市side
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「これは姫君、まだ上手く変身出来ないそうだな」
「……はい。申し訳ありませぬ」
「我ら一族は、今宵ルーマニアへと旅立つ。姫君は馬車でこの地を離れるがよい」
「はい、ロイド公爵、公爵夫人、短き間でございましたがお世話になりました。ありがとうございました」
「なんと他人行儀な。姫君はジョエルの妻となるお方、我らは姫君を我が娘だと思っていますよ」
「ありがとうございます」
「ジョエルも共にルーマニアに旅立つのだろう?」
「はい。イチ、馬車の用意は出来ている。道中気をつけて行くのだよ」
「はい、皆様もどうかご無事で……」
わたくしはジョエルのご両親に挨拶を済ませ、ジョエルと大広間を出た。大広間にはブラムやロイド一族も集まっていた。
「イチは本当に人間なのか?日本からタイムスリップしたとは、本当なのか?」
「ジョエル様……本当でございます」
「俺が君を愛した……。わかる気がするな。その紅き唇を俺に差し出せ」
わたくしはジョエルの言葉に、ドキリとする。東ローマ
二人は同一人物なのだと、改めて実感した。
「そんな困った顔をするな。冗談だよ。さぁ姫君、もう一人の俺のもとに早く行くがよい。俺達もルーマニアに旅立つ」
わたくしはジョエルと別れ、客室へと向かう。
客室は二階の一番奥の部屋。客室に向かう途中、二階の広間の前を通らなければ行くことができない。
二階の広間の窓から、何百もの大蝙蝠が夜空に一斉に飛び立つのが見えた。
思わず広間に入り、窓際に近付く。
これで、ジョエルの家族を救うことが出来た。
吸血鬼が日本にタイムスリップすることはないだろう。戦国の世も吸血鬼に怯えることはない。
あとは……
ジョエルをこの地から逃がすのみ。
窓際に飾られた薔薇の花に触れると、指先にチクリと痛みが走り血が流れた。
薔薇の棘で傷付いた指先をハンカチで押さえ、二階の広間を出ようとした時、ドアがバタンと閉まり、窓際のカーテンがフワリと揺れた。
背後に人の気配を感じた。と、同時に口を封じられ、ツンと鼻をつく薬品の匂いがし、わたくしはそのまま気を失った。
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