴らしながら、彼女は後ろを振り向く。


「次はないぞ、月城リンネ」


 それだけ言い残し、DSは跳躍した。黒い姿は、すぐに見えなくなった。

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