第7話
魔装はしているが、私は戦闘に精通しているわけではない。不良に殴りかかった縁の動きは、間違いなく手練れの動きだ。それは誰の目から見ても明らかで、瞬きさえも命取りになりかねない。
「甘い!」
そう思ったのだが、一歩で懐に入られた。目を離したつもりもなければ、気を反らしたわけでもない。それなのに、こんなにたやすく踏み込まれるとは。
縁は右手で腹を殴った。しかし攻撃力は低い。
「この程度!」
剣を薙ぐも、縁はすでに後方へとバックステップしていた。
「境印がついたよ。これでもうキミは逃げられない」
腹部には、円に囲まれた『境』という文字。スタンプのようなそれは赤く輝いていた。
「これが攻撃なの?」
「違うよ。その印はボクが攻撃するために必要なんだ」
突如、彼女は目の前から消えた。一応だけど残像が見えたということは、たぶん反応は可能だ。しかし、初見ではまず無理だと思う。盾を構え、一発もらう覚悟を決めた。
「
腹部への一撃で、私は吹き飛ばされてしまう。火力的には、盾に受けた攻撃よりは弱い。だが魔法は魔法なので、当然無傷では済まない。盾を構えていたというのに貫通してきたという点も気になる。情報が不足しているが故に、彼女の魔法がわからない。
「今度は仙印だ!
ふと身体を見ると『境』の文字が消えていた。その代わりに『仙』の文字が、左手で殴られた部分に付いている。
「しまっ……!」
こんなときに私はなにをしているんだ。
気が付いたときには、裏拳が眼前に迫っていた。
もう一度、私は宙を舞う。着地もできず、無様に地面を転がった。
「どうしたんだいリンネ。この程度で終わりなのかな?」
なんとか腕でガードしたものの、その威力は先ほどの攻撃よりも強力だった。
腕には『境』の文字。
「なるほど。左手で攻撃すると『仙』の文字がつき、右手での攻撃が強力になる。右手で攻撃すると『境』の文字がつき、左手での攻撃が強力になる、と」
「そういうこと。でもね、マーキングも攻撃も手だけじゃなく、足でも可能だ。」
「それならやりようはあるわね」
剣を杖代わりにして起き上がる。
「なんだか痛そうに見えないね」
「これも魔法の力ね」
剣を構え、もう一度向き合った。
「次はやらせないわ」
「言ってるといい!」
左での攻撃は超高速。右での攻撃は超火力。印は『境』だから、超高速の攻撃が飛んでくるはずだ。
「無拍葬!」
「プロテクションアイギス! アンド――」
左手の超高速攻撃が、ただ速いだけの攻撃でないとしたら。空間をジャンプする、つまり自分と相手の距離をゼロにする攻撃だとすれば納得がいく。だが、リンネシールドの魔法』は、それを無効化する力を持っていた。
魔法名は『アイギス』。絶対防御で、攻撃から身を守るだけでなく、衝撃も完全に吸収する。相手の魔法だって遮断してくれるという、素晴らしい盾だ。
盾で攻撃を防ぐ必要はない、前に出せば全身をカバーしてくれる。さっきは驚いたけれど、種さえわかれば気持ちの準備もできる。
「ちょ、それ反則!」
「フレイズ!」
これは技と呼べるほどのものじゃない。ただ防御して、攻撃しただけ。
少し軸はズレたものの、縁の肩から先が宙を舞った。上出来と言ってもいいだろう。
それにしても、あのジャージには転身能力がないのか。防御力も低く、特にこれと言った魔法も使われていない。
「やるね。まさか腕を切られるなんて。でも、ボクはまだ変身を残してる」
「変身……?」
もしかして、このジャージは魔装転身ではないのか。
「来たれ!
