第6話
「で、どうだった? 現実世界でイジメは少なくなっただろう?」
「まあ、便器に顔入れられたりはしなかったわね」
式が緩和してくれてたおかげか、昨日よりはましだった。ただ――。
「昨日よりも人数が増えて、いろんな場所を攻撃されたわ」
モップやホウキでもそうだが、蹴られたり殴られたりもした。水泳の授業まではあと二ヶ月くらいあるし、腕や脚に青あざができても問題ない。私を攻撃した人たちはそう思っているんだろう。
「緩和、されてる?」
「わからないけど、これからなんじゃないかしら」
「すごい涼しい顔してるけど、キミっていつもそんな感じなの?」
「もうだいぶ前に諦めてるから。ある程度我慢すれば、あの人たちも諦めるし」
「もしも男子に性的なイタズラされたら?」
「ヤラせとく。泣いて喚いて、相手が諦めるとも思えないし。元々そういうことをする人たちなんだもの、逆効果よ。私一人じゃどうしようもない」
まだそんなことはされていないが、可能性は否定できない。
気のない相手に身体を触られるのは嫌だ。特に私はまだ恋愛感情というのもよくわからないので尚更だ。しかし私が拒否したところで意味はないだろう。
私だって、エスカレートする前になんとかしたいと思っている。そのためにイレギュラーを浄化し続ける。
式の思惑通りだとすれば若干癪だが、これも仕方がない。なにごとにも諦めは肝心だ。
「キミって、年甲斐があるとか言われたりする?」
「年齢不相応上等。今更同年代と同じ精神を持とうだなんて思ってないわ」
なぜ式は溜め息を吐くんだろう。
「なんでもいい。今日も浄化しに行くわ。この町にもイレギュラーがいるみたいだし」
今日、無意識世界に来た瞬間に感じた。イレギュラーがノーマルを殺した感覚が、こんなにも顕著に表われるなんて思わなかった。刺激というほどでもないけれど、脳内にピリっと電気が走るような、そんな感覚だった。
反応は六つほど感じたが、それが一人でやったものなのか、複数の人間がやったかまではわからなかった。
「魔装、転身」
光に包まれ、私は鎧を身に纏った。
「一日で慣れたね」
「式と出会う前から魔装はしてたから」
会話を一段落させ、私は町へと繰り出した。
あの感覚を頼りに町中を探してみたが、それでも見付けたイレギュラーは三人。全員不良っぽい感じだったので、一瞬で浄化してあげた。
ああいう輩は嫌いだ。現実での私の立ち位置からして、嫌いなのは当然のことだった。
「自己中心的で快楽主義者で、大したこともできないのに傲慢で自堕落で高圧的で。あんなのと同じ人種なのが嫌になる」
最後の一人を浄化したあとも、テキトーに町を徘徊する。
しかし、思ったよりも平和だ。このままだと、現実世界を改善するのにも支障が出てしまう。個人的には、もう少しイレギュラーがいてくれないと困るのだけど。
「んだとてめぇ!」
そのとき、男性の大声が聞こえた。怒気を含んだ、不躾な物言い。
声がした方へと駆けつけてみれば、不良っぽい男と、ジャージ姿の少女が対峙していた。その傍らには下着姿の女性。なんとなく状況がわかった。少女は小柄な体躯だが、その顔は恐れを知らない。勇猛果敢と言うに相応しい。
「この人にイカガワシイことをしようとしてただろ!」
「は? 別におめぇには関係ねーだろ!」
「関係あるよ! どう見てもよくない!」
「ここは俺の夢だ! 夢の世界でなにしようが、俺の勝手だろ!」
説明を受けてないのなら、そう考えるでしょうね。
「それでも、正しくないものは正しくないよ」
「うるせーやつだな!」
不良が先に手を出した。一直線に伸びる右拳は、少女の顔に向かう。
当たっただろうな、と思ったのだが、少女はそれをいとも簡単に回避。左拳で相手の腹を殴る。殴るというか触れたというか。
「これで終わりだ!」
少女は身体を揺らし、今度は右拳で相手の腹部に打撃を入れる。前に止めた。もちろん私が。
「はいストップ」
盾でガードしたのだが、それでも腕に響いた。この子は間違いなく魔法少女だ。
少女は私の顔を見て、目を見開いた。
「だ、誰か知らないけど、なんで止めるの?」
自分の攻撃が通らなかったことに対しての驚きだろうか。いきなり他の魔法少女が現れたのだから、当然といえば当然かしら。
「アナタが彼を殺しても意味ないからよ」
「誰かしらないけどありがとうな!」
「閃け、ノブレス」
なぜこんな輩に礼を言われなければいけないのか。それが癪で、不良を一撃で沈めた。私は不良のために不良を助けたわけじゃない。結局は自分のためだ。
不良はうなだれたあとで、左右に揺れながら立ち上がった。目は虚ろで、浄化が済んだことを意味していた。
「な、なにしたの? 他の人と同じになっちゃったけど……」
驚いた少女に、わかることだけを掻い摘んで話した。式にしてもらったのと同じ話を、そのまま伝えただけだが。
「ってことは、ボクも浄化対象なの?」
「ええ、そうね。ただ、骨が折れる作業だわ。アナタも魔法少女だろうし」
「キミの話を聞く限り、そうなるかな」
「本当のところ、私なんかよりもアナタの方が適任だと思う。責任感も正義感も強いわ。でもこればっかりは譲れない。私にも事情があるから」
「――わかった」
少女はそう言って両手を広げた。
「斬れ、ということ?」
「うん。だって、これはキミの役目なんだろう? だったら、こうするのが一番だ」
「アナタはそれでいいの? ここは自由なのよ?」
「こういうのも悪くないけど、それがキミの邪魔になる。ならば、ボクは抗わない。それが正しいと思うから」
やりづらい。非常にやりづらいわ。
「それじゃあそうね、最後になにかある?」
「キミの名前を教えて欲しいな」
「私は月城リンネよ。輪廻転生の輪廻」
「ボクは霧ヶ谷ユカリ。縁日とかの縁」
剣を構え、柄を握りこんだ。が、私はゆっくりと剣を下ろした。
「やっぱりやめた。なんか、面白くないわ」
「面白くないって……」
アゴに指を当てて考える。
「式、いるんでしょう?」
「なんでわかるのかな……」
「そんな気がしただけよ。それで式、彼女にノブレスを与えられる?」
「それは可能だけど、一体なんで? キミ一人で浄化を続ければ、現実世界でも有意義な暮らしができるのに……」
「どう考えても私より彼女の方が適任。でも私もこの力を譲りたくない。それならばそれを両立する方法をとった方がいいでしょう? それに人数がいた方が効率もいいわ」
「なるほどね。キミはやっぱり優しいな」
「利己的なだけよ。ただし、私は縁と戦う」
式から縁へと視線を移した。
「ボクはいいけど、キミにメリットはあるの?」
「利用するには実力を知るのも必要でしょう? そういうことよ」
「自分で利用って言っちゃうあたり、キミって面白いね」
縁はくすくすと笑っているが、別におかしなことを言ったつもりはない。が、客観的に見れば確かにおかしいのか。
「用意はいい? 私はいつでもいけるけど」
「来い! 月城リンネ!」
転身しているようには見えないが、彼女がいいというならいいのだろう。それに、今と同じ姿で不良に攻撃していたのだ、見えないところに魔装しているのかもしれない。
切っ先を相手に向け、出方をうかがう。
縁はインファイターだろう。盾で受けたときの衝撃を考えればかなりのパワーファイター。近づけさせるわけにはいかない。
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