188

 客室のドアがノックされ、俺達は顔を見合せる。


「ジョエル様、セバスティでございます」


「セバスティか、入れ」


 ドアが開き、セバスティの姿が現れた。


 セバスティの背後には……


「ジョエル……!?」


 もう一人の俺が、俺の目の前に立つ。セバスティは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「家臣や召使いの記憶は摩り替えましたが、やはりジョエル様だけは無理でございました。問い詰められ、全てお話しましたが、それが真実ならば、どうしてももう一人のジョエル様とイチ様に逢いたいと申され……」


「セバスティ、お前の魔術はこれほどまでに進化したのか?もう一人俺を作り出すとはな」


「違います。ジョエル様、目の前にいるお方も、時空を超えこの地に戻ったジョエル様でございます」


「……本当に俺なのか?」


 ジョエルは眉を潜め俺をまじまじと見つめ、イチに視線を移し目を見開いた。


 一瞬にして、イチに心を奪われたようだった。


「これは美しい異国の姫君。そこの、民の暴動が起きるとは本当なのか?お父様とお母様が惨殺されると?」


「ああそうだ。今すぐこの地を離れてくれ。同族と共に、すぐに旅立つのだ」


「貴様が俺自身であるのなら、貴様の言うことに間違いはないだろう。セバスティ、一族にもすぐに知らせ、旅立ちの準備を」


「はい」


「そこにいるジョエルよ、姫君と共に馬車で逃げる手筈だと?馬車では暴動と化した民に囲まれてしまうだろう」


「大丈夫だ。イチは人間だから、逃げ延びることは出来る」


「人間だと……!?くくくっ、俺が人間を愛したと言うのか?吸血もせず、生身の人間を?」


「そうだよ、俺達は愛し合っている」


「そうか……。人間ならば、逃げ延びることが出来るかもしれないな。お父様は勿論知らないのであろう。姫君が人間と知れば、誰もが喰らい付く。俺達は今夜旅立つ。姫君、お父様とお母様に別れの挨拶を。ジョエルよ、姫君を借りるぞ」


 東ローマ帝国ギリシャから戻ったジョエルはイチの手を取る。俺は一人客室に残り身を隠した。

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