ジャージが光と化し、空気に溶ける。そして新たな鎧を身に纏った。
二の腕や太ももの防御力は低そうだが、拳闘士と言うに相応しい格好だろう。胸や腰を守る、黄色い鎧。それと、手足に大きめの魔装をしている。あれが本来の力ということね。
「腕も元に戻るなんて、そっちこそ反則じゃない」
「ボクも初めて知ったけど、怪我も体力も回復するみたいだ。変身を残しておいて正解だ。ジャージだと、本来の能力を半分も使えないからね。特にあのジャージは身体能力を上げるだけだし。でも、今度はこの姿でやらせてもらう!」
二段階の転身。そんな使い方もあるのかと思いつつ、最初の時点で定義を想像しなければいけないのだろう、とも思った。つまり私に二段転身は不可能。別に憧れているわけじゃないわ。
「印は消えた。つまりもう一度印を付けないと、アナタは攻撃できない」
「それはボクを見くびりすぎでしょ」
また消えた。今度は残像すらも――。
「ワン、ツー!」
左手でジャブ、次いで強力な右ストレート。先ほどとは比べものにならないほど、移動も攻撃も速い。そして――。
「ぐぅ……!」
強力なんてもんじゃない。これは最初の右とは別格だ。
「まだまだ!」
繰り返される乱打。左を追おうとすれば右で攻撃され、右を防ごうとすれば左でズラされる。せっかく印を消したというのに、これでは意味がない。
少しでも距離が離れてくれれば、リンネシールドも機能するのだけれど。
今は、速度がない右に合わせて攻撃する。
「ここよ!」
私は小回りに剣を振った。少しでもこの状況を変えられればという程度の攻撃だが、鎧にはかすらせた。
「そんな一撃、意味なんてないよ!」
「これでいいの。攻撃力はなくとも、一発は一発だから」
準備は整った。
リンネセイバーは完全破壊を目的とした武器だ。しかし、無意識世界であっても、私の性格が反映されている。そのせいで少し面倒な手順を踏まなければ、ダメージになる攻撃を行えなかった。
「なんかの呪い……とか?」
「近いわね。斬られる側からしたら、呪い以外のなにものでもないわ」
もう一度剣を構え直す。次は仕留めると、自分に言い聞かせた。縁もそれがわかったのか、口をきつく横に結った。
私が防御したことで、マーキングは消えていた。状況をひっくり返すのは、今しかない。
「行くぞ!」
それでも縁は勇ましく、己の拳を信じて突き進む。だが、乱打のおかげか、少しばかり目が慣れてきていた。
マーキングを付けるための乱打を、盾で全ていなす。しかし魔法は使わない。
「盾に当たっても、マーキングはマーキングだ!」
一度離れてから、縁は構え直す。
「無拍葬!」
その場から消えたと思えば、気付いたらもう目の前だ。この技は早すぎて目で追えない。が、マーキングの場所が盾なので問題ない。
アイギスを発動したので、攻撃の反動はなかった。
「アンド! 焔魔!」
それは私の十八番なのだが、まあいいとしよう。
左の攻撃には反応出来ないが、右の攻撃にはなんとか反応できる。上体を沈め、一気に切り上げた。
「それも読んでいた!」
すれ違い様に、右手で肩を蹴られた。一度消したはずの印を、もう一度付けられてしまう。
「やるじゃない……」
コンビネーションの軸は崩したが、決定打は両者共になかった。
これもダメ、か。
「仕切り直しだね!」
「そうね。でも、私の方が有利だと思うわ」
肩にはまだ『境』の印がある。しかし、私の攻撃がかすった時点で私の方が優位に立っている。
「またプロテクションするの? さっきみたいに防御できるかな?」
「できるわ。それに、攻撃だって次は当てる」
「ボクの鎧は流れを受け流すことができるんだ。キミの攻撃は効かないよ」
「受け流す、か。それなら私は、その流れさえも断ちきってみせるわ」
縁の鎧がそういう性質だというのは、少し前に理解していた。
盾を消し、剣を両手で持つ。
「閃け、勝利の剣よ。お前に敵はない」
剣を突き出し、前進するのみ。
私の持つ魔法は全て、能力と言えるような能力はない。ただ守り、ただ斬るだけ。
「無拍葬!」
盾がない上に私は無防備だ。防御する気がないのだから、当然狙ってくる。
縁の攻撃が胸に突き刺さった。
それは文字通りの意味で、彼女の左手は私の胸に埋まってしまった。しかし痛くない。
「な、なんで!」
「閃け、フレイズ」
