192

「ジョエル様!危ない!」


 イチを抱き上げたまま、俺は振り返る。俺達の背後には片腕を無くしたブラムの姿。胸からは血が滴り落ちる。


 生き絶えたはずのブラムが、胸から刀を引き抜き床に放り投げ、俺の背後で鋭い牙を向いた。


 胸からは血が噴き出す。次の瞬間、シューッと音がし、ブラムの頭と体が二つに斬り裂かれ、無残な遺体が転がった。


 ブラムの背後には、もう一人の俺が刀を手に立っていた。


「ジョエル、セバスティ、ルーマニアへ旅立ったのでは!?」


「ブラム様が群れからいなくなり、不吉な予感がし引き返しました。ですが……手遅れだったようですね……。ジョエル様……イチ様が……」


 セバスティは変わり果てたイチの姿に涙した。


 俺は人間としての死を迎えたイチを抱き、地下室のドアに向かう。


「ジョエル様、どうなさるおつもりですか。地下室を出るのは危険です。もう朝陽が昇り始めている。棺の中へお戻り下さい!」


「セバスティ、お前はそこにいるジョエルと生き延びるがいい。同じ時代にジョエルは二人必要ないからな」


「ジョエル様!」


 もう一人のジョエルが俺の肩を掴んだ。


「待て、ジョエル。お前はどうするつもりだ。姫君はもうすぐヴァンパイアとして新たな息を吹き返す。同族として共に生きればいいだろう」


「いや……それは出来ないよ。イチをヴァンパイアにするわけにはいかない」


 俺はイチに視線を向ける。抱き上げていたイチが苦しそうにうめき声を上げ、微かに瞼を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る