縁を一刀両断。彼女はその攻撃でバランスを崩す。なにが起きたのかわからないといった感じで、驚愕の表情を浮かべていた。
「痛く、ないの……?」
「私のリンネアーマーはね、痛覚を消した上に、この世界じゃ絶対死なないの。まあ、魔法力が攻撃を全部消滅させてくれるっていう方が正しいわ。魔法力があり限り死なないっていうのが正しいわ」
「め、めちゃくちゃだ。それになんでボクに攻撃できるの?」
「リンネセイバーは絶対破壊の剣であり絶対勝利の剣。物理ならば完全に無効化する。ただし、対象の性質を剣を当てて理解しないといけない。だから、剣に触れた時点で、アナタの鎧は壊れる運命なの」
人が恐れるべき本当の敵は『未知』だ。知ってさえいれば対処もできる。
「キミってホントめちゃくちゃだ……」
「ありがとう、褒め言葉としてとっておくわ」
思い切り剣を振り切ったので、腹から胸にかけて大きな切り傷ができていた。このままでは縁が消えてしまうだろう。
私はもう一度、剣を振り上げた。
「勝負だからね、仕方ない……」
覚悟を決めたかのように、縁は目を閉じた。
剣を振り下ろし、もう一度彼女を斬った。
「あ、あれ……?」
さっきも同じようなこと言ってたわね。
「完全破壊の剣は、傷さえも破壊するのよ」
「すごいな……」
「自分の傷も消せるけど、まあ不死身だから関係ないわ。式、早いところノブレスを与えてもらえる?」
やれやれという表情で、式は縁の前に立った。
「ホントにいいの?」
「うん、ボク的には全然問題ないよ」
なぜか、縁は私に向かってウインクしてきた。
ノブレスの付与が完了すると、不思議な感覚が胸中にあった。
「気付いた? ユカリとリンネはね、お互いの存在を確かめられるようになっている。制裁者同士の意識を少しだけリンクさせてあるからね」
「また余計なことを……」
「もしも強力な魔法少女が出ても、合流するのは簡単でしょ?」
「確かにそうだけど……まあいいわ」
「これからよろしくね! リンネ!」
この手は握手を求めているのだと、すぐに理解した。こういう形で人と握手するなんて、一体何年ぶりになるだろう。式とした握手はただの挨拶みたいなものだし、式は人ではないものね。友好の証なんて、私には関係のない世界だとさえ思っていたのに。
「ええ、そうね」
そっと握った手は、強く握りかえされた。この子、見た目は小柄なのに力が強い。
「それじゃあボクは朝練があるから、この辺で失礼するよ」
「朝練? 部活かなにか?」
「ボクは格闘技全般を習ってるんだ。空手に柔道に合気道、ボクシングにテコンドーにカンフーとかね。部活ではないけど、朝は一通り自主練してるんだ」
手練れのはずだ。勝てたことが不思議に思う。
「ばいばいリンネ!」
「ええ、またね」
私と式を残して、縁は消えていった。
「はあ……あの子のテンションに合わせるの、結構きついわ……」
「キミは元々人とのやりとりは苦手だもんね」
「別にそうなりたくてなったわけじゃない」
私が他人を拒否したんじゃなくて、他人が私を拒絶したのよ。
今日目が覚めれば、その拒絶も少なくなる。他人と仲良くしたいわけじゃないけれど、勉強に集中できる環境ができればいい。縁を引き込んだのだってそうだ。ある程度現実が落ち着けば、あとは縁に任せてしまえばいい。
元々世界征服を望んだのだって、現実があんなふうだからだ。
「利己的なキミは、ユカリも利用するのかい?」
「まあ、そういうことね」
「いや、嫌味とかではないんだ。でもまあ、短所は長所とも言うからね」
「長所は短所、よ。しかも使い方が間違っているわ。長所も過信しすぎれば短所になるという意味だから」
「はは、手厳しいね」
「握れば拳開けば掌の方が、まだ的を射てるわ」
そんなくだらないやりとりをしているうちに、起きる時間がきてしまった。
「私も戻るわ」
「うんうん。ちゃんと緩和しといたからね、現実も楽しんできて」
「楽しむつもりはないわ」
この世は所詮ギブアンドテイクでしかない。礼を言うのも言われるのも間違っている。
そのはずなのに、私はここにきて他人を気に掛けている。効率重視で物事を進めるのが私のやり方なのに。
考えてもきりがない。肩にかかった髪の毛を払い、私は現実に帰った。
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